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夕飯の後片付けも終わり、順番に風呂を済ませた二人は、横並びで歯磨きをしていた。脱衣所にある洗面台の鏡には、右手で歯ブラシを持った雪翔と杏鶴が、ゴシゴシと手を動かす様子が映っている。
「どうしへ同じ格好なんれすかっ」
「へぁ? いまさら?」
三分間しっかりと磨いて、杏鶴が先にうがいをする。
雪翔も場所を譲って貰い、改めて見直してみると、二人は全く同じデザインの上着とグレーのハーフパンツを身に付けていた。
「真似をしないでください」
「どう考えても真似してるのはそっちなんだよ。俺の部屋着を貸してるんだから」
「贅沢を言うつもりはないですが、差別化して欲しいところです」
「俺と一緒が不満ってかぁ? 何年も同じ物しか買ってないから無理だぞ」
「服に頓着がないのですね……。他の物もそうなのです?」
「バスタオルとかも全部一緒だな。気に入った物を使いたいし」
「それはまぁ。そうかもしれません」
「あと、纏めて買う方が安かったり、手間が減る」
「急に安っぽい理由に変わりましたけど……」
「結局使わない物買っても勿体ないし。タンスが嵩張るのは嫌じゃん?」
「……あなたは合理的なのか。そうではないのか。時々分からないです」
雪翔の主張に小首を傾げる杏鶴。
かと思えば得心を得た表情で、小さな吐息を吐き出している。
「ものぐさとお節介は両立するのですね……」
そう独り言ちながら、そそくさと踵を返して、部屋の方に戻っていった。
雪翔も後ろからついていくと、彼女はロフトには向かわず、ソファーに腰を下ろしている。雪翔はそんな彼女の横を通り過ぎて、ベッドの上に横になった。
今の時刻は二十二時。
まだ眠気は来ていないけれど、することもないので、ベットでごろごろする時間だ。
「もう就寝ですか?」
「いや? ダラダラする。今日は休日でも働いた方だし」
朝からロフトを掃除して、杏鶴の寝床を整えた。
買い出しにも行ったし、充分な仕事量である。
「今日は……、布団で寝ていいんですよね?」
「ああ。そのために用意したんだし」
「……わざわざありがとうございます」
「へい。どういたしまして」
スマホを触りながら寝返りを打つと、ソファに座る杏鶴の横顔が丁度見えた。
その表情はくすぐられたみたいに柔らかく微笑んでいる。
「杏鶴って寝相悪い?」
「どうしてそんなこと聞くのです?」
「いや。ロフトから落ちたら危ないだろ?」
「そんなダイナミックな寝相はしていません。いびきだってかきませんから」
「それは別に聞いてないけど……。まぁ。だったら平気か」
「はい。問題は何もありません」
「夜中に目を覚まして、寝惚けて階段から落ちないようにな」
「……確かに。落ちたら痛そうです」
ロフトはそこまで高くはないけど、家具もあるし、ぶつけたら無傷とはいかないだろう。くれぐれも怪我はしないように注意して貰わなければいけない。
慣れない環境ではあるが、昨日に比べたら、身体の疲れも取れる筈だ。
「明日も図書館で勉強してくるのか?」
「ええ。休み明けには実力テストが控えているので」
「うわ。懐かしっ。嫌いだったなぁ。実力テスト。定期テストよりも難しくてさ」
「出題範囲が違いますからね。日頃から勉強していないと高得点は取れません」
「実力テストって成績に入るっけ?」
「入りませんが、志望校に対する指標になります」
「もう志望校決めてるのか?」
「……一応。目標はあります」
そう彼女は力強く肯定した。
そこには強い信念が潜んでいるように見える。
「そっか。ちゃんと将来を見据えてて偉いな」
「そんなことはないです。叶えられないのなら意味はないですから」
「……意味がないかどうかは、結果だけで決められることじゃないだろ」
雪翔の言葉に、杏鶴はゆっくりと振り返る。
その顔付きは冷たく、共感の意思は見受けられない。
「俺は自分で決めていいと思う」
「それはただの言い訳です。無力な自分への慰めに過ぎません」
「結果主義者め……。過程も見てくれないと部下はついてこないぞ」
「成果を伴わなければ、会社の経営も維持できなくなると思いますけど」
「……そういう側面もある。側面だけな?」
「やっぱり、結果も重要ではないですか」
「いーや。違う! 重要だけど。違うの!」
高校生に論破されると、流石の雪翔も取り乱して、上体を起こす。
議論が白熱すれば、雪翔は熱く、杏鶴は冷たく変わっていく。
「社会は結果を求めるけど、俺達はそうじゃなくたっていいの!」
「期待に応えらずに言い訳をして。いつか落ちぶれていくんです」
「ふんぬ!」
「……威嚇してこないでください。十も違う年下相手に」
「この分からず屋め」
「大人としての責務を放棄しているのはあなたでしょう」
誰もが、成果を求められながら生きている。
大人になって仕事を任せられれば、それは嫌という程に痛感するが、学生である杏鶴も大きくは変わらないのかもしれない。
定期テストに受験。部活動。
彼女らは度々、結果を求められ、優劣を付ける環境に身を置いている。
一位と最下位が同じ意味を持つことはないだろう。
優秀な人間は選択肢の多い道を進むことができ、未熟な人間はその限りではない。もっと努力をしていればと後悔しても、その時には遅いのだ。
そんなことは分かっている。
それでも、雪翔の主張は変わらなかった。
「結果に拘る生き方は疲れるばっかだ」
「だとしても。私は……、もう二度と。後悔したくないんです」
「……」
「だから、やるべきことには全力を尽くします」
「常に全速力で走るなんて無茶な話だ」
「分かっています。きちんと休息も取りますよ。柔らかい毛布にくるまって」
杏鶴の意思はダイヤモンドのように固く、雪翔の言葉では砕けそうにない。
であれば、強引に押し付けたところで意味はないだろう。
「……分かったよ。もう知らないっ」
「だから。面倒な女子みたいなことを言わないでください……」
「無茶して身体壊しても面倒見てやらんからな」
「そんなことあなたに求めません。別に。布団だって要らなかったくらいです」
「なにおぅ! 布団で寝なきゃ許さんぞ!」
「……どういう怒り方なんですか」
張り詰めた空気感は、雪翔のおふざけで弛緩していく。
無駄に大声を上げるその姿を見て、杏鶴は呆れ顔で苦笑していた。
「本当に。お節介な人ですね」
二人は、見ている物も、見てきた物も違うから。
言葉だけで互いを理解することは叶わない。




