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「い、いきなり何なんですか?」

「俺が知りたいくらいだよ。何でこうなったんだ」

「何でって……。あなたのお知り合いなのでしょう?」

「会社の同期だ。目付きは悪いけど、結構いい奴」

「……お付き合いしている人だったり?」

「同期だって。仕事仲間」

「家に上がり慣れているように見えますけど」

「そうか? たまに飲むからかな」


 人目を避けるために二人を家の中に押し込んだ雪翔は、困惑気味の杏鶴とキッチンでこそこそ話を交わしていた。

 鹿奈は既に奥の部屋にいて、妙に萎れた様子で、ソファーに腰を下ろしている。


「……そうですか。変なことをしようとしていた訳ではないのですよね?」

「安心しろ杏鶴。おまえが想像しているようなことをここでしたりはしないから」

「私は何も想像してません……っ!」

「いたいたいたいたい」


 杏鶴の気持ちを汲んで答えたら、何故か思い切り手の甲をつねられてしまった。

 逃れようと右手を引っ込めても、怒りの表情で離してくれない。


「ジー」

 

 そんなやり取り中に、ふと視線を感じて、身体を正面に向き直す。

 ソファーに座っていた鹿奈は、体勢を変え、背もたれに顎を乗せていた。

 恨めしそうに目を細めて、二人のやり取りを凝視している。


 何か物申した気だが、何も言ってこないところが何とも物々しい。


「み、見られていますけど」

「めっちゃ見てるな。こわっ」

「私のことを話したのですか?」

「いーや。言ってない。言えないだろ」


 雪翔としては隠し通したつもりである。

 しかし、何かが漏れ出ていたようで、言い逃れできない状況になってしまった。

 杏鶴と他人の振りが出来なかった以上、何かしらの形で関係性を示さなければいけない。


「杏鶴」

「はい?」

「どうしようか?」

「どう、とは?」

「神谷に話してもいいか?」

「……」


 雪翔と杏鶴の奇妙な縁は、中々言葉では説明しづらい。

 端的に言い表すのであれば、家出少女の居候。

 それだけで事足りるけれど、成程そうだったのかと流せる訳もないだろう。


 家出なんて言葉は印象に悪い。加えて、杏鶴は未成年。

 何の事情も知らない鹿奈には、明かさない方が利口だとすら思えた。


 本当のことを言って、円満に解決する保障もないのだ。

 どんな邪推も、言葉だけでは否定しきれない。


「俺は、おまえが望む通りに演じてみせるよ」

「嘘はよくないです。……でも、ここから追い出されるのは困ります」


 例え事実とは異なることでも良かったけれど、生真面目な彼女は首を振る。

 そして、一番難しい注文を要求してきた。


「分かった。信じて貰えるように頑張ろう」

「……はい」


 作戦会議を終えて、雪翔が先導する形で部屋に入る。

 鹿奈の正面に腰を下ろせば、その隣りに杏鶴が正座で並んだ。


「話しは終わったのね」

「ああ。待たせて悪いな」

「随分楽しそうだったじゃない」

「軽口を言い合えるくらい仲が良くてさ」


 そんな指摘に肯定で返す。

 仲良しだと主張すれば、鹿奈の眉がピクリと動き、横にいる杏鶴の髪が揺れた。


「……ん?」

「そう……」

「……」


 何故か気まずい空気が流れた気がする。

 数秒の沈黙が落ちて、耐え切れずに雪翔から話を切り出した。


「神谷。今日野暮用があるって言ったのはこういうことなんだ」

「うん」

「色々と事情があるんだけど、何て言えばいいか難しくてさ」

「……うん」


 最小限の簡潔な返答に不安が募る。

 納得しているともしてないとも言い難い口調には、上の空な空気を感じた。

 ここにきて以降、鹿奈はずっとこんな調子だ。

 雪翔の説明を嫌がっているようにすら見えた。


「この子は杏鶴って言って。母校の後輩なんだ」

「え。そうだったのですか……?」


 その言葉には鹿奈ではなく、杏鶴が小声で反応を示す。

 伝える必要はないと思っていたので、無理もない。


「訳有りらしくてさ。ほっとけない。俺では役不足でも力になりたい」


 杏鶴が嘘を嫌うなら、真摯な言葉選びを心がける。

 不思議と言葉に詰まることはなかった。

 そうしたいと思っていたことを、明言化しているだけだった。


 隣りで杏鶴が居住まいを正している。

 鹿奈は真っ直ぐに雪翔を見据えて、心許なく瞳を揺らしている。


「あんたの気持ちは分かったわ。もういい」


 正面に座る鹿奈は、煩わしそうに言い放った。

 拗ねた子供のように膝を抱え、そっぽを向く。


「そ、そうか……。えっと。本当に伝わった?」


 かなり曖昧な言い方になってしまったのに、大丈夫だっただろうか。

 そんな心配をよそに、鹿奈は杏鶴の方に顔を向けて、初めて言葉を交わす。


「あなたはどうなの?」

「……はい?」


 端的な言葉だけでは意図を汲み取れず、杏鶴が小さく首を傾げる。

 それがじれったいと言いたげに、鹿奈が言葉を付け足した。


「あなたは、こいつの何処を好きになったの?」

「……は?」


 思いもよらぬ質問に時間が止まって、呼吸も危なく止まりかける。

 そこでようやく、彼女が盛大な勘違いをしていることに気が付いた。


「最後だから。教えて」


 勘違いは続いたまま、鹿奈が確かな意思を纏う。

 そこに水を差すのが野暮だと思えてしまうくらいには気迫があった。


「い、いえ。私は……」


 明らかに困っている様子の杏鶴に助け舟を出さない雪翔。

 笑えるような誤解に緊張感が抜けて、悪ノリをしたくなってしまう。


 期待の眼差しで杏鶴を見れば目が合って。

 凍ったように動かなくなり。五秒。そこから目まぐるしく動き始める。


「そんなところ一つだってありませんっ!」

「ないマジか。やば」

「あなたは早く説明責任を果たしてください!」


 もしかしたら話を合わせて何か言ってくれるかもと期待したのだが、嘘でも言いたくないらしい。


 そんなやり取りをしていると、嫌でも空気が弛緩する。

 硬くなった表情が柔らかくなった所で、


「そう……。分かったわ」


 鹿奈だけが、馬鹿真面目に頷いている。

 最早何を言っても誤解は解けないんじゃなかろうか。

 それならそれで良いような気もしてきたのだが、杏鶴は許してくれなさそうなので、もう一度説明を試みなければいけない。

 

「神谷。一旦落ち着けるか?」

「なに? 私は落ち着いてるけど」


 話は長くなりそうなので、飲み物でも入れようと席を立つ。

 冷蔵庫に手を掛けて中を物色していると、背後から「何か落ちたわよ」と聞こえてきた。


「え? 何だ?」

 

 鹿奈の方に振り返れば、その手に杏鶴の生徒手帳が握られている。

 以前尻ポケットに入れて、そのままになっていたらしい。


「え? あなた高校生なの?」

「待ってくれ。それも気付いてなかったのか?」

「あ、あんた。未成年と……、え?」


 途端に動揺し始めて、雪翔と杏鶴の顔を見比べる鹿奈。

 その間に杏鶴は腹の虫を泣かせており、現場は混沌を極めていた。


「よーし。分かった。もう一回初めから話すな」


 半端にぼやかすと前進しなさそうなので、包み隠さず伝えよう。

 彼女であれば、全てを話しても大丈夫だと、そんな風に思えるから。





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