『追放者達』、説明される・下
睨み合う軍と冒険者の両陣営の間に進み出て来たのは、一人の人間。
煌びやかな全身鎧を纏い、土汚れの一つ着いていない様にも見える高級装備に身を包んでいるその姿からは想像も出来ないが、つい先程まで冒険者達と共に魔物の群れを最前線にて得物を振るって駆逐していた者の一人であった。
その為に、半ば戦友意識が芽生えつつ、その上で援軍に来てくれた本人である、との認識があったので、冒険者達は『何故出て来たのだろうか?』と思いながらも前へと踏み出しかけていた足を戻し、沸き上がらせていた戦意を鎮めて行く。
また、軍の方も、進み出て来た者に対して、遅れて付き従って来た者が掲げていた旗により、それが『聖国』のモノであり、ソレを掲げている以上は『聖国』の所属の人間である以上、勝手に攻撃する事は大変な事態を引き起こす、と認識していた事もあり、こちらも敵意の類いは完全には引っ込めることはしなかったものの、得物は引き戻して戦闘体勢は順次解除して行く事となった。
取り敢えず、人間同士での戦乱は発生せずに沈静化を迎える。
ソレを確認したらしい両陣営の間に割って入った人物は、その場で満足そうに一つ頷くと、徐ろに自らが被っていた兜へと手を掛け、留具を解除して外すと自ら小脇に抱えて素顔を晒して行く。
ソコに在ったのは、長く豊かな金髪と眩い微笑みに彩られた美女の相貌。
最前線にて長大な得物を振るい、その上で全く持って反撃は勿論返り血の一滴すらも浴びずにいたが為に、どれ程の豪傑が中身なのか、と思っていた冒険者は当然として、他人に傅かれる様な立場の女性がこの様な格好でこの場に居る、と言う事実に驚きを隠せずにいた。
「歓談中に失礼致します!
妾は、ヴァイツァーシュバイン宣教会が本拠地たる『サンクタム聖王国』より派遣されし第二遠征騎士団を率いるセシリア・トゥ・クオンサムと申す者ですわ!
今回の、不躾かつ先触れの無い越境、誠に申し訳ございません。
ですが、魔物による『暴走』が本格的に発生する見込みが高い、との情報を受けたモノですので、非常事態として踏み込まさせて頂きました!
また、到着早々事が起きており援軍が必要か、と独自に判断致した為に加勢させて頂きましたが、それもお話を聞く限りでは戦力の準備は整っておられた様子ですので、必要は無かったご様子ですわね!」
「…………お、おぉ、そうであったか。
いや、何。
彼らとは、些細なすれ違いでこの様な諍いじみた事をしてしまっていたが、貴君の心配する様な事では無かった、とだけ言わせて頂こうか。
して、確か第二遠征騎士団の団長であるセシリア殿、と言われたかな?
此度の加勢、何を求めての事であるか明らかにして頂いてもよろしいか?」
「まぁ!貴女様の様な、一つの街を任せられているご領主様に、その様な呼び方をして頂く必要はございませんわ!
ただ単に、セシリア、と呼び捨てにして下さいませ!
それと、加勢した事実に対する事なのですが、妾は本来別の任務に着いていた時に、偶然『暴走』の事を耳にして戦力として駆け付けたまでの話。
なので、当然当初の目的を為す事こそが重要ですので、特に報酬を求めるつもりはございませんわ!
……まぁ?部下達に?祝い酒の一つも振る舞って下さる、との事でしたらのならば、頑迷に断り続ける事こそが不粋、と言う話ではございますけれども!」
「……そ、そうか。
では、冒険者の皆と共に、貴君の部下達にもとっておきの酒を振る舞わせて貰うと致そうか」
「有り難く存じますわぁ!」
今にも高笑いを放ちそうな雰囲気にて、上機嫌に礼を述べるセシリア。
男性と変わらない長身と、これまた全身鎧を着込んだ上で長物の得物を振り回しながら戦場で大暴れ出来るだけの体力とガタイの良さから、てっきり男性だとばかり思っていた一同は呆気に取られながら二人のやり取りを見詰めていたが、取り敢えず領主からとっておきの祝い酒が振る舞われる事が確定した為に、冒険者達からは歓声が挙がって行く。
同時に、殺気立っていた軍の方も、その矛を納めざるを得ない状況となってしまっており、渋々ながらも戦意すらも抑えて行く事となる。
何せ、他国で、かつ自分達の存在意義としての仮想敵戦力とは言え、貴族相当の地位に在る者が自分達の側の主張を認めつつ先に謝罪の言葉を口にしてしまったのだから、この場で強硬的に戦意を見せ続けると言う事は双方の顔に泥を塗る様な行為であり、魔物が活性化している状況に於いても十二分に開戦の理由となり得る事となってしまうのだから。
そんな訳で、双方共に納得は行っていない部分は多々あるだろうが、取り敢えず終戦間もなく内戦へと突入する、と言う事態は防げた模様。
そして、事の成り行きを見守っていたアレス達の下へと、争いを収めたセシリアが鎧姿のままで歩み寄って来た。
半ば反射的に、得物の柄頭に手を添える『追放者達』。
先程までは、彼らが表立って付いた勢力が『正義』として見られてしまうが為に、わざと冒険者寄りの姿勢を見せつつも明確にはしていなかったので動く事はしなかったのだが、事が終息した上に自分達に近しい武力の持ち主が歩み寄って来る、と言う事であれば警戒の一つもして然るべき、と言うモノであろう。
一方、そんな反応を示されたセシリアであったが、本人は何故か悲しむどころか嬉しそうな表情にて微笑みすら浮かべていた。
…………どうやら、無警戒に仲間だと思い込まれたり、実態も実績も示していないのに言葉だけで丸め込まれる様な輩より、正体が知れない以上助けられた形となっていたとしても、警戒の素振りの一つも見せる様な相手の方が、彼女としては好ましい存在であった様子である。
「…………なんだか、警戒するのが馬鹿らしくなってきた気がするけど、こっちに来たって事は何かしらの用事が在るって事だろう?
一体、騎士団長様は、一介の冒険者に過ぎない俺達に何の用事が在るって言うんだ?」
「あら!そう言う、駆け引きの類いも出来なくは無いけれど、いざとなれば単刀直入に本題に踏み込んで行く姿勢、妾としては嫌いではございませんわ!
確かに、妾の本来の目的は貴方達『追放者達』へと接触する事であり、現在はこの『仙華国』へと滞在している、と聞いたのでこちらへと向かっていたのですが、良くお分かりになりましたね?」
「いや、先程も自身が言っていた事であろうよ?
本来の自分の目的は別に在る、この件は自分の独断で行われた事だ、と。
なれば、こうして接触を図ろうとするのであれば、当方等にその『目的』が在るのか、もしくは当方等がソレを知っているか、といった辺りであろうよ」
「まぁ!そこまで察せられていたのですわね!
なら、話が早いですわ!
妾としましても、遠回しな言い合いはあまり好きでは無いので、本題に入れるのでしたらソレに越した事はありませんもの!」
そう言って、自らの懐から一巻の手紙と思わしきモノを取り出して見せるセシリア。
鎧の下から取り出したモノであり、位置的に谷間かもしくはその付近から取り出されたソレは、匂いを嗅いだ訳でも無いのに男性陣には刺激的な香りを放っている様にも見えてしまっていた為に、女性陣から冷たい目を向けられながらも、受け取る事を躊躇わせる状態となってしまっていた。
そんな彼らの行動に首を傾げながらも、取り敢えずソレを渡す事が目的の始まりであったらしいセシリアは、特に躊躇う事も勿体振る事もしないで、ヤドリギが絡み付いた羊飼いの杖の印章が付けられた蜜蝋を見せながら、こう発言するのであった。
━━━━我らが教皇陛下から、皆様に極秘で依頼を出したい、との事でございます。