『追放者達』、分らせる
自分達にはしがらみなんて特には無いのだから、滅ぶ確率がそれなりに在る街なんて見捨ててトンズラしても良いんだが?
そう告げたアレスに対して驚愕を隠せない様子の二人であったが、寧ろアレスとしてはその様に驚かれる事こそが驚愕に値する事であった。
何せ、一応領主であるマレニアに対しては『全力を尽くす』と約束はしたモノの、未だにそれだけに過ぎないのだから。
正式に依頼を受諾した訳でも無ければ、払われるべき報酬について何かしらの確約を貰っている訳でも無いし、何ならどれだけの報酬が支払われるのかすらも知らされていない。
仮にも『Sランク冒険者』として危機的な状況を目の前にして緊急処置的に手を貸しているが、そんな中途半端とすら言えない様な状態にて現場の人間から『手を貸すつもりすら無い』と断言されたのであれば、じゃあ俺達抜きでどうにかしてね、と言われたとしても何ら不思議な話では無いだろう。
どれだけ高位になろうとも、冒険者と言えども普通の人間である。
利が有れば食い付き、ソレが無ければ離れて行くのは当然の話であるのだ。
ソレを、立場的にも実体験的にも理解しているグラングの方は、苦々しい顔をしながらも口を噤んで押し黙る。
大方、ここで渋々、といった体で俺達を受け入れ、戦力としては活用するが指揮権自体は完全には明け渡さずに精々が前線指揮官程度に抑え付けるつもりであったのだろう。
最高戦力こそは最前線に置くべきモノであり、そういった場所に居れば全体を見て指揮を摂るなんて不可能なのだから、柔軟な対応が出来る程度の地位と部隊を預けるので奮闘してくれ、とでも言う予定だったのだろう。
そして、事が上手く進み、街の被害が最小限に抑えられたのであれば彼らの功績も冒険者ギルドの功績、ひいては全体指揮を摂っていた自身の功績である、と喧伝し、仮に防衛失敗か、もしくはソレに近しい状況になったとしても、外様の連中が勝手にやったからこうなったんだ、と主張する為の生贄として使い潰せる、とか企んでいたと思われる。
故に、彼が口にした言葉は、一等よく効く薬となった、と言うわ訳だ。
何せ、既に感付かれている以上、完璧に隠蔽しきった上で最後まで掌で踊らせ続ける位の事はしないと、最悪のタイミングで逃げられる可能性が産まれてしまっているのだから。
とは言え、そんな事は関係が無い、もしくは自身すらも利用されている事に気付いていないらしいマリケスの方は理解が及んでいないのか、それとも元よりそちらの方面については疎いのかは定かではないが、一人動揺を顕にしていた。
まぁ、頼りに出来る、と思っていた特級の戦力が、唐突に手を引く可能性を示唆したのだから、真面目に街の防衛の事を考えていた人間としては混乱もして当然かも知れないが。
その点は哀れにすら思うアレスであったが、自身の仲間と比べれば、全く、と言っても良いほどに関わりの無いマレニアやマリケスがどうなろうと、言い方は悪いが『知った事では無い』彼には優先度は低い為に、自分達の立場を確立させる為にも言葉を続けて行く。
「未だ脅威が膨れ上がる現状でそうやって勝手に言い争いするのは勝手だが、最低限『どうするつもりなのか』位は決めてくれないと困るんだが?
指揮を摂らせるつもりなのか、防衛を丸ごと投げるつもりなのか、それとも全部自分達だけでやるつもりなのか、さっさと決めてくれや」
「…………ま、待て待て待てっ!?
今、貴方達に抜けられると困る!?
報酬については、成功報酬、との形になるであろうが、必ず形にして出すから、手を引く事だけは勘弁して欲しい!
指揮権に関しては、必ず私がグラングを説得するから、どうかこの場は堪えてくれないだろうか!?」
「ちょっ!?
おい、まてこの野郎!
まるで、俺だけがごねてるみたいに言うんじゃねぇよ!?
俺は、あくまでもギルドに所属している冒険者達が、こいつらの下に着くのは拒否するハズだ、って前提で話していただけでな!?」
「…………ふぅ〜ん?
じゃあ、あんたの予想だと、俺達に使われるのなんて真っ平御免だ、って連中を集めてくれよ。
一発で、どっちが上か、って分からせてやるから。
あ、勿論、全員な?一々同じ様なやり取りしてたら、面倒臭くて敵わんから」
「「………………え?????」」
******
「━━━━って訳で、ここの指揮官に任命されてるアレスだ。
文句は言わせないし、後からグダグダも言わせない。
何かあるなら、今さっさと掛かって来い。
それと、俺達からの命令は『絶対』だから、逆らったら物理的に首が無くなると思っておけよ」
そう言い放ったアレスの前にて、困惑と怒りとを隠そうともせずに顕にして行く荒くれ者が十数名。
当然の様に、ワダツミ支部に所属している冒険者達、その中でも上位に位置している連中であった。
ギルドマスターであるグラング曰く、今回の防衛作戦での冒険者側の中核戦力になる予定であった連中、との事だが、基本的に『聖国』に強力な魔物こそ狙い撃ちにする様に狩られて行く傾向の在る土地だけあって、腕前の方はお察し、といった程度のモノに過ぎない様子。
それでいて、自分達の街を守るのは自分達だ、との自負に溢れているのか、彼らがアレス達へと向けている視線には敵愾心が剥き出しとなっているモノばかりであった。
そんな彼らへと、アレスを始めとした『追放者達』は呆れた様子を隠そうともせずに、完全に見下した視線を送って行く。
自負を抱くのは良いし、矜持を持ち続けるのも構いはしないが、自分達の力量と周囲を取り巻く環境を正しく認識出来ないのであれば、冒険者でなくても下手をすれば命を落とすと言うのに、その程度すら出来ていないとは……と呆れの感情を通り越して哀れみすら抱く程であった。
ランクであれば、精々が『Bランク』に届くかどうか、といった程度であり、戦力としてまともに使おうとする位ならば居ない方がマシ、とまでは言わないでも非協力的ならばさっさと退場してくれた方が有益である、とは判断出来てしまっている。
その為に、手を貸すつもりが無いのなら、手伝うつもりがないのならさっさと消えるか、もしくは事が終わるまで大人しく見物していろ、と言外に伝えている訳なのだ。
とは言え、流石は腐っても冒険者。
自分達が暮らす街の危機であればどうにかしよう、との意志を胸に抱いている者から、普段回って来ない重要な依頼に対して齧り付いてでも離すつもりは無い、と視線で訴えて来ている者も居るが、本質的には常日頃から付き纏う『魔物は『聖国』に、荒事は兵士達に任せてしまえば良い』との風潮を跳ね除けたくて仕方が無い、との思いが根底に在る以上、やはり簡単には引き下がる事はしないだろう。
故に、力ずくで理解させる。
普段であれば、短慮的かつ遺恨の残りそうな手段は極力避けたいと思っているアレスであるが、現状依頼された事を十全に熟すには時間を掛けてはいられない為に、短期的に見れば最も効率的な手段へと手を伸ばす事になったのだ。
当然、突然現れた余所者に挑発され、自分達の上に立たれようとしている事を冒険者達が簡単に受け入れるハズが無く、彼に挑発されるがままに彼らへと向けて襲いかかって行く。
中には、自身よりも小柄だから、と特に警戒する様子も無くアレスへと大振りに拳を繰り出す者や、女性だから、とドサクサに紛れていかがわしい事を仕出かそうと鼻の下を伸ばしながらセレン達に近付く者も出て来たが、そういった者達の末路がどうなったのかは、語るまでも無いだろう。