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01

お久しぶりです。バレンタインデーですね。

今日から毎日十二時に更新していきたいと思います。

応援の程よろしくお願いします。

  


 その日、和泉雪翔いずみゆきと白鳥しらとりのような少女と出会った。

 月明りに照らされた少女は凛々しく、雄々しく。それでも何処か儚げで。

 独りぼっちに慣れた、表情かおをしていた。



一章『鶴は恩返しを求めてる』

01 

 



 疲れた身体を引き摺りながら、改札を潜る。

 終電の終点。高松駅構内には、時間帯にも関わらず、ポツポツ人がいる様子だった。


 殆どの人は、彼と同じ残業終わりのサラリーマンだろう。

 疲れ切った顔を見てしまうと、心労がお裾分けされた気分になるので、雪翔は彼らの表情は一切見ずに、駅構内から外へ出る。


 駅前広場と隣接するシティホテルのライトアップは煌々と輝いており、遥か地平まで広がる夜空は、昨日の大雨が嘘のような澄みきっていた。


 スマホで時間を確認すれば、現時刻は十一時五十七分。

 もう間もなく、一日が終わり、九月六日になる。


 今日も今日とて、トラブル処理に追われていたらこんな時間だ。

 会社を出られたのは、二十三時頃で。

 それから最寄りの駅までニ十分。電車に揺られて更に五分。

 一人暮らしをしているアパートまでは、更に追加でニ十分掛かる。

 

 久々の肉体労働でボロボロになった身体に、アスファルトの反発は随分と堪えた。

 

 雪翔も今年で二十六歳。

 アラサーの入口に片足を突っ込み、早くも身体は老いの前触れを感じている。

 こうして、毎日通勤時に歩いても、運動不足感は否めないし、荒れた食事をすれば、簡単に太る。少し夜更かしをしただけで、身体は一日中怠いのだ。


 自身の出不精な性格を鑑み、車通勤は控えていた。

 台風でもない時は大人しく歩く。

 それが、和泉雪翔の、四年間のライヒワークだった。


 雪翔が横切る駅前広場には、会社帰りのサラリーマンの他に、アコギを爪弾くシンガーや、スケボーで遊ぶ若者の集団。それを遠目に眺めるカップルが居た。

 平日の深夜であっても、高松駅周辺は、そこそこの賑わいを見せている。


 この時間帯に訪れる機会の少ない雪翔にとっては少し新鮮な光景で、好きなことに没頭している姿は、何処か眩しくもあった。


「……青いなぁ」


 そう独り言を溢しながら、一瞥した視線を正面に戻す。

 下手な感傷に浸るよりも、早く家に帰りたい。

 夕食を食べる間もなかったので、腹の虫は轟轟と鳴き声を鳴らしていた。


 広場を北に真っすぐ進む。

 進行方向右手側には、無人のバスターミナルがあったが、この時間帯はバスも撤収しており、広場の賑わいとも隔離された雰囲気がある。


「……うん?」


 そんな場所に一人で立つ、白い人影を、見るともなしに眺めていたら、


「ひったくりだ!」


 突然、誰かの叫び声が聞こえてきた。


 雪翔は初め、それを聞き間違いだと思う。

 だって、駅前には交番があり、悪事を企む環境としては最悪だ。

 何かしらの撮影ではないかと推察する方が腑に落ちて、身構えることもなく振り返った。


 その目の前にーー。


「は……?」


 痩せこけた、黒づくめの男がいた。


 頭にフードを被り、出鱈目に身体を揺らしながら疾駆するそれは、そこだけ真っ赤な目を見開き、瞳の中に雪翔を映す。


 もう表情が分かるくらいに近い。

 まるで動物が狩りをする時のような殺気。

 それは、雪翔に息を呑む暇すら与えず、ただ横暴に、理不尽に、振りかざされる。


「……っ」


 最早思考も、反応も追いつかなかった。

 鈍色の何かは、愛想のない人工光を反射させ、雪翔の胸に迫っている。


 果たして。しがない会社員の彼が、一体何をしたというのか。

 その痩けた顔に覚えはなく、逆恨みならやってられない。


 しかし、和泉雪翔という男は、元来そういう星の下に産まれた人間だった。


 特に、人とのトラブルが滅法多い。

 マルチ商法に誘われたことは一度じゃないし、同時期に二人のストーカーがいたこともあった。仲良くなった女性の汚部屋を、掃除させられたこともある。


 今日はツイてない。

 そんな日が五万とあって、損をするのが当たり前。

 だから、こんな劇的な展開に見舞われても、雪翔にとっては何処かリアルで。


 ただ、映画でも観るかのように振り下ろされる腕を眺めていた。


「きゃー!?」


 誰かが発した、悲劇を物語る悲鳴を聞いて、自分の最後を思い描く。

 随分短い一生だった。これが映画なら、事件の前にタイムスリップしたり、羽の生えた美しい天使が、異世界に転生してくれたりするのだろう。

 

 でも、彼の物語に、そんな流行きせきの余地はない。


 現実は現実のまま終わっていく。

 であれば、最期の一瞬くらいは空想に想いを馳せたっていい。

 その方が、走馬灯を見るよりも、ずっと健やかに逝ける気がした。


 そんな現実逃避に忙しくて。

 彼の耳に軽快な足音は聞こえてこない。 


「間抜けな顔ですね」


 その声でようやく、意識が現実に引き戻される。


 迫るナイフの切っ先。

 それが胸を貫く寸前。男の後ろに影が浮かんだ。


 その瞬間から。まるで現実が空想のようで。

 彼女に目を奪われて、離せない。

 

 街灯も心許ない暗がりで、はっきりと白を印象付ける小柄な少女。

 彼女は、華麗なステップを踏み、踊るように宙を舞う。

 それはさながら、水面を飛び立つ白鳥のようにしなやかで。

 長い脚は鞭のようにうねり、確かな重さを伴って、黒衣の男を蹴り飛ばした。


「え……?」


 一瞬では理解が追いつかない出来事を、緩慢な脳が処理していく。

 黒尽くめの男は雪翔の脇を転がっていき、その場に入れ替わるようにして、可憐な少女が降り立った。


 ふわりと舞うスカートの裾。

 けれど、それはひらひらとはためく程度に留まる。


 パンツは見えない。





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