『追放者達』、防衛する・6
押し寄せる魔物の群れへと火力を放ち、吹き飛ばし、取り付かれ、打ち払い、薙ぎ払って時間を稼いでから、防衛線を引き下げる。
その手順を幾度も幾度も繰り返し、魔物の死体にて屍山血河を築き上げ、最早防衛線の向こう側は血泥で泥濘み骨や挽き肉となった死体によってまともに歩行する事すら至難の業とする様な、文字通りの地獄絵図が展開される事となっていた。
…………しかし、それだけの被害が魔物側に出ているにも関わらず、一向に掛かる圧力が減る気配は感じられず、開戦当初のソレと変化は無い様に思えていた。
流石に、これだけの火力を見せ付けられ、これだけの被害を生み出していれば多少の躊躇いを見せたり、『暴走』の進路を変えたりする素振りを見せたりするハズなのだが、その気配すら感じられないのだ。
お陰で、防衛戦を繰り広げている冒険者側にも、少なくない被害が出始めている。
これまで、アレスが打ち出し実行している作戦が功を奏している為に士気は高いままであるが、幾度も行われた激突によって重傷者も出始めているし、装備の損耗や破損といった避けられない事態も発生し始めていた。
幸い、負傷者はすぐに後方へと回してセレン率いる回復部隊に任せる事で、次の防衛線では戦力として復帰させる事が出来ていたし、装備に関しても予備として持ち込んでいたモノへと持ち換える事で対応する事が出来ていた。
…………が、次第に重傷者は重装部隊を中心として数を増やし始めている為に、戦力の歯欠けが顕著になり始めていたし、装備に関しても今使っているモノが予備としても最後のモノである、との冒険者がチラホラと見え始めていた為に、状態としては『未だ最悪へと至らず、されどその手前に等しい』と言わざるを得ない状況となっていたのだ。
一応、矢弾の類いはまだ余裕が在るし、魔力ポーションによって順次魔力は補給出来ている為に、遠距離火力も支援も覚束無くなる、と言う事態には至っていない。
だが、それも前衛である重装部隊が確りと敵を受け止め、堰き止めてくれているから可能となっているだけの話であり、彼らが倒れてしまっては即座に瓦解するであろう事は容易に予測出来てしまっていた。
…………そんな状況下に在る事は、当然ワダツミ側にも伝わっているだろう。
何せ、地面に這い蹲るしか無い彼らとは異なり、高く堅固な外壁の上から周囲を見渡す事も、彼らの状況を俯瞰する事も出来ているのだから、察する事が出来ない、と言うのは些か言い訳としては不出来に過ぎると言うモノだろう。
なれば、先程から前線から下げられる人員が多くなってきている事も、既に予め構築しておいた防衛線の半数程度を使い潰してしまっている事も、半ば予備戦力であった支援部隊や回復部隊も攻撃に参加している事も、見えているハズだ。
ならば、味方の救援、と言う観点でも、同時に押し切る為の火力支援、と言う観点でも、そろそろいい加減に外壁門を開き、軍の戦力を投入するべき境目の頃合いとなっているのも、同時に理解されている、とアレス達は思いたかった。
故に、門は開かず、援軍は届かず、損耗しながら防衛線を更に一本下げた段階で、アレス達だけでは無く一部の敏い冒険者達は悟る事となる。
━━━━あぁ、ワダツミは、軍は自分達を助けるつもりは無いのだろう、と。
…………もしかしたら、本当に市民の暴動が起きてしまい、その鎮圧や抑制に駆られているが為に、出て来られなかったのかも知れない。
そして、既に戦闘が開始され、全ての魔物が重装部隊へと向かって行く、と言う訳でも無いが故に、そうそう外壁門を開く事が出来なかったのかも知れない。
更に言うのであれば、外壁から見下ろしていた結果、予想していたよりもこちら側に流れて来た魔物の数が多く、迎撃に向けられる戦力が無い、とマレニアが判断したのかも知れない。
…………それらを、理解する事は出来る。
彼女も、立場としてはワダツミの街を守る事こそを第一義として行動するべきモノである、と言う事も、事前に相談や打ち合わせする事が出来る様な状況では無かった事も、その決断を容易に下す様な人格をしている訳では無い事も、知ってはいる。
が、納得出来るか、と言われれば話は別だ。
大義の為に死ぬのならば本望だろう?と嘯く者が、偶にいる。
何か大きな目的の為に命を賭けるのは当然の事であり、その達成の過程で命を落としたとしても、目的を達成できたのであれば例え死んだとしても良しとできる、と言いたいのだろう。
一応、アレス達としても、その意見を否定する事はしない。
それだけ成したい事が在るのならば、命を賭けてでも成し遂げれば良い、とは思うからだ。まぁ、使うのならば自分の命を使ってくれ、とは思うが。
…………だが、だからと言って、理解出来るからと言って、勝手に他人の大義の為に命を賭ける立場を押し付けられたとして、どうして納得出来ると思えるのだろうか?
しかも、事前に何の説明も無く、謝罪も無く、命令も無く、報酬も無く、ただただ『決めた事』だとして流れに組み込まれ、挙げ句の果てに死ぬ事を既定路線として押し付けられるのだから、理不尽の極み、としか言い様が無いだろう。
確かに、冒険者とは時に命を賭ける必要の在る職業であるし、その事は全員が承知してこの場に居る。
が、それはあくまでもその可能性については事前に説明を受けるモノだし、その分の報酬はきっちり提示されるか支払われた上でのモノとなる。
この様な、騙し討ちじみた扱いをされなくてはならない理由は到底無い。
寧ろ、こうして現場で命を張っている彼らの事を見捨てて壁の内側に籠もっているだけに過ぎないのは、流石に不義理が過ぎるしそれの何処に大義が在るのか、と問われるべきなのではないだろうか。
未だに戦い続ける冒険者達の中に、徐々に、ではあるが嫌悪感にも似た感情が蔓延し始める。
高台に立ち、比較的遠くまで見渡せる位置に在る遠距離部隊の者からすれば、漸く黒く塗り潰されていた地平線の向こう側に、土の色が確認出来る様になっていた事もあり、やっと終わりが見え始めた、との思いと、まだこれだけの敵が残っている、との感情が複雑に絡み合い、何とも言えない様なモノを醸し出していたが、それでもやはりこのままだと自分達は擦り潰されて終わるだろう、との見立てが出来てしまっていた様子だ。
…………正直、このタイミングで門を開き、予備として温存していた軍の戦力を開放するのであれば、アレス達悟ってしまった勢以外の周囲や冒険者達へのパフォーマンスは万全になっただろうし、苦戦しつつも魔物を撃退し切る事は出来ただろう。
だが、固く締め切られた門は開く事は無く、外壁からも援護が飛ばされる事は無く、声援の類いも、一切が送られて来る事は無いままに沈黙が保たれるままとなっていた。
そんな、怨嗟とも憎悪とも付かない感情を抱きながら、守るべきワダツミの外壁へとチラリと視線を向ける者が徐々に増え始めていた時の事であった。
遠距離部隊に所属している冒険者の内の一人が、奇妙なモノを目の当たりにしたのは。
「…………ん?
なぁ、なんか群れの奥の方に、何か見えないか?」
「…………あ?
何の事だ……?
………………んん?もしかして、森の縁の方にチラッと見えた、アレか?」
「あぁ、それだ。
アレ、魔物じゃないよな?
何だと思う?」
目撃したのは、弓使いの系統の職業に就いている冒険者であった。
彼らは、総じて視力が強化されるスキルを得る為に、常人よりも極度に遠くまで鮮明に見渡す事が出来るのだった。
そんな彼は、魔物の群れの通過した後の、丁度背後に位置する森の付近に何かが見えた気がする、と口にしたのだ。
同僚にして、同じ系統の職業を得ている冒険者も、似た様なモノが見えた、と言葉を零す。
━━━━それは、まるで金属装備に日光が反射した時の煌めきに似たモノであり、通常魔物がソレを放つ事は有り得ない輝きであった。
ソレを訝しむ冒険者が一人、また一人と増えて行く中、突如として魔物の群れの方向から大音量にて鬨の声が発せられる。
その事実に目を白黒させて、危うく手を止めかける冒険者達であったが、次いで遠距離部隊から発せられた歓声によりその四肢には新たな力が注ぎ込められて行く事になるのであった。
「おい、マジかよ!?
俺の見間違いでなければ、アレは『聖国』の旗だぞ!?
コレが夢なら、誰か夢だって言ってくれ!
でないと、俺は今後あの旗に忠誠を誓う事になっちまいそうだ!!」
突然の介入、果たして?