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 昼食を食べ終えた昼下がり。

 雪翔はソファーに寝転がって、読みかけの小説に没頭していた。


 タイトルは、“消えた二十一グラム”。

 作者は、昨今目まぐるしい勢いで活躍している、新進気鋭のSF作家。風花恵海かざはなめぐみ


 処女作である“心を売る少女。買うロボット”は、その年のベストセラーにも選ばれ、大ヒットを記録した。その翌年には映画化もされており、公開初日に映画館に足を運んだのは、まだ記憶に新しい。


 緻密な世界設計、繊細な人物像を得意とする作家で、何処か陰のあるストーリー作品が多い中、先日発売されたばかりの新作。“消えた二十一グラム”は、風花恵海の真骨頂と言えるような、心に焦点が当てられた物語になっている。

 

 世界観は現代よりも科学力の進んだ西洋が舞台になっていた。


 文明は進めど争いは失くならず、軍人であるグリードは、隣国との戦いに心身を消耗していた。その頃、国内では【枯心症】という病が蔓延し、恋人であるナーダにまで、その症状が現れてしまう。


 【枯心症】。それは、心が枯れる病。

 笑うことも、泣くことも、悲しむことさえできなくなる難病で、罹患した患者は、まるで人形のように、同じ行動を繰り返すだけになってしまう。


 朝起きてから眠るまで。彼女は、ご飯を作り、マフラーを編む。

 そこに笑顔も喜びも、何一つとして存在しない。

 

 一説には、戦争のショックによる精神病の一種だと考えられていたが、最先端の医学を持ってしても原因を解明することは叶わず、ナーダは終わりを待つだけの日々を送っていた。


 そんなナーダを救うために軍を抜け、旅に出たグリードは、【心を奪う呪い魔女】の噂を聞きつけて、世界最大の都市を目指すことになるのだが……。


 旅の途中で、彼は様々な事件に巻き込まれていく。

 

 どれだけ豊かになろうとも底の知れない人間の欲望。

 戦争によって潤う組織。肉体から分離した魂。近代に現れた魔女。


 それらが意味するモノは何か。

 それらが一堂に介した時、世界に何が起きるのか。


 そして、グリードの選択とは。


 物語は全編を通して、恋人の心を失った主人公視点で進んでいく。

 彼は、不自由な世界の中で、恋人を救うためだけに行動を続けてきた。


 けれど、ナーダは本当に救われたいと思っているのか。

 そんな疑問を抱いた時に彼は知る。意識だけの魂が漂う電脳世界の存在を。


 魔女は問う。人生とは失うモノばかりだと。

 そんな世界で、どうして与えられた役割を全うしようとするのか。


 子供の頃には夢があった。

 若さは全能感の源泉だった。


 皆に笑われていた、馬鹿げた夢は、本当に馬鹿らしかったのか。

 

 社会が作る歪なレール。その上で生きることは本当に幸せなのか。


 作中。そう問い掛けられ続けたグリード。  


 そうして、苦悩の末、グリードは電脳世界で生きることを選んだ。

 その世界でナーダと再開し、二人は電子の世界に消えていく。

 それは、一見新しい生き方を認めた、ハッピーエンドのようにも思えた。


 どう感じるかは、受け手に委ねられている。

 どんな感想を抱いても自由だろう。


 しかし、世界はまた一人。生身の人間を失った。

 世界は目まぐるしい発展を続けている。

 魔女を騙った、人工知能の管理下のもとにーー。


「……ふぅ」


 重厚なストーリーを読み終え、小さなため息が零れる。

 ずっと同じ体勢でいたから、身体はうんと疲弊していた。


「どういうエンドなんだよ……」


 一先ずの感想はこれだった。


 グリードのナーダを想う気持ちは報われた。

 彼等は、電脳世界で幸せに生きるだろう。


 けれども、その裏には、世界転覆を狙うAIの策略であり、そう遠くない未来に、人の歴史が終わることを示唆していた。


 ハッピーエンドと捉えるべきか。

 バッドエンドと嘆くべきか。雪翔にとっても判断できない。


 風花恵海が、どういうつもりでこの作品を綴ったのかは分からないが、作中に秘められたメッセージについてはシンプルであった。

 現代に生きる読者は、少なからず身に覚えがあるだろう。


 夢を挫折した人間には、強く強く突き刺さる。

 馬鹿げている夢でも諦めなければ、今とは違った景色が見えていたのかもしれない。この作品は、そういった人達の背中を押すような作品にも思えた。


「……俺は社畜になっちまったよ」


 雪翔はぽつりと漏らして、据え置きのゲーム機を起動する。

 コントローラーのホームボタンを押すと、ピッと音を鳴らし、白い筐体にランプが灯った。そうすると、接続されているモニターも自動で点灯し、スタート画面が表示される。


 ポチポチとボタンを押していけば、更に画面が切り変わり、幾つかのゲームタイトルが並んだが、今日の目的はゲームではない。


 雪翔が選択したアプリは【NetLive】と呼ばれる、ドラマや映画、ドキュメンタリーなど、幅広いコンテンツを配信しているストリーミングサービスだ。


 無料ではないものの、月々千円ぽっちで二千作品以上の映像媒体を楽しむことができ、最新の映画やアーティストのライブ映像まで配信されていることがあるので、休日のお供には欠かせない娯楽サービスになっている。

 これほど暇を潰せるアプリも早々ないだろう。

 

 カーソルを動かして、おすすめ欄に表示されている映画を物色していく。

 頭を使ったので、何も考えずに見られるモノをと思い、アクション映画のカテゴリを開く。先頭には【ブレイク・バケーション】という映像作品が並んでいた。


「きゃあああああああああああ!!」


 カーソルを合わせると、いきなり女性が絶叫する。

 自動再生がオンの設定になっていて、あまりに突然だったから、肩がビクッと上下した。間髪入れずに頭上から声が降ってくる。


「エッチなのは、私がいない時に楽しんでください」


 見上げてみると、丁度真上辺りに杏鶴が顔を出していた。


「悪い悪い。ついいつもの癖でな」

「……本当に見ようとしてたんですか」

「そうかぁ……。これからはイヤホンがいるんだなー。気を付けないと……。ぶはっ!?」


 雪翔が悪ノリを続けていると、頭の天辺に何かが直撃する。

 肩から腕に転がって、ソファーに倒れ込んだそれは、先ほど彼女に渡したウミウシのぬいぐるみである。


「ケダモノ」

「今確実に首を狙っただろ。しっかり重かったぞ」

「仕留め損なってしまいましたね。ですが、私にはもう一つ。武器が残ってます」


 レースのカーテンからのっそりと顔を出すメンダコ。

 ウミウシよりも丸々としている分、ダメージはこっちの方がデカいかもしれない。


「やめろって。エッチなやつじゃないから」

「でも、見るのでしょう?」

「まぁ、俺も男だしなぁって。だから、投げるな!」


 ただ落下させるだけでは飽き足らず、思い切り腕を振って勢いを加算させる杏鶴。それを何とか受け止めたら、彼女の顔が引っ込み、再びニョキっと現れる。

 手には平たい枕が握られていて、漏れなく全て柔らかそうだった。


「三発目を持ってくるんじゃない」

 

 枕の次は布団にでもなるのだろうか。


「安心しろ。ちゃんと手は洗うから」


 悪びれもせずそう言って、受け止めようのない豪速球が射出される。

 それを顔面で受けた雪翔は、ものの見事にノックアウトを決められるのだった。





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