『追放者達』、防衛する・4
アレスが放った巨大な一撃により、目に見えて当座の数を減らした魔物の群れ。
更に、追撃として遠距離部隊から順次放たれて行く魔法やスキルの乗った攻撃により、多くの魔物がダメージを負い、少なくない数の個体が転倒したり力尽きたり、と後続の個体に踏み付けられたり、トドメを刺されたりして汚泥へと化して行く。
が、向かい来る群れの全てをそう出来ているのか、と問われれば答えは一つ。
否、である。
理由としては幾つでも挙げられるが、最大のモノとしてはやはり『火力不足』と言えるだろう。
元より一線級の人材が多くはなかった、との事も在るのだが、やはり軍の出動が間に合っていない事から数を頼みとして火力を増す、との手段に出る事は出来ていないし、最大火力を叩き出せるアレスにしても全面的に撃ち込める訳では無い。
また、確りと仕留められるだけの火力を出そうとすればそれだけ消費する魔力は多くなるし、詠唱に取られる時間も長くなってしまう為に、時間も手間も掛かる事となってしまう。
その為に、必然的に前線が押し上げられる事となり、本来ならば無い方が絶対的に良かった重装部隊の出番が回って来る事となったのだった。
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目前へと迫りくる魔物の群れを前にして、最前列に立つ重装部隊の冒険者達は、足の震えを抑える事が出来ずに居た。
生臭く、獣臭のする吐息すら直接感じられそうな程に間近に迫りつつ在る群れの存在感と、血走り、飢え、欲望のままに相手を貪らんとしている対象として捉えられている事実に、沸き起こる恐怖が抑えられずにいたのだ。
中には、未だ接触すらしていないのに、顔を青褪めさせて気を失いそうになっている者や、既に恐怖からズボンを汚している者すらも居る。
が、重装部隊に所属している冒険者達は、一人を除いて皆一様に似たような恐怖を抱いてこの場に立っている為に、誰一人としてそうなってしまった者の事を笑い飛ばそうとはしていなかった。
そんな最中、最も敵の攻撃と圧力とが集中する事になる、と予測されている中央部分に陣取っていた男が、特に気負った様子も無く号令を下して行く。
言わずと知れた、重装部隊の指揮官を任されているガリアンだ。
「さぁて、皆の衆。
当方等の活躍の時間であるな。
何、難しく考える必要は無いのである。
盾役を務める者は、相手を受け止める事だけ考えれば良いのである。
そして、攻め手を務める者は盾役の後ろから攻撃し、確実に一体ずつ仕留めて行けば良いだけであるからな。
ソレを終わるまで繰り返せば、それだけでそなた等は英雄として讃えられる事となるのだ。
なれば、奮い立て!腕を上げよ!足に力を込めよ!
そなた等が倒れれば、この場を抜かれれば、そなた等が守ろうとしている者達が、無惨な最期を遂げるモノと思え!!」
彼が発した言葉により、それまで半ば呆然と目の前の光景を眺める事しか出来ていなかった冒険者達の背筋が伸ばされて行く。
そして、足に力を込めて本当の意味で大地に立ち、楯を構えて腰を落として重心を低く保ち、どれだけの重量にて突撃されたとしても持ち堪えられる様に体勢を整えて行く。
…………当然、彼らとしても、日常的に命の危機に晒されている彼らであっても、命は惜しい。
死にたくなんて欠片も無いし、出来る事ならこの場からはさっさと逃げ出して壁の中へと避難してしまいたい。
だが、先程下された号令にあった、ここで耐えられれば英雄になれる、との目の前に吊るされた宝物によって、この場に足を留める事が出来ていた。
先程下された号令にあった、自分達が守ろうとしていた者達の事が、親兄弟、知人友人、恋人腐れ縁の顔が脳裏を過り、今自分達が居るのは崖っぷちであり、背後は断崖絶壁となった奈落のみが広がっているのだ、と認識する事が出来ていた。
その為に、彼らはもう引くことは無い。
引くことは、出来ない。
心の内に、もう引かない、と決めてしまっていた。
それにより、彼らの心は今一様に一本の芯が通った様に真っ直ぐとなり、一分の隙も無いままに五体へと不足無く力を漲らせて自身を鉄壁の盾と成して行く。
そんな彼らの背中へと、声ならぬ応援が降り注ぐ。
タチアナ率いる支援部隊が、彼らへと向けて支援術による補助を開始したからだ。
指揮官たるタチアナの放つソレは、他の冒険者達のモノとは一線を画す効果を発揮しており、受け取った者達が普段との感覚の違いに戸惑いの声を挙げる程であった。
が、彼女の下で同じく重装部隊の者達へと支援術を、必死の形相にて付与している者達は数を頼りとして幾重にも重ね掛けを行い、彼女のソレと同等の効果を限定的ながらも広範囲に渡って再現する事に成功していた。
その助けもあってか、彼らが魔物の群れの先頭部分を実際に盾で受け止めた際、その肉の防壁は一寸の狂いも歪みも生じる事無く、その衝撃を受け止める事に成功していた。
正直、指揮官であるアレスの見立てとして、最悪の場合この衝突にて何人かは『落ちる』だろうと思われていたのだが、覚悟がキマった事と支援を潤沢に受けられたことにより、負傷する者は出た者の脱落する者は今の所出ずに済んでいた模様であった。
とは言え、今はまだ、突撃して来た魔物を受け止めた、と言うだけの話。
当然ながら突っ込んで来た魔物の方はまだ生きているので、盾へと向かって猛烈に攻撃を続けているし、後続に関しては依然変わらずに猛進を続けている状態となっている。
そこで、活躍の場が回って来るのが、二列に展開していた重装部隊の後列である攻撃班と、ヒギンズ率いる遊撃部隊。
直接重装部隊の防御班によって受け止められた魔物は、その背後に控えている攻撃班の人員によって、大剣や大鎚、槍等を防御を考えていない全力にて叩き込まれる事で絶命、もしくは重傷を負い、そうでない個体へと向けては重装部隊の隊列の背後からヌルリと進み出して来た遊撃部隊が、文字通り轢き潰しながら一体となって有機的な連帯感を以て進み続けて行く。
それにより、少なくない数の個体が一度に倒される事となり、重装部隊の前方がそれなりの猶予を以て空白となる。
すかさず、絶好の好機を逃してなるものか、とばかりに遠距離部隊の攻撃が群れへと降り注ぎ、同時にアレスが放ったと思われる巨大な一撃が、またしても群れへと突き刺さる。
物理的な衝撃と共に、今度は空気すら凍り付かせて引き裂いて行くかの様な音が、周囲へと響き渡って行く。
どうやら、先程とは異なり、使用する属性を火のソレから氷のソレへと変化させた様子であった。
当然の様に、属性が異なれば効果も異なる。
先の一撃は破壊力と効果範囲とを狙ってのモノであったが、此度の一撃は破壊力はそのままに、群れの足止めを行う事に主観を置いての選択であった事が伺えた。
現に、先の炎の巨塊と遜色の無い程の大きさを持った氷の巨塊は、先の焼き増しの様に派手に炸裂して地面にクレーターを創り出していた。
そして、その周辺には自身の纏う極低温によって冬季の真っ只中を超える程の極寒の地獄を生成すると同時に、砕けた欠片から発生した逆巻きの氷柱による槍によって、無数の魔物を磔に処して行く事となっていた。
物理的に障害物として残り続け、その上で行動にも影響を及ぼし移動を妨げる効果を発揮して見せたその術式には俄かに冒険者達は活気付く。
そして、それの後押しを受けたかの様な勢いにて、アレスの一撃によって分断された群れの内、手前側に残っていた個体を遊撃部隊と共に駆逐した後、アレスの指示によってとある指示が出される事となる。
…………防衛線を一本、ワダツミの方へと向けて下げる様に、と……。
ノッているハズの場面で、何故?
答えは次回