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 閉店間際のスーパーに駆け込み、必要なモノを買い物籠に放り込む。

 杏鶴からの要望は特になかったので、豚バラ肉は鍋料理に使うつもりだ。


 何と言っても雪翔が料理をするのは五年以上久し振り。

 下手に張り切って凝った物を作るより、失敗の可能性は低いと言える。


「糸こんにゃくに絹豆腐。後は野菜、野菜。野菜かぁ……。まぁ。えのきだけあればいいよな。あんまり具沢山にしても、二人じゃ食べ切れないだろうし」


 そんな言い訳を挟みながら、野菜売り場から目を逸らす。

 実家で出てきた味付けを思い出しつつ、最後に合わせ味噌を見繕って、レジへと向かった。店内には既に閉店特有の寂しげな音楽が流されている。


 商品を袋に詰め、壁掛け時計を確認すると、時刻は九時五十七分。

 あと三分でこのスーパーの閉店時間だ。


 店員に鬱陶しがられる前に退店し、ハイトワゴンタイプの軽自動車に乗り込む。

 ボタン一つでエンジンを駆動させて、自宅に向かって走らせた。


 夜間なこともあって交通量は少なく、徒歩では十分程度掛かる道のりも、三分程度で自宅に到着。車から降りて、空を見上げると、自室の高窓から照明の灯りが漏れている。


「……あ」


 そこでようやく今現在自分の部屋が、杏鶴に占領されていると理解した。


「……」


 知り合ったばかりの少女に留守番を任せるのは、幾ら何でも不用心だったかもしれない。


「まぁ。いいか」


 そんな心配を一瞬だけ思い浮かべて、その時はその時だと割り切った。

 今更考えた所で仕方がない。


「ただいまー」


 鍵を開け、中に入る。

 雪翔が留守中、何をしていたのかと思いきや、彼女はすぐ目の前の廊下に立っていて、うろうろと落ち着きなく右往左往。

 雪翔の帰宅に気付くとシュバッと勢い良く振り返り、その後すぐにそっぽを向く。


 そうして、もじもじしながら、ぼそっとこぼした。


「あ……。おかえりなさい」

「ただいま。恰好もあってかさっぱりしたな」

「は、はい。部屋着。お貸していただいてありがとうございます」


 入浴を済ませた杏鶴は、雪翔の部屋着を身に付けている。

 無地の白いTシャツとグレーのハーフパンツは、彼女が初めて見せるラフな格好で、制服やジャージ姿とはまた印象が違う。

 借り物の男服は、不思議と良く似合っていて、ダボッとしたシルエットが可愛らしい。


「サイズ大丈夫だったか?」

「それ程大きくはありません。過ごし易いです」

「そいつはよかった。洗濯ももう少しで終わるだろ?」


 靴を脱いで、杏鶴とすれ違う。

 鍋に使う物を一旦冷蔵庫に仕舞おうとしたら、彼女も後ろをついてきた。

 蓋を開けて中を覗くと、仕切りの一段目をバラ肉単体が占拠している。


「あと十分ぐらいかと」

「そういや使い方言ってなかったけど、分かったか?」

「問題ありません。家では自分でしていたので」

「そっか。におい。ちゃんと落ちてるといいな」

「でないと困ります……」

「杏鶴もくさいって言われるのは嫌か」

「私を何だと思っているんです。嫌に決まってるでしょう」

「ははは。喜ぶ奴なんていないよなぁ」


 年相応な反応を見られて、雪翔が楽しそうにけらけらと笑う。

 そこに不服を唱えようとしている不満顔が視界の端で見え隠れしているけど、風呂に洗濯機まで借りた手前文句は言い出し難いらしく、グッと呑み込んでいた。

 その表情が、余計に雪翔を喜ばせる。


「か、買い物はちゃんとできたんですかっ。もしできてなかったら……」

 

 分の悪い戦いは諦め、別のあら探しを始める杏鶴。

 それについては雪翔もあまり自信がなかった。

 

「一応。鍋にしようと思ってさ」

「はぁ。鍋ですか」

「嫌だったか?」

「いえ。お任せします。料理の経験はあまりないので」

「……俺もあんまりないんだよなぁ」


 一人暮らしを始めた一年目は程々に熟していたけど、後始末が面倒で、計画的に献立を考えるのも面倒で。最終的に行きついたのが健康パンだ。

 両手鍋を取り出し、容器がオレンジ色だったことに違和感を覚えるくらいには、調理器具も触っていない。


「お手伝いしましょうか?」

「いや。怪我はさせられないし。俺がやるよ」

「私のこと不器用だと思ってます?」


 キッチンに移動しても杏鶴はちょこちょこ追いかけてくる。

 見られていると緊張してしまうのだが、それを悟られるのは恥ずかしいので、平静を装って包丁やまな板を取り出し、鍋を火にかけている間に豆腐を一口大に切り分ける。えのきも袋の上から石づきを切り落とした。


「……慣れていそうですけど」

「まぁ。これくらいはな?」


 お湯が沸いたら味噌を溶かし、適当に具材を放り込んで、お玉で味見。

 見た目は間違いなく寄せ鍋であるけど、何か物足りない。

 無言のまま首を捻って考えて、実家では味噌の他にも顆粒だしや料理酒を加えていたんだろうことに思い至った。味付けが淡白なのは、そのせいだろう。


「あー……」

「どうかしました?」

「いーや? なんでも?」


 まだ焦る時間ではない。

 どうにか修正を試みようと、キッチンの収納棚を開く。が、使えそうな物は何一つとしてなかった。あっても、消味期限がとっくの昔に切れている。


「基礎はあるみたいですし、どうして自炊しないのです?」

「えー? 偶にだったらいいけど。毎日はなぁ……。色々と大変だし」

「濁そうとしたって無駄です。面倒だと言いたいんでしょう?」

「それはまぁ、そう。あとは、一人で食べても味気ない」


 時間をかけて作っても食べるのは一瞬で。

 どれだけ美味しく作れても、共有できる相手がいないと物侘しさが勝ってしまう。


 この部屋に暮らすのは雪翔一人で、咳をしようとも反応は帰ってこないのだ。


「……少しだけ分かる気がします」

「共感してくれるんだな?」

「言い訳だとは思いますけどね。できることをしないのは、怠慢だと思います」

「厳しいなぁー。張り切り過ぎても身体が持たないぞ?」

「鍛え方が違いますから」

「だとしても。たまには優しくしてやらないとな。自分にも。俺にも」

「嫌です」

「きっぱり過ぎ」


 端的に言い切られてしまったタイミングで、洗濯機がピーっと鳴く。

 それで杏鶴は、脱衣所の方に行ってしまった。


「ったく。可愛げのない奴だぜ」


 そんなぼやきを漏らしつつ、鍋に味噌を追加して、再度味見を試みる。

 今度は塩辛い。どうしよう。


「聞こえてますよ」

「杏鶴」

「なんですか?」

 

 最早、あの調味料は加えるくらいしか思いつかず、呼びかける。

 名前を読んだら、脱衣所の方からひょっこりと顔を出してくれた。

 腕の中には、綺麗になった体操服が抱えられている。


「隠し味に愛情入れたいから。萌え萌えきゅん! ってやってくれ。可愛く」

「死んでください」


 食い気味でそれだけ言って、さっさと引っ込んでしまう杏鶴。

 仕方がないので愛情注入役は雪翔が担当し、どうにか美味しくなっていることを天井を仰ぎながら神に祈った。





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