『追放者達』、防衛する・3
防衛線として敷かれた場所から望めていた地平線に、ポツリポツリと黒い点が見え始める。
最初は小さく、また数も少なかったそれらだったが、次第にその大きさと数を増しながら、木々や山によって多少は狭められていたとは言え、それなりに広がっていたハズの地平線を埋め尽くして行く。
それと同時に、最初こそは微かなモノであったが、待ち受ける冒険者達の足元から、地震にも似た振動が這い上がって来るのが感じられた。
恐らくは、と付けずとも誰もが認識していた事であったが、どうやら遠くに見える魔物の群れが発生させた地鳴りの類いなのであろう、と思われた。
…………最早現実的ですら無く、何かしらの悪夢か幻か、とすら思えて来る眼前の光景。
ただ群れている、と言うだけでも放たれる存在感は増大するのに、それに加えて種類も大きさも異なるにも関わらず、一心不乱にこちらへと目掛けて進んで来るその大集団からは威圧感すら感じられる様に、冒険者達には思えてしまっていた。
誰もが萎縮し、恐怖し、このまま成す術無く蹂躙されるしか無い、と絶望しつつあったその時。
平時と変わり無い、寧ろ平時よりも軽い口調と声色にて
「はい、じゃあ総員戦闘準備〜」
との号令が下された。
下手をすれば、迫りくる魔物達の足音や、地面を轟く地鳴りによって掻き消されてしまったとしても、不思議では無い程度の声量。
しかし、不思議とこの場に布陣していた冒険者達の耳には良く通っていたらしく、皆一様にハッとして自身を取り戻した様な素振りを見せると、部隊それぞれの持ち場にて準備を整えて行く。
「取り敢えず、それぞれ部隊の指揮官の指示に従って行動する様に。
遠距離部隊はまだ攻撃はしない事。
遠い内に攻撃したくなるのは分かるが、今撃っても届かないし当たっても効かないんだから、やるだけ無駄よ無駄。
だから、魔法使い系の人は今の内に詠唱の類いは済ませておいて、それ以外の物理系の人はスキルだとかを発動させて準備。
勝手に撃つのは禁止、まぁあの群れに一人で放り込まれたい、って勇者が居るなら別段勝手にやっても構わないぞ〜」
瞬時に高台へと帰還したアレスが、自らの割り振りとなっていた者達へと指示を出して行く。
口調も声色も軽いそれらは、不思議と我の強い冒険者達に『逆らう』との選択肢を与える事無く素直に従わせる事となり、それぞれで準備を始めて行く。
そんな様子を横目に見ながら、アレスはアレスで魔法の詠唱を始めて行く。
普段、そこまで濫用する訳では無いし、他人から滅多に問われる訳では無いが、彼の魔法の位階は『魔奥級』であり、特殊な職業に就いている者が行使するモノを除けば最上級の破壊力と殲滅力を誇る等級のモノとなっている。
「…………取り敢えず、先ずは火で良いかな?
『紅蓮よ!我が前の敵を焦がし、打ち砕き給え!
『紅蓮の大鉄槌』!!』」
故に彼は、自身が操れる属性の中でも単純な破壊力に優れるだけでなく、その場に留まる延焼効果と範囲に優れる火の属性を選択し、素早く術式を構築すると、目に見えて近くなって来ていた魔物の群れへと目掛けて開放して見せる。
通常であれば、それぞれの属性に従った現象を巨塊として発生させ、目標へと放ってぶつける『ブラスト』系統の魔法であったハズなのだが、彼はソレを魔物の群れの直上にて発生させていた。
しかも、通常の詠唱に加えて規模を拡大させる文言まで加えており、魔力の消費量は格段に向上するものの、その破壊力はお墨付きな一撃となっていた。
そんな一撃が炸裂した場合、どうなるのか?
その答えは、至極単純なモノであり、空気を揺らす衝撃と共に彼らの眼前へと披露される事となった。
━━━━━ゴッ……………!!!!!
準備され、放たれた巨塊の一撃が炸裂し、音もなく大気を揺らして衝撃を撒き散らす。
まるで、隕石でも落下したかの様な熱と破壊を落下地点を中心とした周囲へと伝播させて行くその光景に、他の遠距離部隊の冒険者達は当然として、彼らの賭けに対抗しようとしていた者も、半ば呆然としながら眺める事となってしまう。
が、ソレを成した本人は、何処か納得が行ってはいない様子。
いや、より正確に言うのであれば、予想通りの破壊力であったが、だからと言って渾身の出来、と言う訳では無かった、と言いたげな雰囲気であり、まるで『それ以来』のモノを既に目の当たりにした事が在る、とでも言いたげな感じとなっていた。
とは言え、人が使える魔法の内でも、効果範囲も破壊力も最上級に等しい一撃が炸裂した事には間違いは無く、盛大に吹き飛ばされたのは当然地面だけではない。
寧ろ、侵攻途中であった魔物側の方が、より盛大かつ派手に吹き飛ばされてしまっている、と言えるだろう。
何せ、比較的群れの先頭に近く、それでいて効果範囲に漏れ無く魔物達を収めて発動されたソレは、文字通りに多種多様な魔物が入り混じっていた一群を消し飛ばして見せたのだ。
それこそ、火の属性に耐性の在ったモノ、空を飛んでいたモノ、冒険者ギルドが制定する中でも高位に位置するモノ、と言った具合に、通常であれば対処に苦慮するハズの存在が、十把一絡げに吹き飛ばされる事となり、集団にポッカリと穴が作られる事となっていた。
当然、群れの最中、とは言え撃ち込まれたのは先頭部分であった為に、効果範囲の中には後続の魔物が次々に突入して来る形となる。
が、そこは未だに延焼した炎の残る場所であり、同時に空気も激しく燃焼した空間でもあった故に、高温と酸欠とに晒される事となってまた次々に悶え苦しみ、倒れ伏して死んで行き、次々にその数の総体を減らして行く。
………しかし、それはあくまでも彼の魔法が炸裂した場所に対して起こっている現象、の話。
当然、そこ以外の場所に関して言えばほぼ素通りに近い状況となっているのは言わずもがな、であるし、ソコに関してもそう長い事続く事では無いだろう。
あくまでも、現状発生しているのは副次効果に過ぎない。
時間が経って延焼が収まれば自ずと魔物にとっての安全地帯に戻ってしまうし、酸欠に関しても放置されれば元の状態に戻るのは自然の理と言うヤツである。
そうして、一部のみで魔物が苦しみ悶えながらも、ソレを無視して他の魔物か突き進んで来る、と言う地獄の様な光景を目の当たりにして心が折れかけた冒険者達へと、アレスからの号令が投げ掛けられる。
「━━━━魔法使い、構え!
弓使いは、曲射で出来る限り遠方に居る連中にダメージを与える感じで、魔法発射後に撃ち方始め!スキルの使用は、各自に任せた!
魔法に関しては、好きにしろ!出来るだけ防衛線から離して撃つのが理想だが、そうも言ってられない場所があったら派手に吹っ飛ばしてしまえ!
そら、撃てぇっ!!!!」
半ば呆然としながらも、術式の構築と維持とを無意識的に保っていた魔法使い系統の職業の冒険者達が、号令に反射的に従う形で、色とりどりの魔法が魔物へと向けて放たれて行く。
特に狙いを指定してはいなかったからか、多少防衛線の左右に散らばる形となってしまっていたものの、そのお陰でより多くの魔物の敵意が彼らの方へと向けられる事となり、地形の関係上『集まり易い場所』を選んで構築していたものの、脇を擦り抜けられてしまう、といった間抜けは晒さずに済みそうであった。
様々な場所にて、様々な属性の爆炎が華を開いている最中、遅れて大小様々な矢の雨が降り始める。
人の背丈程もある様な大矢から、手の平にギリギリ収まりそうなサイズのモノまで様々であったが、それでも魔物に確りと命中し、倒しきれなかったモノも注目を集めて群れの行先を固定する事に貢献していた。
そうした遠距離部隊の活躍もあり、群れの先頭部分は防衛線の間近へと迫り来ており、それは同時に重装部隊の活躍の機会が訪れようとしている事を意味しているのであった。