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「完成しました」
「ありがとう。お疲れさん」
出来上がった料理がテーブルの上に並べられ、対面のソファーに杏鶴が座る。
器に触れれば温かいカレーライスは、初めて一人で作ったとは思えないくらいのの出来栄えで、思わず感嘆の声が漏れた。
「杏鶴は何でもできるなぁ」
「まだ味見もしてないでしょう。味を確認してから言ってください」
「意識たっか。初めてなんだし。どんな味でも文句ないけど?」
「拙い箇所は指摘して貰わなければ改善できません。無味のパンを好むあなたでも好みくらいはあるでしょうし」
「無味って言うな」
結果主義の顔が漏れ出してきている杏鶴が、カレー皿を一押ししてくる。
彼女の目の前にも同じ物が置かれているけど、先に食べるのは雪翔らしい。
スプーンには手を伸ばさずに姿勢を正し、味の感想を待っていた。
「どうぞ」
「……じゃ。いただこうかな」
手を合わせてからスプーンの上でミニカレーを作り、口に運ぶ。
舌に乗せると、米の一粒一粒とカレーのルーが混じり合い、ピリッとした辛さと野菜の甘味が調和されて、とても優しい味わいがした。
一口サイズに切り分けられたにんじんも、芯まで煮込まれているからホクホクで、簡単に咀嚼できてしまう。
「うんうん……」
「どうですか……?」
瞼を閉じて、十二分に噛み締める。
喉を唸らして、ゴクリと飲み込んだ。
「美味いッ!!」
左手で机を叩き上げ、声高々に言い放った言葉が部屋中に響く。
そうして間髪入れぬ間に、二口目へ手を伸ばした。
「初めて一人で作たメシがこんなに美味いなんて……っ。才能の塊か?」
「……褒めすぎです。カレーのルーだってレトルトなのに」
「レトルトでこれってマジか。おまえは将来料理人になれな」
「そこまで過剰に言われると白々しくて仕方がないのですが……」
「信用できないって言うなら自分でも食べてみろ」
「……それが良さそうですね」
雪翔の過剰なリアクションに眉をしかめる杏鶴。
疑わし気にスプーンを取ると、恐る恐るといった様子で口の中に持っていく。
しっかりとよく噛んで飲み込んで。それから、パッと目を見開いた。
「……っ」
「どうだ?」
「確かに。美味しいです」
「そう言ったのにー」
揶揄うように笑う雪翔。
それを見て、杏鶴はさっと顔を背けた。
「でも、やはり普通のカレーだと思います。あなたは少し大袈裟で……」
「普通じゃなくて。杏鶴が初めて一人で作ったカレーな?」
「……はいはい」
「美味しいぞ。本当に」
「分かりましたってば。もう」
完全にそっぽを向いてしまった杏鶴は、そのままの体勢で食事を続ける。
雪翔も照れた彼女で満足して、豚肉と玉ねぎをルーと一緒に口の中へ。
豚肉は塩胡椒で味付けされており、調和された味付けの良いアクセントになっていた。
「……じゃがいもは煮崩れしてますね」
ぽつりと、彼女が溢す。
じゃがいもは煮込んでいる途中で、ルーの中に溶けてしまったらしい。
「もう少し大きく切り分けた方がよかったのかもな」
「次はそうしてみましょう」
「あと。今日は買わなかったんだけど、付け合わせのコーンも欲しい」
「好きなんです?」
「うん。実家では出てた」
「そうなんですね……。自由に買ってどうぞ。あなたのお金ですし」
「やったぜっ」
カチャカチャと食器同士のぶつかる音は続く。
先に深皿を平らげたのは雪翔の方だった。
「おかわりってできたっけ?」
「できますけど。少し冷めてるかもしれません」
「それくらいは俺が温め直してくるか」
「私も食べ終わりますから。やってきますよ」
「えぇ。いいのか?」
「あなたは火の加減を間違えて、焦がしてしまいそうなので」
「まるで信用がない。俺だって。それくらいはできるんだけどなぁ」
料理経験なら一人暮らしの長い雪翔の方が豊富な筈なのだが、これっぽちも信用してもらえていない。杏鶴は最後の一口を咀嚼すると、宣言通り雪翔の食器を持って、キッチンの方に向かってしまった。
「初めと同じ量でいいですか?」
壁の奥から上半身だけを傾けて、顔を向けてくる杏鶴。
それに対し力一杯頷くと、彼女はふっと口元を弛めた。
「おう! まだまだ食べられる!」
「明日の分も想定して作ってますからね?」
「えっ……。もう食べない方がよかったか?」
「ダメとは言ってません。食べたいのなら食べればいいですよ」
一転、何故か素っ気ない態度に変わって、さっさと引っ込んでしまう。
「なんだ。なんだ?」
「何でもないです」
「じゃいいか。はっやっくー。はっやっくー」
待ち切れず、雪翔が食器をかき鳴らす。
楽器を叩くみたいにマグカップの淵を叩いていたら、カレーを温め終わった杏鶴が呆れ顔で帰ってきた。
「行儀悪いことをしないでください。子供ですか」
「待ち切れなくってさ。温め直してくれてありがとな」
「量多いですけど。食べ残しは許しませんから」
器を受け取って、再び食事にありつく雪翔。
まだまだ食べたりないと勢いよくかき込み、ふと正面に向き直ってみると、頬杖をついていた杏鶴と目が合った。
「……ん?」
何か用があるのかと思って短く尋ねるが、杏鶴からの反応は特段なし。
視線は重なったままで、何か考えているような、何も考えていないような、形容しがたい表情をして、じっと雪翔のことを見つめてくる。
「えっ。なに?」
「別に。何も」
「じゃ。見ないでくれるか?」
「お気になさらず」
「えぇっ……?」
一瞬。急かされていたのかと思っていたけど、そういう訳ではないようだ。
見られていると無償に食べ辛くて仕方がないので止めて欲しかったが、カレー作りの時に自分が彼女にしていたことだから、文句の付けようもない。
「もしかして。さっきの復讐……?」
「復讐? ……あぁ。そうですね」
「絶対違うじゃん……。でも、食べるのは止めらんねぇ」
過去の過ちを悔やみながらも食欲は尽きず、食事の手は止まらない。
そんな雪翔のことを、杏鶴は柔らかく微笑みながら、優しく見守るのであった。




