表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/53

20

20 




「映画なら初めから言ってください。私も見ます」

「さっきのセリフでエロに繋げられる杏鶴も大概だぞ。いいけど」


 そう言って始まった映画鑑賞。

 杏鶴はロフトから下りてきて、ローソファーの右側を陣取った。

 雪翔は左の隅に追いやられて、ウミウシとメンダコが間に挟まれている。

 杏鶴の膝にはクッションも抱えられており、随分と絵面が騒がしい。


 彼女の準備が整うのを待って、再生ボタンを押した。


 【ブレイク・バケーション】は、オーストラリアを舞台にしたスリラー映画だ。

 レビューサイトでは、暑い夏に鑑賞するのにピッタリの娯楽映画と書かれているので、季節感的にも丁度いい。


「どんな映画なのですか?」

「見てれば分かると思うぞ」


 オープニングは、少し寂れたビーチから始まった。 

 人気のない砂浜には、ボールを蹴って遊ぶ少年がいて、波打ち際に打ち捨てられたボロボロのヘルメットを発見する。

 ヘルメットは誰かが捨てた物のようだったけれど、アクションカメラが取り付けられたままになっており、少年が撮影された映像を再生し始める。


 そこに映し出されたのは、サーフィンを楽しむ男達だった。

 彼らは、バカンスを存分に楽しんでいるようで、楽しそうな姿が溢れんばかりに記録されている。


 しかし、楽しい時間も束の間。

 男の一人が、波に足を取られて海に落ちた。


 バタバタともがき、アクションカメラが右に左に激しく揺れる。


 その瞬間。


 目の前に巨大なサメが現れ、大きな口をガバッと広げた。 

 ギザギザに尖った無数の歯。そんなもので噛まれたらひとたまりもない。

 

 バカンスを楽しんでいた男の行く末は、考えるまでもないだろう。


「……っ」


 直後、大きな音と画面一杯にタイトルが現れた。

 その演出に隣りの少女がビクッと跳ねる。

 思い切り上半身を引いて、背もたれにぶつかった振動が雪翔にも伝わってきた。

 

 とても良いリアクションである。


「そう言えば、杏鶴って映画観たりするのか?」


 生真面目な彼女は、こういう娯楽物とは縁がなさそうだ。

 休みの日でも図書館で勉強をしているような性格だし、アニメやゲームといった物には疎そうというイメージがある。


「兄の影響でカンフー映画だけは見てました」

「また尖ったジャンルだなぁ」


 ピンポイントでそれだけ知識があるなんてことがあるのだろうか。

 

「まぁ。何も知らない方が素直に楽しめるか」

「雪翔は見たことのある映画なのですか?」

「いや。初見だよ」

「それにしては、何か知っているような物言いですね」

「……こういう映画は大抵同じような展開をなぞるからな」


 海にサメと並べば、後は海中に取り残されたりして、絶体絶命の環境下で襲われるのがセオリーだ。後半は人食いサメと真っ向から戦ったりする展開も多い。

 そういう時は往々にして、イカしたナイスガイが犠牲になったりするのだが、杏鶴はそういったお決まり事も知らないだろう。

 ある種、新鮮な体験が得られそうではある。

 

「はぁ……?」


 曖昧な声を漏らして、よく分からないと言いたげに首を傾げる杏鶴。

 あれやこれやと水を差すのは無粋なので、画面の方を指差し、促す。

 

「ほら。本編が始まるぞ」 

「どんな物語か気になります。強い格闘家はでてきますか?」

「サメ相手に素手はちょっとな……」


 仄かにうきうきした様子の杏鶴が淡い期待を語っている。

 もしかしなくても映画のチョイスが違ったのかもしれない。

 

「まぁ。沢山びっくりしてくれ」


 そう呟いて、雪翔もテレビ画面に向き直る。

 

 それからの多くは、やはり予想に違わない展開が多かったが、杏鶴の反応込みで充分に楽しむことができた。

 彼女はサメが出てくる度に驚き、登場人物に危険が訪れると、クッションを使って顔を隠す。最終的には胸の上で固定されて、杏鶴の顔半分は隠れてしまっていた。


「えっと……。大丈夫か?」

「はい。平気です」

「リアクションはとても良いぞ」

「年のために言っておきますが、私は怖がりとかではないですから」

「その恰好だとあんまり説得力がないけどな」


 クッションがくの字に歪んでしまっているから、俄かには信じられない発言だ。

 また一人犠牲者が追加されると、分かりやすく身体を仰け反っていた。


「い、今のはっ! 血が沢山出たので驚いただけです!」


 唇を尖らせて、捲し立ててくる杏鶴。

 そう言われてみると、彼女が顔を隠すのは、決まって誰かが殺された後だった気がする。


「そういうが演出苦手なのか?」

「まぁ。少しだけ」

「無理してまで見る必要はないぞ?」


 カンフー映画でも流血シーンは有りそうなものだが、派手さが違うのだろうか。


 スリラー映画はどんどん人が死んでいくし、その描写も分かり易くインパクトのある絵にされている。その結果、吹き出す血の量がギャグ漫画のレベルになっていたりするので、初めてだと吃驚してしまうのも無理はなかった。

 

「いえ。問題ありません。最後まで見ます」

「……製作者が泣いてるよ」


 こんなにも真摯にB級作品と向き合える若人が、今も存在していただなんて。

 是非とも製作陣に彼女の存在を教えてあげたいが、残念ながら雪翔にそんなコネはない。その感性が損なわれないよう、大事に育てていきたいものだ。


「どうやってこのサメをやつけるのか気になるところです」

「主人公達が逃げ切れるかどうかではないんだ」

「私の予想では、サメは鼻が弱点なので、強烈な回し蹴りをぶつけて」

「戦場は海中なんですよね杏鶴さん……」


 楽しみ方が独特ではあるけど、そんなものは人それぞれ。

 バトルシーンが好きで、残酷な描写は少し苦手。

 そんな杏鶴と最後まで一緒に映画を観て、感想を言い合う瞬間が、より一層楽しみになった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ