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四章『その鶴。疲労につき』
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日曜日でも怠けることなく、早朝に目を覚ました杏鶴は、重たい瞼を擦りながら、体を起こして布団を畳む。借り物の寝具は、客用の物にしてはしっかりとした造りをしていて、昨日まであった身体の痛みも多少なりと和らいでいた。
ちゃんとした布団で眠ったのは、いつ振りだったろう。
突っ張り棒に引っ掛けたカーテンを開けば、高窓から淡い朝陽が差し込んでくる。眠気まなこを優しく刺激する光は、日の出からまだ間もないことを教えてくれて、階下の様子を覗くと、ぐっすり眠っている雪翔の間抜けな寝顔が見えた。
赤の他人が部屋にいる状況で、よくあれだけ熟睡できるものだと思う。
彼が酔狂なお人好しなのか。危機感のない能天気なのかは、未だ判断ができていない。けれど、涎を垂らしながら腹を掻く姿からは、無害さが伝わってくる。
「……あれ」
彼の姿をぼーっと眺めていたら、意識がすっと遠退く感覚に襲われる。
気分の悪さに胸を抑えて、顔を手のひらで覆えば、視界が朧気に霧がかっていることに気が付いた。
全身に重たい倦怠感を感じながらも朝の行動をしようと、ロフトの階段に足を掛ける。暗がりの中を一段、二段と降りていけば、階段が僅かに軋んだ音を発てた。
当然固定はされているものの、老朽化しているのか少し揺れている。
それが原因か。否か。
残り二段のところでもって、杏鶴の身体がガクッと大きくふらついた。
「……っ」
身体が投げ出されそうになる寸前で何とか手摺りを掴んだけれど、足の裏を僅かに擦り剥いてしまって、その痛みに小さく唸る。
静かに寝息をたてていた雪翔も物音に反応したのか、「うーん」とくぐもった声を漏らしていた。意識はまだ夢の中にある様子で、「んにー」と、言葉にならない発生をしながら寝返りを打っている。
幸い怪我はしていない。
痛みもその内引いてくれて、脱衣所の方へ。
蛇口を捻って顔を洗ったら、無性に生温くて気持ち悪い。
「うー……」
タオルで顔を拭き、視線を鏡へ。
そこに映る自分の顔は、酷くやつれているように見えた。
頬に触れてみると、確かな熱を実感する。
「……着替えましょう」
身体が異変を訴えていることを理解して、それでも図書館に行こうと、制服に着替えるために脱衣所を後にし、そこでもう一度意識が彼方に遠退いた。
目の前が火花が弾けたみたいに明滅して、鋭い痛みが頭を回る。
一気に全身から力が抜けると、自分の体重すらもろくに支えられない。
「え……?」
身体が傾いていく。
最早踏み留まろうとも、支えようとも考えられず、薄れていく意識のまま、顔から廊下にぶつかりそうになって、
「うおおおおおっ!?」
ごつごつしていて、騒がしい。
それでいて、温かさと線の細さも感じさせる何かに受け止められた。
「……ぁ」
うっすらと目を開けば、霞んだ視界に雪翔の顔が見えた。
彼は大きく目を見開いていて、杏鶴の顔を覗き込んでいる。
切羽詰まった様子で口を動かしいるみたいだったけれど、それはもう意識の外で反響していて、何を喋っているのかは分からない。
「杏鶴!? どうしたぁ!?」
大袈裟なくらいに大きい自分の名前を呼ぶ声。
それだけが確かで。杏鶴はゆっくりと瞼を閉じた。
きっと、大丈夫だろうと。信頼して。




