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殺人ヒーロー

作者: 柴いぬ


私を殺したのはあなたです。




目の前に立つ彼女の目が私を刺す。


名前も知らないその子は確信を持って私にそう話すのだ。


困惑する私の気持ちをよそに彼女は風のように過ぎ去って行った。




私は見た目も地味なまぁどこにでもいるような1人の中年男性だ。


普段からトラブルに巻き込まれないよう目立たないように生きてきた。




それには私の幼少期のトラウマがそうさせてきたのだ。




幼かった私に母親が「あなたは弱い人を助けるヒーローになれる」そう話した。


すっかり戦隊物のアニメにハマっていた私の心に火をつけた。




ある時は近所のネコ同士のケンカを仲裁するヒーローになり、ある時は雨上がりの水たまりで溺れるアリを助けるヒーローになった。




しかし今世紀最大の事件が起きてしまう。


幼なじみの綺羅ちゃん(母親のキラキラ好きが反映されたのだろう)が近所でも有名な悪ガキにイジメられていたのを見つけた幼い私は、助けたい気持ちと恐い気持ちが入り混じり、いつも見ていた戦隊ヒーローの決めポーズを無言で、しかも悪ガキからは見えない位置で真顔でやってみせた。




それを見た綺羅ちゃんは少し苦笑いしながら私に手を差し出さした。


だが、私の脚は気持ちとは裏腹に真っ直ぐ、まるで競歩選手かのように自宅へと逃げ込んだのだ。




それからはヒーローなどこの世にいないと後悔と自責の念に押し潰されながらも自分にそう言い聞かせて、どんな事件に巻き込まれようが自分は関係ないと静かに息を潜めて生きてきた。




今日突然、名前も知らないあの子に言われたことはきっと何かの間違いで、もうその出来事をなかったことにしようと答えは出ていた。




それに幽霊でもなさそうだし、殺されたなんてよく考えれば可怪しな話だ。




すると僕はようやく飲みかけのコーヒーを飲みきることができた。




しかし、そんな平和も24時間後には終わってしまった。


またあの子が目の前に現れたのだ。




全力で見て見ぬ振りをして通り過ぎようとする私に「もう漫画描かないの?」


そう彼女が私に問いかける。




確かに私は15年前、人間関係が苦手で一度は大手企業に就職した会社をわずか2年足らずで辞めてしまった。再就職に失敗し「趣味を夢に終わらせない」というタイトルの本に影響を受け、好きだった漫画の世界に足を踏み入れた事があった。




しかしそれも鳴かず飛ばずでわずか3年で夢は砕け散った。


一度だけ知り合いを通じて地元のフリー雑誌に漫画を掲載してもらう事もあったが、半年ほどであっさり終了する事になった。


内容は僕の幼少期のトラウマを面白可笑しく描いたもので、地元の人間ですら僕の漫画を読んだ人なんてほとんどいないと思っていた。




「どうして僕が漫画を描いていた事知ってるの?」




気づいたら言葉を投げかけてしまっていた。




「だってあの漫画に自分の似顔絵描いてたでしょ?特徴あるから一瞬で気づいたよ」




確かに描いていた。どこにでもいるような人間だが、私にはわかりやすい特徴があった。


僕は眉毛ともみあげが繋がっているのだ。




なるほど…




それで気づいた訳か…




いや、ちょっと待て、あの漫画はもう何年も昔に駅などに置かれていただけでこの子がそんな時代に読んだいたとは考えられない。




「お母さんがね、去年病気で亡くなったの」




彼女は突然そう話した。




「お母さんが大事にしていた宝箱の中にあなたが描いた漫画が切り抜いてノートに貼られていたの、それも最終回までちゃんと」




そのノートには彼女のお母さんが毎回自分の感想を書き込んでいたらしい。




最初はダメ出しコメントがほとんどだったそうだが、ポンコツヒーローの回だけは違ったと。




そこには




「ポンコツだったけど、君の優しさは本物でした。」








「まさか、亡くなった君のお母さんの名前って【綺羅ちゃん?】」




嬉しそうに彼女は頷く。




あの時助けてあげられなかった綺羅ちゃん。


僕が本物のヒーローだったら必ず君を助けただろう。




そうか…亡くなって…




何とも言えない感情が僕を地獄へ突き落とす。




「僕は綺羅ちゃんに何もしてあげられなかった。逃げたんだ。綺羅ちゃんを放って。」




瞼の裏に記憶が蘇る。




「違うよ。お母さんは嬉しかったんだよ。イジメられて不登校になってた私にお母さんが話してくれた」


「昔、お母さんが幼かった頃、動物や虫を助けるヒーローがいたんだって。


そのヒーローは決して目立たないけど、いつも弱い私を心配して声をかけてくれた。この世の中に自分の事を心配してくれる人がたった1人でもいた事にお母さんは救われたんだって」




僕はそんな彼女の話を聞きながら幼い頃の綺羅ちゃんを思い出していた。




綺羅ちゃんのママはいつも派手な格好をして夕方出かけて行くのを綺羅ちゃんはいつも笑顔で見送っていた。


だけどある日ママが帰ってこないと僕の家に来ていた事が何度かあった。


家の電気がつかなくなって1人は怖いからって話していた時もあった。




中学に上がる頃に綺羅ちゃんはひっそり引っ越しをしてしまって、それからは会う事が一度もなかった。


気にしなかったと言えばウソになるが、ポンコツヒーローにできる事は何もないと自分に言い聞かせていたのだ。




でも目の前にいる彼女は綺羅ちゃんの娘で、僕はまるで綺羅ちゃんに再会したかのような錯覚に陥った。


「綺羅ちゃんを助けてあげられなかった事、本当にごめんなさい」




許しを請うように僕は震えた声で彼女に言うと、




「あなたのお陰で私はあなたに殺された」




理解に苦しむ私に彼女は言った。




「私はずっと学校に行くのが辛くて自分の殻に閉じこもってきたけど、ポンコツヒーローがそんな私を殺してくれたお陰で私は今、生きている」




「たった1人でも自分の事を大事に思ってくれる人がいるだけで心の支えになるんだってあなたが気づかせてくれたんだよ」




そう話す彼女の目が私の心を刺していた。




真っ直ぐに、しっかりと僕を見つめるその目は綺羅ちゃんにそっくりだった。






僕の半年で終了した漫画の最終回は、行方不明の綺羅ちゃんを何年もかけて探し続けたヒーローが、最後にはなんと自宅の裏のマンションに綺羅ちゃんが住んでいたという、何とも灯台下暗しなオチで終わっていた。




綺羅ちゃんのコメントには




「オチがダサい(笑)」とだけ書かれていた。

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