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午前中は製品抜きの現場に立ち会い、最終工程の無事を見届けた雪翔は、研究課の棟に戻り、顧客への報告書の作成や、マニュアルの訂正業務に従事していた。
昼食後には顧客を交えた会議が行われる。
それまでにある程度議題を纏めておく必要があるが、とはいえ時間もないため、完成まで漕ぎつけるのは不可能だろう。
今日の会議の本題は、今後の増産計画についてが主となる筈。
そうなれば、一研究員の雪翔には関係がなく、営業部や製造部長が関わってくる案件だ。今後も生産が継続的に行われるのであれば、今回の試作を踏まえたフィードバックも必要になるけど、これきりで撤退となる可能性もない訳ではない。
先はお偉いさん次第だが、どちらにしても雪翔の仕事は変わらず、水嶋工場が存続するための仕事を取るために、より改善できるという意向は示す必要がある。
スケールアップすれば、工場的にはかなりの黒字になるとのこと。
こちら側から話を蹴ることはないだろう。
とにもかくにも、今試作での雪翔の役割は終わり。
そう思っていたのだが、
「おぉ。和泉。こっちに戻ってたか」
十二時の昼休憩を前にして、清三がオフィスに帰ってきた。
彼は顧客の対応をしていた筈だが、今は一人だ。
「会議の書類作ってます。……どうかしました?」
「いやぁ悪い。和泉に言い忘れてたことがあってな」
「え? もう最終工程まで終わっちゃいましたけど……」
「あぁ。違う違う。工程のことじゃない」
清三の発言に緊張する雪翔に対し、彼は軽く笑って、手を横に振る。
心臓に悪いので、紛らわしい言い方はしないで欲しい。
「仕事のことじゃないなら。何なんです?」
ほっと胸を撫で下ろして、続きを促す。
くだらない話だったら小言の一つでも言ってやろうと思っていると、清三はニカっと笑って、テンション高めに言ってくる。
「トラブルこそあったが試作も無事に終わったし、お客さんと祝賀会をしようって話になっててな。今夜。飲みに行くぞ」
「えっ……? それ。僕もですか?」
「当たり前だろ。この仕事はその内。おまえが担当することになるんだから」
「は……?」
そんなことは初耳である。
てっきり丁度暇をしていたから、手伝わされただけかと思っていた。
「和泉もそろそろ独り立ちしていい頃だろう」
「……そういうのはもう事前に言っといてください。飲み会どうこうの前に」
「はっはっはっ。すまんすまん。いつも風呂入ってる時に思い出すんだよなぁ」
これといって悪気を感じた様子のない清三。
豪快に笑って、雪翔の反応を楽しんでいる。
「まぁ。この仕事が継続するのは殆ど確定してるだろうが、既存の仕事も詰まってる。和泉の出番は当分先さ」
「はぁ……」
顧客とやり取りを重ねる仕事は神経を使いそうなので、極力任されたくないのだが、嫌だと駄々を捏ねても仕方がない。雪翔はサラリーマン。研究課とは、顧客に委託された製品をマニュアル化し、現場に下ろすのが仕事だ。
定められた業務ができないのであれば、社会人として失格だろう。
それでも、億劫なのは変わらない。
まだまだ新人の気持ちでいたかったのに、中々そうもいかないらしい。
「そういうことだから。鹿奈ちゃんも飲み会に誘っといてくれな」
「いや、何がどうなって神谷の話になったんですか……」
「飲み会には花があった方がいいじゃないか。和泉は同期だし誘いやすいだろ?」
「同期ではありますけど……。断られると思いますよ。急ですし」
無茶な要求を増やさないで欲しかったが、ここで悶着しても仕方がないと思い、話を一旦終わらせる。結局のところ雪翔は強制参加のようだ。
仕事を介する飲み会はあまり得意じゃない。窮屈で、面倒で、退屈だ。
自分が会社の歯車として機能していると強く感じて嫌だった。
今日は買い出しをしなければいけなかったのに、予定通り帰れるかどうかも怪しくなってきてしまった。けれど、今更用事があるとも言い難い。
今朝の様子からも杏鶴が張り切っているのは伝わってきたし、待たせてしまうのは申し訳ないが、これも彼女の言う“大人”の役割なのだと思う。
「それじゃ、俺はお客さんに弁当買ってくるよ」
「今日はうどんじゃないんですね?」
「流石に五日連続は飽きるだろうしな」
「そうですか? 僕は全然平気ですけど」
「あぁー。いつもよく分からんパン食ってるもんな」
そう謎に納得して、清三が部屋を出て行く。
残された雪翔は何とも言えない気持ちになった。
「……取りあえず、神谷に連絡しとくか」
気は進まないが、同期に飲み会のことを伝えておく。
丁度昼休憩の時間となり、手隙の状態だったのか既読はすぐに付いた。
『今日の夜時間あるかー?』
『空いてるけど。突然何よ?』
『今立ち合いに来てる新規の仕事と飲み会があって。清武さんの指名が入った』
『……また? てか、今日?』
『今日らしい。俺も今聞いた』
『私は営業部じゃないって分かってないのかしら』
こういった用件で連絡するのは今日が初めてじゃない。
雪翔の同期で、総務課に属する神谷鹿奈は、清武のお気に入りの社員で、飲み会の都度しつこく誘われていた。
その頻度が多すぎるから、文面だけでもうんざりしているのが伝わってくる。
鹿奈が誘いを断るようになってからは、同期という理由で雪翔が間に噛まされており、非常にいい迷惑を被っていた。彼女が嫌がっているのは、よく愚痴られているので知っている。だから、雪翔も無理強いはしない。
『やっぱり、無理だよな。こっちで適当に断っておくから気にしないでくれ』
そう返信を打ち込み、適当な理由を思案する。
今回は誘いも直前なので、既に週末の予定が入っていたと言えば、そう尾をひくこともないだ筈だ。それで口裏を合わせようと文面を打ち込んでいたら、先に相手のメッセージが届いた。
『あんたは逃げれてないんでしょ?』
雪翔の性格を見透かした端的な言葉。
飲みの場は好まないのに、断り方が下手なことを彼女はよく知っていた。
『断る間もなかった。無念』
手を合わせたお坊さんのスタンプも一緒に送り、心情を漏らす。
今夜地獄に落ちるのは自分一人。
そう思っていたのだが、
『仕方ないわね。私も付き合ってあげるわよ』
鹿奈は、素っ気なくも、慈悲深い心で手を差し伸べてくれた。
『え。本当にいいのか?』
『あんたもいるならだからね。身代わりにはしないでよ?』
『あったりまえだ。俺と一緒に地獄に落ちような』
『馬鹿なこと言ってないで。詳しいこと聞いておいて。また連絡頂戴』
『りょ。ほんとに助かる』
『貸し一つだから』
それで、やりとりは一旦一区切りとなった。
絶対に断られると思っていたが、同期のよしみか、彼女も飲み会に同席してくれるらしい。それが幾らか雪翔の心を軽くさせる。
「貸し一つか。仕方ないな」
最後に送られてきたメッセージには、何だか既視感があった。
最近は何かと恩を着せられていて、ついつい苦笑が漏れてしまう。
雪翔の周りには、どういう訳か気の強い女性が多いらしい。




