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「映画なら初めから言ってください。私も見ます」
「さっきのセリフでエロに繋げられる杏鶴も大概だぞ。いいけど」
そう言って始まった映画鑑賞。
杏鶴はロフトから下りてきて、ローソファーの右側を陣取った。
雪翔は左の隅に追いやられて、ウミウシとメンダコが間に挟まれている。
杏鶴の膝にはクッションも抱えられており、随分と絵面が騒がしい。
彼女の準備が整うのを待って、再生ボタンを押した。
【ブレイク・バケーション】は、オーストラリアを舞台にしたスリラー映画だ。
レビューサイトでは、暑い夏に鑑賞するのにピッタリの娯楽映画と書かれているので、季節感的にも丁度いい。
「どんな映画なのですか?」
「見てれば分かると思うぞ」
オープニングは、少し寂れたビーチから始まった。
人気のない砂浜には、ボールを蹴って遊ぶ少年がいて、波打ち際に打ち捨てられたボロボロのヘルメットを発見する。
ヘルメットは誰かが捨てた物のようだったけれど、アクションカメラが取り付けられたままになっており、少年が撮影された映像を再生し始める。
そこに映し出されたのは、サーフィンを楽しむ男達だった。
彼らは、バカンスを存分に楽しんでいるようで、楽しそうな姿が溢れんばかりに記録されている。
しかし、楽しい時間も束の間。
男の一人が、波に足を取られて海に落ちた。
バタバタともがき、アクションカメラが右に左に激しく揺れる。
その瞬間。
目の前に巨大なサメが現れ、大きな口をガバッと広げた。
ギザギザに尖った無数の歯。そんなもので噛まれたらひとたまりもない。
バカンスを楽しんでいた男の行く末は、考えるまでもないだろう。
「……っ」
直後、大きな音と画面一杯にタイトルが現れた。
その演出に隣りの少女がビクッと跳ねる。
思い切り上半身を引いて、背もたれにぶつかった振動が雪翔にも伝わってきた。
とても良いリアクションである。
「そう言えば、杏鶴って映画観たりするのか?」
生真面目な彼女は、こういう娯楽物とは縁がなさそうだ。
休みの日でも図書館で勉強をしているような性格だし、アニメやゲームといった物には疎そうというイメージがある。
「兄の影響でカンフー映画だけは見てました」
「また尖ったジャンルだなぁ」
ピンポイントでそれだけ知識があるなんてことがあるのだろうか。
「まぁ。何も知らない方が素直に楽しめるか」
「雪翔は見たことのある映画なのですか?」
「いや。初見だよ」
「それにしては、何か知っているような物言いですね」
「……こういう映画は大抵同じような展開をなぞるからな」
海にサメと並べば、後は海中に取り残されたりして、絶体絶命の環境下で襲われるのがセオリーだ。後半は人食いサメと真っ向から戦ったりする展開も多い。
そういう時は往々にして、イカしたナイスガイが犠牲になったりするのだが、杏鶴はそういったお決まり事も知らないだろう。
ある種、新鮮な体験が得られそうではある。
「はぁ……?」
曖昧な声を漏らして、よく分からないと言いたげに首を傾げる杏鶴。
あれやこれやと水を差すのは無粋なので、画面の方を指差し、促す。
「ほら。本編が始まるぞ」
「どんな物語か気になります。強い格闘家はでてきますか?」
「サメ相手に素手はちょっとな……」
仄かにうきうきした様子の杏鶴が淡い期待を語っている。
もしかしなくても映画のチョイスが違ったのかもしれない。
「まぁ。沢山びっくりしてくれ」
そう呟いて、雪翔もテレビ画面に向き直る。
それからの多くは、やはり予想に違わない展開が多かったが、杏鶴の反応込みで充分に楽しむことができた。
彼女はサメが出てくる度に驚き、登場人物に危険が訪れると、クッションを使って顔を隠す。最終的には胸の上で固定されて、杏鶴の顔半分は隠れてしまっていた。
「えっと……。大丈夫か?」
「はい。平気です」
「リアクションはとても良いぞ」
「年のために言っておきますが、私は怖がりとかではないですから」
「その恰好だとあんまり説得力がないけどな」
クッションがくの字に歪んでしまっているから、俄かには信じられない発言だ。
また一人犠牲者が追加されると、分かりやすく身体を仰け反っていた。
「い、今のはっ! 血が沢山出たので驚いただけです!」
唇を尖らせて、捲し立ててくる杏鶴。
そう言われてみると、彼女が顔を隠すのは、決まって誰かが殺された後だった気がする。
「そういうが演出苦手なのか?」
「まぁ。少しだけ」
「無理してまで見る必要はないぞ?」
カンフー映画でも流血シーンは有りそうなものだが、派手さが違うのだろうか。
スリラー映画はどんどん人が死んでいくし、その描写も分かり易くインパクトのある絵にされている。その結果、吹き出す血の量がギャグ漫画のレベルになっていたりするので、初めてだと吃驚してしまうのも無理はなかった。
「いえ。問題ありません。最後まで見ます」
「……製作者が泣いてるよ」
こんなにも真摯にB級作品と向き合える若人が、今も存在していただなんて。
是非とも製作陣に彼女の存在を教えてあげたいが、残念ながら雪翔にそんなコネはない。その感性が損なわれないよう、大事に育てていきたいものだ。
「どうやってこのサメをやつけるのか気になるところです」
「主人公達が逃げ切れるかどうかではないんだ」
「私の予想では、サメは鼻が弱点なので、強烈な回し蹴りをぶつけて」
「戦場は海中なんですよね杏鶴さん……」
楽しみ方が独特ではあるけど、そんなものは人それぞれ。
バトルシーンが好きで、残酷な描写は少し苦手。
そんな杏鶴と最後まで一緒に映画を観て、感想を言い合う瞬間が、より一層楽しみになった。




