『追放者達』、防衛準備をする
冒険者ギルドにて冒険者達を叩きのめ……『教育』したアレス達『追放者達』のメンバー達は、それぞれで街の防衛の為に動き始めた。
セレンは回復魔法への適性の在る冒険者達を纏め上げ、ガリアンは重装の盾役達を収集し、ヒギンズは遊撃担当の攻撃役達を集め、ナタリアは物資の輸送役としてポーター達と共に商業ギルドへと赴き、タチアナはパーティーの補助役達を集めて段取りを確認して行った。
そして、当の本人であるアレスは、数名の斥候役と共にワダツミの外へと出ていた。
事の中心地である『坩堝』と化している場所へと偵察に赴いていたのだ。
一応、マレニアの方から自然に弾けるまでは手出し無用、とは言われている。
しかし、その状態を知らなければどの程度余裕が在るのか、どれだけ切迫した状態となっているのか、すら分からないのだから、情報は集めるだけでも価値が在るのだ。
そんな訳で、アレスは単独……では無く、数名とは言え現地の斥候職や探索職と呼ばれるタイプの職に就いている者達を伴って行動していた。
彼等は、このワダツミの街でも腕利き、として名が通っている者達であるらしいのだが、その技量はお世辞にもアレスの領域に届いている、とは言えない出来となっていた。
ならば、何故その様な人員を伴って、わざわざ弾ける可能性の在る爆弾を突く様な真似をしているのか?
その理由としては至極単純で、アレスに現地での土地勘が無かったから、である。
一応、彼らが把握している限りで、地図上での位置はアレスも把握はしていた。
なので、彼単独でも状態の確認と偵察程度であれば、出来なくは無かった。
が、それはあくまでも『知っているだけ』『出来なくはない』と言うだけの話。
実際にどう言った地形になっているのか、どの程度足元が確りしていて無音での移動に耐えられるのか、どんな植生でどの程度の太さの障害物が落ちているのか。
それらの情報を経験として知らない以上、下手をすれば致命的なミスをする羽目になる可能性が在る。
そのしくじりで死ぬのがアレス本人だけならば彼も適当に単独で出るのだが、今回は事の規模が大き過ぎる為に、接近するだけでもある程度の案内を付けた状態で行く事にしたのだ。
尤も、そうして連れ出された連中は、ワダツミを出立した直後は納得しかねている様子であった。
自分達だけで、偵察だけならどうとでも出来た、と言いたかったのだろうし、実際に抗議にも似たモノが直接向けられた事もあった。
が、彼がその言葉に取り合う事無く、その上で彼が普段兼任で務めている斥候としての動きを見せた事により、言葉を失う事になった。
先に述べた通りに、彼等とアレスとでは、それだけの技量の差が頑然たる壁として立ちはだかっていたのだった。
気配の断ち方一つ取ったとしても、ただ消すだけでなく、周囲から不自然だと思われない程度に薄めて流す、といった技術を見せられたり、足音を一切立てずに全力疾走に近い速度を出しながらも、周囲の木々の枝や葉を揺らす事すらもせずに擦り抜けて見せる。
素早く、静かに、そして確実に、といった、所謂『理想的な斥候職の動き』とでも呼ぶべき動きを見せ付けられてしまっては、実力絶対主義たる冒険者としてアレスの事を認めざるを得なかった上に、その絶対的な技量を少しでも吸収しようと必死に彼に喰らいついて行く事になっていた。
そうこうしている内に、目的としていた場所の近くへと到着する事に成功したアレス一行。
ここまでは、地図の上で確認出来ていた通りのモノであり、大過無く到着する事が出来ていたが、コレから先は絶対に気付かれてはならない為にも、アレスのみで進み同行していた斥候職達は先にワダツミに帰還する事となっていた。
それまで集めた情報を聞き取り、複数のスキルを発動させた状態にて一人進むアレス。
その姿は視認する事すらも出来ない状態となっており、何かしらの超常的な手段によって認識しようとしない限りは、ほぼ間違い無く察知される事は無い状態となって進んで行く。
そして、地図にも記されていた通りの地形、丁度窪地となっている地点の縁へと到着した彼は、草木を揺らす事すらもせずに、そっと視線を投げ掛けて行く。
するとその先には、見る者が見れば即座に卒倒し、まるでこの地こそが地獄である、と叫びそうになる様な光景が広がっていた。
「…………こりゃ、凄まじいな。
冬季特有の連中もそうだが、そうでない連中も居るみたいだし、何より数が多すぎだろう。
俺の最大火力をぶち込んだ所で、どの程度削れるかの予測すら立てられんぞ……」
彼の視線の先にて、無数の魔物達が蠢く。
何故か季節に合わせて増減する氷の魔力を纏った魔物や、そういった訳でも無く年間を通して多く出現する魔物の種類も多く見られたが、そうでは無いあまり見掛けないモノや彼からしても何かしらの近縁種、かな?との見立てしか出来ない様なモノまで幅広く集まっており、その総数は数える事すらも馬鹿馬鹿しく思える程に密集し、一種異様な熱気にも似たモノを放っていた。
…………通常であれば、これだけ多種多様な魔物が集結した場合、問答無用での殺し合いが発生する事になるし、そもそもここまでの数や種類が集まる事は有り得ない。
それこそ、ダンジョンの様な一種の特殊な空間でも無い限りは、例え同種や近縁種であったとしても行動を共にする事は滅多に無いし、群れとしてもここまで数が膨れ上がる前に自壊して共喰いや殺し合いに発展するだろう。
尤も、それ故に『暴走』は滅多に発生しない、といえばそれまでなのだが、アレスは目の前の光景に何処か違和感を覚えていた。
こう、何処が明確に変だ、と指摘出来る程にハッキリと見えている訳では無いのだが、敢えて言うのならば集結した魔物達が大人しすぎるから、だろうか?
場所によっては、コレに近いだけの多種多様な魔物が一処に生息しているポイントも、存在はしている。
かつて、アレス達が依頼で赴いた『黒き帰らずの森』の異名を持つアンドラス大森林だとかが良い例だ。
しかし、あの森はそれだけ雑多な魔物が犇めいているだけの事はあり、常に魔物同士での殺し合い食い合いが発生している場所でもあった。
縄張り争いや食料争い等の闘争が在ったのは当然だが、眼と眼が合った、隣を歩かれた、と言うだけの事で殺し合いが発生した、との報告をアレスも目にした事があった程だ。
……だが、ここではソレが無い。
『暴走』特有の、『坩堝』の状態特有の不思議現象、と言われれば納得せざるを得ないのだろうが、まるで自由意志を奪われてしまい、無理矢理に反抗できない状態にてここで待機されられている、と言う様な雰囲気すら感じ取れてしまう気がする程であったのだ。
そう、まるで、誰かが意図的に発生させた上に操作しようとしているかの様に。
そんな有り得ない考えを、頭を振る事すらせず、数秒瞼を下ろすだけで振り払って見せるアレス。
その様な大層な事が先ず可能だとして、なんでこんな辺境近くでそんな事を起こすのか?だとか、そもそもこんな事してなんの意味が在るのやら、だとかの考えが次々に浮かんで来て、結局先程感じていた違和感を押し流してしまう。
取り敢えず、不穏な予測は排除出来た、と判断したアレスは、同時にこれ以上留まって観察しても新しく得られる情報は無いだろう、との決断を下すと、来た時と同様に気配も足音も、何ならその姿すらも周囲から隠した状態となってその場をそっと離脱して行く。
足跡一つ残さずにその場から脱出する事に成功すると、魔力にモノを言わせて身体強化を発動させ、自前の足にてワダツミへと目指して駆け出して行くのであった。
なお、先に戻していた斥候職の冒険者達へとワダツミ周辺にて追い付く事となり、完全に化け物を見る様な目で見られる羽目になるのだが、ソレはまた別のお話である。