『追放者達』、防衛する
アレスが持ち帰った情報を元に、防衛戦時の作戦を組み立ててる一同。
観測された『坩堝』の規模からして、猶予として残されていると思われた数日間を全力で利用し、ワダツミの防備を強化して行く。
パーティーの内部に他の適任者が居ないから、と後衛の魔法使い部隊の運用まで任される事となってしまった為に、アレスは目が回る程の仕事量に忙殺される事となる。
斥候職の冒険者達によって周囲の地形を測量し、そのデータを元に魔法使い達の力技に因って無理矢理掘り起こし、大穴を開け、街の外壁をより強固なモノへと変えて行く。
街の周辺には塹壕や堀と合わせた簡易的な防壁を幾重にも構築して防備を増やしつつ、罠や仕掛けの類いも差し込んで低位の魔物であればそれだけでどうにか出来てしまう程度に殺意を込めて行く。
更に、その防御陣の左右に程良い高さの塔(台座?)も拵え、固定砲台として魔法使いや後衛系の職業の者を添える予定となっていた。
街の外周部に敷いた防御陣にて魔物を受け止め、徐々に引きながら戦力によって数を減らしつつ、高台からの魔法攻撃によって大規模に削り、最終的には街の防壁や設備を利用して襲い来る群れを磨り潰し殲滅する。
ソレがアレスがマレニアへと向けて出した提案であり、先に『坩堝』に対して大規模な攻撃を仕掛けないのであれば唯一の勝ち筋となる、と強く念押しした計画でもあった。
そうして予定の通りに計画を実行し、順調に陣地や高台の構築を進めていた時の事であった。
このままのペースであれば、かなりギリギリのラインを見極めで最悪の事態を想定した場合での日数であっても、まだ多少の余裕を以て陣地作成を終える事が出来るだろう、と作業の汗を拭いながらアレスが一息吐いていると、俄かにワダツミの防壁の方が騒がしくなる。
何事か?と同じ様に作業をしていた者達と不思議に思っていると、不意に背筋を凍えさせる様な予感と気配がアレスの探知範囲内にて発生し、思わずそちらへと反射的に振り返ってしまう。
その視線は、その場からは欠片も見通す事が出来る様な位置や距離では無かったが、確実に先日彼が偵察を掛けた『坩堝』の在った方角であった。
「…………まさか……?」
そんな呟きを彼が溢した直後、外壁からけたたましい音が周囲へと響き渡る。
甲高く周囲へと抜ける様に響くその音は、新しく外壁へと吊るされた金属板を金槌にて叩いて発せられているモノであったが、ソレはあくまでも『暴走』が本格的に発生した時用に、と据えられたモノであったハズなのだ。
他の緊急時に使用される可能性が在る、と言う話は、少なくともアレスには聞かされていなかった。
故に、彼は直ぐ様ワダツミへと駆け戻ると、外壁の内部へと戻るのも面倒だ、と言わんばかりの勢いにて壁へと足を掛けると、そのまま外壁の外側を駆け上がり、警鐘を設置した場所へと直接飛び込んで行った。
「「わっ!?!?」」
至近距離にて驚きの叫びが二重で挙がった為に、そちらへと視線を向ける。
するとそこには、兵士の格好をしている者と、ボロボロながらも冒険者風の装備を身に纏っている者の二人が、揃って床へとへたり込んでいる姿が在った。
兵士の方はあまり見覚えは無かったが、何となくマリケスと共に居る時に見掛けた様な覚えも在るし、支給されている装備を着けている以上、やはり何処かに所属している兵士なのだろう。
そして、もう一人の冒険者風の方は、嫌な意味合いにてアレスの記憶に残っており、その経緯から最悪な予想が彼の脳裏にて瞬時に構築される事となった。
「…………なぁ、お前、確か俺達に対して最後まで突っ張ってたパーティーのメンバーだったよな?
リーダーが自信過剰なタイプで、かつメンバーの中に大火力特化の魔法使いが居たと記憶してるつもりなんだが、他のメンバーは今何処で何をやっている?」
「…………そ、そんな事……!」
「お前には関係無い、か?
残念だが、関係無いかはお前じゃなくて俺が決める事だし、俺の予想通りの事なら下手をしなくても楽には死なせて貰えない程度にはやらかしてる、って自覚在るのかよ?」
「…………な、何の事だっ!?」
「へぇ?惚けちゃう訳?
この非常事態に、これだけ派手に警報鳴らしておいて、自分は何もやってない、だなんて事が本当に通じると思ってる、と?
少なくとも、自分から吐いておいた方が、心証は良くなると思うが?」
「…………」
「あらあら、今度はだんまり決め込んじゃったんだ?
なら、俺の口から全部説明してやろうか?
お前のパーティーが自尊心拗らせて、自分達なら『暴走』も自分達だけでどうにか出来る、して見せる!って勝手に突っ込んで勝手に刺激して、その挙げ句にまだ何日か猶予のあったハズの『坩堝』を『波濤』に至らしめた、って所だろ、どうせ。
んで、馬鹿やった他のクズ共は目出度く仲良く踏み潰されて挽き肉にされたか、もしくは魔物共の腹の中に収まってここに居ない、って下らねぇオチだろ?」
「…………っ!?
お、お前なんかに、あいつらの何が分かる!?
例え『Sランク』だったとしても、あいつらの事を馬鹿にするなら許さないぞ!?!?」
だんまりを決め込む目の前の冒険者に対してアレスは、普段であれば滅多に口にしない様な煽り口調にて言葉を投げつける。
仲間を馬鹿にする様な言葉を故意的に投げつける事により、自発的な自白を促すつもりで行った事であったが、どうやらアレスが思っていた以上に口が軽かったのか、それとも馬鹿な仲間でも大切であったのか、顔を真っ赤に染め上げながら彼へと向かって食って掛かって行く。
が、そんな目の前の冒険者に対してアレスは極低温の視線を向けながら、思いやりも労りも込めてやるつもりは無い、と言わんばかりに威圧を含めた口調で続けた。
「『馬鹿にする様なら』?
分かってねぇなぁ。
俺は、馬鹿にしているんだよ、浅はかなクズ共を」
「なっ!?!?!?」
「だって、そうだろう?
活躍してチヤホヤされたい、有名になりたい、って言うのならば、俺の作戦に乗る形でまだ大人しくしてれば良かったんだよ。
そうすれば、火力特化の後衛を含んでいたお前のパーティーなら、幾らでも戦果挙げ放題だったんだから。
それに、俺の作戦に従うのが嫌だ、って言うなら『聖国』に渡って向こうの防衛戦に加わるなり、谷間沿いの所で展開されているであろう戦線に身を投じるなりすれば良かったんだ。
そうすれば、クズ共の馬鹿な考え一つで、街一つ消える可能性が高まる様な事態にはならなかったんだからな」
「く、クズ共だと!?
それは、俺達の事を言ってるのか!?!?」
「ソレ以外に何があるよ?
寧ろ、自分達の下らないプライドのせいで、わざわざ外部から手助けに来てやった俺達に反目した挙げ句、本来なら命を張って助けないとならない街の住人達に死者を出す可能性を跳ね上げやがったんだから、十二分にクズ共だろうがよ。
違うか?」
現実を淡々と突き付けるアレスによる口舌の刃に、遂に自衛の為の反論すらも口から出て来なくなる冒険者。
彼に従うのが嫌だったのならば他で、そうでは無く見返そうとするのならば本番で、それぞれ全力を尽くせばソレで良かったハズなのに先走ったが為に特大のハズレ籤を街へと押し付けた罪は、決して軽いモノでは無いと言うのを遅れて自覚してしまったのだろう。
絶句する冒険者を今度こそ完全に意識の外へと放り出したアレスは、今度は視線を兵士へと向けて行く。
警報として設置されていた金属板を鳴らしていたと言う事は、少なくとも目の前のクズから事情を説明されていた、と言う事だろうと判断し、本来の指揮系統は別ながらも指示を出して行く。
「…………俺はコレから、予定されていた位置に冒険者達を展開して指揮を取る。
お前さんは、現状をマリケスに報告してから、誰か上長にでもマレニア様に情報を上げておいてくれ。
良いよな?」
「…………は、はっ!
承知致しました!
失礼致します!!」
所属が別だから、冒険者如きに、とごねられる事も覚悟の上で出した提案に、直立不動で清聴した上に敬礼までして飛び出して行く兵士。
その後ろ姿に一瞬呆気に取られるものの、冒険者達もこれくらい聞き分けが良かったらどれだけ楽出来たかねぇ、と常に無い思考を働かせながら、自身のやるべき事をやるべく、事の引き金を引いたクズを放置して窓から身を踊らせるのであった……。