『追放者達』、引き受ける
「…………すみません、一つ確認しても宜しいですか?」
「何か?」
「本当に、『暴走』が発生している、と?
勘違いや見間違いの類いでは無く、確定している事象である、と?」
「…………残念ながら、非常に残念ながら、頑然たる事実だ。
コレは、我が一番信じたくない事柄として、最も厳重かつ慎重に調査を重ねつつ、情報を精査した結果として『発生している』と下した判断だ。
……間違いであれば、我一人の空騒ぎであったのならば、どれ程良かったか、貴方に分かるか……!?」
「……これは、無礼を働いた様ですね。
謹んでお詫び致しますので、どうかご容赦を」
「………………いや、我も些か神経が過敏になっていた様だ。
この街を救う可能性を秘めた相手に対し、高圧的に出る必要性なぞ欠片も無いと言うのに、な。
無礼等と気にする必要は無い。
ただ、我の望みはただ一つ、ソレを理解してくれてさえいれば良い」
「了解致しました。
微力ながら、全力を尽くさせて頂きます」
一縷の望みに掛ける気持ちで、間違いではないのか?と問い掛けるアレス。
しかし、それは領主である彼女の方こそが最も『そうあって欲しい』と願っている事柄であり、そうでなかったが為にこうして大規模な事態に発展している、と言う訳なのだろうが。
貴族としてはあるまじき事態ではあるのだろうが、彼女の声や表情に滲み出ている慙愧の念や遣る瀬無い怒りといった感情から、それらが本当の事であるのが容易に見て取れる。
故に、素直にアレスも謝罪を口にした上で、全力で事に当たらせて貰う旨を約束したのだった。
…………とは言え、正直な話として、彼らは『何を期待されているのか』を把握しきれてはいなかった。
戦力として、と言うのであれば、『暴走』特有の事態として、魔物の坩堝と化している場所が在るハズであり、かつソコが弾けてこのワダツミへと流れてくるよりも先に大暴れして数を減らす方面であるのか、それとも直接的に流れて来た魔物の津波に対する防衛戦での戦いを期待されているのか。
それとも、魔物に対する専門家として防衛設備の拡充に力を入れたいのか、戦術的な指摘が欲しいのか。
はたまた、コレは有り得ないとは思うが、対魔物戦の経験者として兵士達を率いる指揮官的な立場に立たせたいのだろうか?
ざっと挙げられるだけでもこれだけの候補が有るが、果たしてアレス達が求められている役割とは一体どれなのだろうか?
その全てを、と言われたとしても、とてもでは無いが対応しきれるハズも無く、またしたとしても報酬として請求しなくてはならない額が天井知らずになってしまうが為に現実的、とはとても言えないだろう。
『Sランク冒険者』とは言え、一応は人間なのだ。
何でもは出来ないし、疲労もすれば飯も食うし糞もする、ただの人間に過ぎないのだから。
そんな思いが込もった視線に気付かれたからか、もしくは最初からその予定であったのかは定かではないが、女性領主(まだ名乗られていない)が一枚の地図を広げて来る。
それは、現在地でもあるワダツミの街を中心として周辺の地形をも含めて詳細に描かれている、一枚の地図であった。
彼女は、徐ろに地図の一箇所へと指を下ろす。
そこは、中心として描かれたワダツミから離れ、山の谷間を通り抜けたその先であり、聖国との関所が在る場所に印された境目の線上からもそう遠くは無い場所であった。
「現在、確認されている『魔物溜り』はココだ。
この場所に、数千単位での魔物が集結している。
…………そして、ここが弾けた場合、怒涛の勢いを以て流れてくる連中の内の何割かは、確実にこちらへと流れてくる事になるだろう。
地形的に、それはほぼ確定事項だ」
魔物が集結しているらしい地点から、地形をなぞる様にして指を動かして行く。
その動作を見る限りでは、殆どは山の谷間に沿って進むか聖国側へと流れるのだろうが、その残りは山の裾野を迂回する形で沿って進み、このワダツミへと到着する事となるのだろう、と言う事が予想出来ていた様だ。
「正直、こちらに被害を出さず、それでいて周辺への影響を考慮するのであれば、未だに『波濤』へと至らず『坩堝』である内に叩いてしまうのが理想的ではある。
それは、我も分かっている。
…………が、そうして戦力を仕向けた場合、こちらの防備は手薄にせざるを得ない。
そして、中途半端に『坩堝』を刺激して『波濤』へと発展してしまった際に、このワダツミへと流れてくる割合が大きくなってしまったならば、被害は計り知れないモノとなるだろう」
「…………であれば、我々に求められる仕事は、先んじての間引きや『坩堝』での早期殲滅では無く、あくまでも防衛強化である、と?」
「…………あぁ、そうなる。
貴方達には、窮屈な思いをさせるかも知れないが、我としてはこのワダツミを守り切る事こそが最重要なのだ。
他の国や街には、独自に対処して貰うしか無いだろう……」
一定数以上の魔物が集まり、集団で暴走する事を指して『暴走』と呼称されるが、それにはいくつかの段階が存在している。
先ず、予兆として周囲の魔物が少なくなる『引潮』、次に多種多様な魔物が何故か殺し合いもせずに大人しく一箇所に溜まって行く『坩堝』、最後に『坩堝』が弾けて溜まった魔物が暴走を開始して周囲を更地へと変えて行く『波濤』の三段階だ。
彼女の説明を聞く限りでは、既に『暴走』は二段階目の『坩堝』へと至っており、下手に突付けば即座に破裂する可能性が在る程に膨れ上がっている、と言う事なのだろう。
…………本来であれば、予兆としての『引潮』の時点で間引きを強化するか、もしくは『坩堝』の初期の段階にて蹴散らして規模を縮小させるのが対処法としては定石なのだが、今回は何らかの理由によってソレが出来なかった、ということなのだろう。
そうなった場合の対処法は二つ。
一つは、アレスが挙げた様に『坩堝』から『波濤』へと至るリスクを承知した上で『坩堝』へと至っている『魔物溜り』へと攻撃を仕掛け、無理矢理に数を減らして暴走の規模を縮小させる事。
そして、もう一つは、『波濤』が発生するまでに準備を整えておき、事態が収束するまで耐え忍び続ける事。
本来であれば、余程街や都市の間近で発生させてしまった間抜けな場合を除いては、大抵は前者を選択する。
その方が、人間の生活圏に及ぼす影響としては比較にならない程に小さなモノへと抑えられるし、様々な方面での消耗も抑えられるからだ。
…………だが、それはあくまでも二方面作戦を展開できるだけの戦力が確保出来ている場所の場合。
今回の様に、他から戦力を引っ張って来ないと対応が難しい、と判断されてしまう程に苦境に立たされている様な所では、拠点の防衛と『坩堝』の解体の同時進行は不可能だと判断が下されたのだろう。
尤も、ソレも冒険者ギルドからの増援が未だに到着していないが故の判断なのだろう。
恐らく、彼女の試算では既に増援の本隊までもが到着しており、そちらの戦力を『坩堝』の解体に振り分ける事で元々持っていた戦力を防衛力として全力で注力する予定であった、と言うのが大まかな筋書きだったのだろうと思われる。
とは言え、ヤレと言われた事を実行するのが冒険者。
雇い主である領主が『それしかない』と苦肉の策として下した判断に否やを唱える事はせず、その要望を叶えるのが彼らのお仕事と言うヤツである。
そう心得ているアレスは、彼女の苦々しい表情と心境とを慮ると、詳しい防衛戦力の陣営と自分達に期待されているポジションや働き等を確認して行くのであった……。