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「高校生? 家出? あんた。小説でも書くつもり?」
繰り返し一連の説明を終えたら、鹿奈は苦い物を呑み干すみたいな顔で眉間を抑え、大きなため息を吐いていた。
「残念ながら俺の妄想ではないんだよ」
「はぁ……。和泉って変わらないわね」
「何が?」
「衝動的に生きてる。出会った時から」
「……まぁ。そうかもな。風の吹くまま。気に向くままに生きてるよ」
「貯金とかしてる?」
「貯金……? 宵越しの銭は持たない主義なんだ」
「した方がいいわよ。普通に」
「今普通の話すんなって……。そんなことより随分あっさり信じるんだな」
「その子が、あんたを怖がってるようには見えないもの」
「なるほど。正直舐められてる」
「でしょうね」
テーブルを挟んで向かい合って座り、世間話のように会話を交わす。
途中、関係のない話も割り込んだが、これで杏鶴のことは分かってもらえただろう。四年で築いた関係性もあってか、嘘ではないと信じてくれている。
「……ふぁい?」
示し合わしたように二人揃って顔を向けると、お腹を空かせた少女が口を大きく開けて、肉まんを頬張ろうとしているところだった。
雪翔が話をしている間に、焼売のパックは空になっている。
「私の夕飯……」
「取らねぇよ。全部食べな」
自分に関する話よりも食事に夢中な杏鶴。
こんな姿を見て、非道な扱いを受けているとは思わない。
「杏鶴ちゃんだっけ?」
「……はい。何でしょう?」
「あー。和泉に意地悪されてない?」
向かい合って、二人が初めて言葉を交わす。
杏鶴はまだ、鹿奈を警戒している様子だったが、鹿奈は柔らかに微笑んでいた。
それが営業用の対応だと、雪翔には分かる。
普段高圧的な彼女も、年下の女の子には幾分か優しいらしい。
「何ともありません。……セクハラはされてますが」
「和泉ぃ?」
「してないしてない! 冤罪だ!」
突如として、鬼のような視線が雪翔を襲う。
訂正を求めて右隣りを振り返っても、杏鶴は完全に無視で、食事に戻ってしまった。開いているかどうか分からない口の開き具合で肉まんを齧っている。
「あんたって年下趣味だったの? なるほど。だから……」
「何を勝手に納得してるんだ。俺のタイプは年上だってば」
「あんたより年上で独り身って絶対性格に問題あるタイプよ?」
「……今独り身のおまえも。その内人のこと言えなくなるんじゃ?」
「はぁ?」
「顔こわっ」
「今。子供扱いしましたか?」
「してないから。おまえは黙って肉まん食ってろ」
「あら。可愛い反応するのね?」
子供扱いには敏感な杏鶴が身を乗り出してくる。
不満気に表情を顰めてはいるが、絵面も相俟って怖くはない。
「子供じゃないなら。迷惑掛けちゃ駄目なんじゃない?」
寧ろ。そんな反撃を食らって、杏鶴は俯いてしまう。
「あなたはどうして家出なんてしてるの?」
「……」
「神谷」
「なに?」
「怖がらせるな」
杏鶴は答えない。
自分が矛盾していると分かっているから。
棚上げが出来ないのは、彼女の美徳で、弱さかもしれない。
「必要なことでしょ。本当なら。和泉。あんたが聞かなきゃいけないことよ」
雪翔が庇えば、鹿奈が目を細める。
その表情に慣れ合うような雰囲気はなかった。
二人の関係は歪であると、真っ向から切り伏せようとする。
「いい加減な同情で関わるべきじゃない。捨て猫を拾うのとは違うの」
雪翔は杏鶴のことを何も知らない。
生真面目な彼女が、どうして家出なんかしているのか。
その詳細を聞き質すことはしてこなかった。
決して興味がない訳ではなく、面倒だからと遠ざけていた訳でもない。
もしも力が及ぶなら、手助けしたいとさえ思っている。
それくらいお人好しで。楽観的で。退屈なのだ。
「……私は」
杏鶴は、嫌がっていた。
こんなに詰め寄られても言葉を濁す。
そこにあるのは、少しの我儘と、辛い記憶だったりするのだろう。
強固に隠された場所に、まだ痛む傷痕があるのなら。
雪翔は、やはり、知らないままでよかった。
「いい加減でいいさ」
赤の他人で知り合って、まだ一週間も経っていない。
信頼を築き上げるには、足りないモノが多すぎる。
それにーー。
杏鶴はいつの日か。ここを去る。
彼女が不自由を感じるのは、未成年という檻に閉じ込められているからだ。
大人になったら、何もかも自分で決められる。もっと自由になれる。
これは、それまでの一時凌ぎ。
進むも、退くも、風任せだ。
「適当でいい。気負ったり。気負わせたり。そんなのは要らない」
杏鶴ならば、いつか何処へだって飛んで行けると思う。
渡り鳥のように、より良い場所を見つけられる。
知り合ったのは偶然で。ここに居着いたのは彼女の気まぐれだ。
そんな適当さ加減でいい。
「そうだろ?」
誰にともなく、雪翔は尋ねた。
答えはない。
鹿奈は何故か困ったような顔をしていて、杏鶴は唇を固く結んでいる。錯覚かもしれない。ただ、ほんの少しだけ、悲し気な顔をしているようにも見えた。
「杏鶴。好きなだけ休んでいけ」
そう思い詰めた顔をされたら、身体が勝手に動いてしまう。
雪翔は、子供をあやすみたいに、彼女の頭に手のひらをかざした。
こうしてよかったのかどうかは分からない。
子供扱いを嫌う杏鶴には、嫌がられてもおかしくはなかったが。
「俺にとっても。この毎日は退屈しなくて楽しいからさ」
振り払わずに受け入れてくれている。
目は瞑ってあって、口元は一結びで。
纏う空気は、依然固いままだったけれど。
それでも、簡単に払い除けられることを、彼女はしなかった。
だから、おっかなびっくり、その白い髪にそっと触れる。
「いつか。気持ちに整理がついたらでいい。その時に話してくれたら」
そのスタンスは変えない。
何も知らなくたって、心に寄り添うことはできると。
雪翔は、そう信じているから。




