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「さぁて。見送りも終わったし、ここからは俺達だけで……」

「まだ飲みに行くつもりならお一人でお願いしますね。私は帰ります」


 顧客を交えた祝賀会は、二十時を前にお開きとなった。

 遅くまで続くのではと危惧していた雪翔だったが、相手側の都合で早々に解散。

 なんでも明日早くの新幹線で地元に帰るらしい。彼らもきっと、社畜だ。


 タクシーを呼んで宿泊しているホテルに送り出し、雪翔、鹿奈、清三の三人だけになってから、まだ飲み足りないという意思を清三一人が匂わせ始めている。


「いいじゃないか。たまには付き合ってくれよ」

「無理です。明日も予定がありますので」

「なっ!? 彼氏か? 彼氏なのか!?」


 それをあっさり突っぱねるのが、サラサラの茶髪を鎖骨辺りまで伸ばしている女性。神谷鹿奈(かみやかな)だ。

 工場内では唯一の二十代の女性で、スーツ姿の二人に対し、スカートタイプの事務服を着用。白いブラウスにはブラウンのベストを合わせて、落ち着いて纏まっているが、その容姿は道行く人達の視線を集める程に華やかである。


 素っ気なく当たられても、清三が彼女を気に入る理由が正にそれだ。

 鹿奈は、口調こそ刺々しいけど、仕事もでき、受け答えもはっきりしている。

 彼女を一目置く上司は、清三以外にも多かった。


「僕も今日は……。少し飲み過ぎたみたいで」

「なんだ和泉もか。だらしがないなぁ」

「酒は慣れないんですよ。清武さんも飲み過ぎないでくださいね」


 実際に飲んだのは乾杯のビールくらいなので、それ程酔っている訳ではないが、鹿奈の作った流れに乗って解散の空気を作り出す。酒が得意じゃないのは本当だ。


 二人とも乗り気ではないことが分かると、清三も流石に無理強いはせず、唇を尖らせながら、一人で夜の街に消えていった。


「で。ほんとに帰るの?」

「ああ。今日はマジで野暮用があるんだ」

「……ふぅん。珍しいわね」

「珍しかないだろ。俺を暇人だと思ってないか?」


 鹿奈には酔っぱらってないとバレている。しかし、家で女子高生がお腹を空かせているとは言えないので、野暮用以上のことは言えなかった。

 

「家まで送ってく」


 急かすように雪翔が歩き出すと、自然と鹿奈も隣りに並んだ。


「気を遣って貰わなくても結構よ」

「おまえの家すぐそこじゃん。普通に通り道だし」 

「なんだ。最初からついでだったのね。恩着せがまし」

「いや……。こんなの貸しの一つにしないって」


 鹿奈のあげ足取りにジト目を向ける。

 接待中も彼女には助けられた。

 今日の大恩をこんな形で返すつもりはない。


「それじゃ。エスコートしてくれるってこと?」

「……そんな畏まった言い方しなくちゃいけないか?」

「笑っちゃうと思うからやめて」  

「だったら、何も間違ってないじゃねーか」

「女は、自分がどう扱われてるかを見てるの」

「あっそ。めんどくさいな」

「そういう生き物ですから。あんたも彼女が欲しいなら覚えときなさい」

「生憎独り身を謳歌出来てるんで大丈夫です」


 鹿奈のご高説を右から左に受け流し、瓦町駅のターミナルから片原町方面に歩き始める。週末のゴールデンタイムである商店街は、大勢の人で賑わっており、どこもかしこも騒がしい。


 行き交う人々を避けながら歩くと、自然と歩調も制限された。

 家まではそう遠くないけど、もう暫く時間が掛かってしまいそうだ。


 今日は精神的にも疲れたので、買い出しは後日することにして、周囲を見渡す。

 折角商店街にいるのだし、立ち並ぶお店の中から、彼女の晩御飯を見繕うのも悪くはないだろう。


「なぁ。この辺で旨いモンって何がある?」

「さぁ。美味しい物ばかりなんじゃないの?」

「なぜ疑問系……? この辺に住んでるのに外食とかしないのか?」

「殆どしないわね。ご飯はだいたい自分で作ってるし」

「そうだった……。神谷は家事万能だったな」


 鹿奈は家事全般得意で、会社にも自分で作った弁当を持参している。

 デスク周りも綺麗に片付いていて、制服にしわはない。

 実に家庭的であると、事務所に出入りしている清三が言っていた。


「聞く相手を間違えた」

「何よ。お腹空いてるの?」

「六分目くらいだな。食べようと思えば全然食べれる」

「それじゃ……。何処かで飲み直す? 仕方なく付き合ってあげてもいいけど」


 横髪を耳の上に流し、流し目を向ける鹿奈。

 そんな彼女の様子には全く気付かず、雪翔は忙しなく視線を巡らせて、上の空で返事を返す。

 

「いやー。家に持って帰りたいんだよなぁ」

「はぁ? ……なんで?」

「なんでって……。え? 家で食べたいから?」


 無意識に余計な発言をしかけていたことに気が付き、咄嗟に取り繕う。

 ようやく我に返って振り返ると、彼女は不機嫌さを欠片も隠そうとはせずに眉を曲げ、何か考え込んだ表情で腕組みをしている。


「ど、どうした……? おおっ?」


 その思案顔に不穏な気配を感じつつも、視線の先で点心屋が目に留まった。


「あれがいいな」


 モクモクと上がる湯気に吸い込まれるようにして店頭に並び、肉まん三つと海老焼売を一パック購入。注文した商品はすぐに提供されて、再び歩き始めた。


「食べたりないからって買い過ぎじゃない……?」

「一つは神谷のだろ。今日は突然だったのにありがとな」

「……別に。暇だっただけよ」


 大きな肉まんを取り出して、鹿奈に手渡す。

 素直に受け取った彼女は包装を剥き、ぱくりとふかふかの生地に噛り付いた。


「おいし」

「美味そうだなぁ。……俺も先に食べようか」

「先?」

「は? 先って何だよ?」

「あんたが言ったんですけど……」

「今日の神谷は変なことばっか言うな」

「何かムカついてきたわね」


 敏い鹿奈に真顔を取り繕い、何でもなさそうに肉まんを掴む。

 残り一つの肉まんと焼売は杏鶴の晩御飯だ。


「うめぇ。結構本格的な味だ」


 コンビニの中華まんも充分に美味しいが、点心屋で一から作られた肉まんは、餡の味付けが全く違う。豚肉以外にも筍や椎茸がふんだんに入っているし、スパイシーなたれは癖がありつつもやみつきになってしまう中毒性があった。


「ねぇ」

「ん?」

「やっぱり、飲み直さない? 帰っても暇なのよ」

「それで清武さんと遭遇したら本当の地獄が始まらないか?」

「じゃ。あんたの家ならどう?」

「俺の家? い、いやぁー。今日はちょっとな……」

「都合悪いんだ」

「まぁ……、良くはないな。ちょっと散らかってて」


 何か確信めいた様子で問いかけをする鹿奈に、曖昧な返事で対応する雪翔。

 そうこうしている内に、彼女が住むマンションの前に到着した。


「ここでいいわ。送ってくれてありがと」


 片原駅の近くにある、十一階建ての高層マンション。

 街中の中心にあって、周辺施設を上げればキリがなく、交通の面に不安もない。

 それ故に敷居は高く、月々の家賃は軽く十万を超えているらしい。

 雪翔の給料ではとてもじゃないが住めない場所だ。


「あ、ああ。それじゃ、また会社で」

「ええ。また後で」

「……ん?」


 軽く手を振って、踵を返す。

 その場から遠ざかる程に不安が増して。

 

「あとで……?」


 小首を傾げながら振り返る。

 肩越しに後ろを向けば、マンションの前でタクシーを捕まえている鹿奈がいて。


「お、おい……?」


 慌てて引き返そうとしても、雪翔の制止は間に合わない。

 彼女はタクシーに吸い込まれ、それから追っ手を振り切るような慌ただしさで、エンジン音が轟いた。


「へっ……?」


 微かに見える後部座席に座った後姿。

 それは確実にこちらを振り返り、曲がり角に消えていく。


「まずいかっ……!」


 直感的な危機感を覚えて、嫌な汗が背中を伝う。

 まさかとは思うが、鹿奈は雪翔の家を知っているのだ。


 雪翔も急いでタクシーを捕まえ、目的地に自分の住所を伝える。

 角を曲がっても、先程のタクシーは見えない。追いつくことは叶わないだろう。


 仮に。二人が鉢合わせるようなことになれば……。


 そんなもしもに考えを巡らせ、肌が粟立つのを感じる。 

 嫌な予測は、雪翔にとって都合が悪ければ悪い程実現する。


 タクシーを使えば、十分程度でアパートに帰ってこられた。

 直前にすれ違ったタクシーの有無で、凡その察しは付いている。

 あとは、もう一人の少女がどうしているかだったが、その姿もすぐに肉眼で確認できた。

 

 ごみ収集箱の前で、足を止める雪翔。

 目の前にある階段には、二人の女性が立っていて、片方はきょとんとした表情で階下を見下ろし、もう片方は幽霊でも見たかのように大きく目を見開いていた。


 悪い予感は外れない。

 こんなのは、ただの予定調和で。

 捻りの一つもないから、笑い声だって漏れてしまう。


「はは……。マジか」





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