『追放者達』、出立する・2
「まぁ、ともあれ晩餐会はある意味で大コケさせられたが故に、コレで親父殿も少しは大人しくするであろうよ。
実子すら駒としてしか見ず、自身と家の役に立つかどうかでしか判断出来ぬのは些か哀れですらあったが、それでもグズレグは末子であったが故に可愛かったのか、多少甘やかしていた節が在った故な」
「えぇ、その点に関しましては、この老骨にも覚えが御座いますよ。
あれだけ坊ちゃんには厳しくなされ、私からも苦言を呈する羽目になった事もあった御当主様が、弟のグズレグ様には大分甘く、声を荒げられる場面もあまりお見掛けしない程で御座いましたからなぁ」
「尤も、その扱いの差があやつに無用な野心を抱かせ、その上であの甘ったれた性根が出来上がったのだ、と考えると、流石に当方もその様に扱われたかった、とは言えぬがな」
「坊ちゃんの『教育』との名目で行われた数々の行為は、苛烈を極めましたからなぁ。
年端も行かぬ子供に対し、一応刃を鈍らせてはいるとは言え金属製の武具を用いた手合わせを、しかも年上の者に手加減せぬ様に言い含めた上でやらせる等と、正気の沙汰では御座いますまい。
しかも、負けて当然、大怪我を負わぬだけまだ御の字、と言う状態でも、勝てねばどれだけ負傷していようが疲弊していようが、あと一歩で勝利出来た、との状況であったとしても待っていたのは折檻飲み、というのですから、良くぞご無事に大きくなられる事が出来たモノです」
「…………あぁ、当方としても、今更ながらに何故生きていられたのか不思議でならぬよ。
尤も、ソレも爺が当方を癒し、守り、教え導いてくれたからである、とは当時の当方でも理解していた故に、そなたには感謝が絶えぬよ」
「…………その様なお言葉、滅相も御座いません」
嘗ての暮らしを懐かしみ、同時に苦難の道であった事を同時に思い起こしているらしいガリアンとナベリウス。
その視線は遠い昔を俯瞰している様にも見えるが、同時に当時の艱難辛苦を思い出しているらしく、瞳は死んだ魚のソレに近い濁り方をしていた。
ソレを傍から聞いていた仲間達であったが、抱いた感想として『ふーん、そうなんだ?』程度である。
そも、孤児院で育ち周囲からは常に虐められていたアレスや、スラム街にて常時死と隣合せで育って来たタチアナとしては、その程度で屋根も寝床も飯も確保出来るなら良い方では?と思ってしまう。
また、産まれ育ちとしては一般家庭であるセレンやナタリアであったとしても、お貴族様としてお偉い家に産まれたら大変だったんだな、と思う程度である。
未だ語られぬ過去を持つヒギンズに至っては、随分と温くやってたんだねぇ、と幼少期の訓練(と言う名目の虐待)程度で現在までの力量を得るのにどれだけ修練を積んだのやら、と別の方向にて彼の事を再評価するに至る程であった。
尤も、現在の恋人であるナタリアとしては、ソレはソレとして今度慰めて上げよう、とは思っていた。
…………今となっては屁でも無い、と思えるが、彼女は彼女で幼少期に未発達な身体を原因として虐められた経験が在った為に、その辺りについては何時になったとしても慰みが身に染みるモノなのだ、と理解があったからだ。
そうこうしている内に、出立の準備が整って行く。
既に橇も従魔達に取り付けられており、後は乗り込んで出発を果たすだけ、となっていた。
そんなタイミングにて、ナベリウスが再び口を開く。
「…………坊ちゃん。
やはり、坊ちゃんだけでも暫しお残りになられませんでしょうか?
お仲間も、既に一度やり込められている御当主様であれば、悪し様に扱われる事も暫くは無いでしょう。
であれば、坊ちゃんがお戻りになられても……!」
「…………爺、いや、ナベリウスよ。
未だ、そこを明言していなかった当方にも責があろうが、当方はやはり戻る気は無いのであるよ。
既に、冒険者としての地位も確立している上に、頼れる仲間もこうして居る。
であれば、ソレを捨ててまで家に戻る事に、なんの意味が在ると言うのであるか?」
「…………ですが……」
「それに、家に戻る、と言うのであれば、いずれグズレグは戻って来るのであろうよ?
あやつ、かつては兎も角、今は勇者パーティーの一員として働きを見せているとの事。
であれば、いつになるかは定かでは無いとしても、ひょっとすればひょっとして、まさか!と思うような大手柄を上げて凱旋して来るやも知れぬぞ?」
「それならば、どれ程良い事でしょう、ね……。
しかし、現在後継として指名されているのは、あくまでもカレンデュラ様で御座います。
彼女も、試合での負傷とトラブルから昨晩は参加為されませんでしたが、坊ちゃんの事を甚く気に入られている様子。
後継としてお戻りになられないのであれば、せめて次期当主の婿として、では駄目で御座いましょうか……?」
「それこそ、無理であろうよ。
そも、悪評を教え込まれた上に初対面であった当方に対し、あれだけ強烈にアピールしてきたと言う事は、本人的には『当方でなければ駄目』と言う訳では無く『自身よりも強い相手でなければ駄目』と言う事であろう?
なれば、仮に祝言を挙げたとして、その後に当方よりも更に強い者が現れた場合、そちらに靡かぬ道理は無いであろう?
そう言った手合である、と納得した上での婚姻ならば兎も角、そうでなければとてもではないが相手として見るのに不安しか感じぬのであるよ。
それに……」
「……………それに、で御座いますか……?」
「…………うむ、それに、である」
そこで一旦言葉を切ったガリアンは、橇の運転席に座っていたナタリアに対して手招きをする。
一応、別れの挨拶なのだから、と気を利かせて聞き耳すら立てずに遠巻きに眺めるだけにしていた彼女としては少々驚きはしたが、取り敢えず呼ばれたのだから、と席から飛び降りて短い足にて彼の下へと駆け寄って行く。
そんな彼女をヒョイッと軽い様子にて抱き上げると、片手で抱えたままの姿勢にてナベリウスへと向き直り、先程中断した言葉の続きを口にする。
「…………うむ、それに、である。
当方の嫁御は、既に決まっているが故に、今更互いに想い合う関係の女から乗り換えて、家の為に良く分からん女と褥を共にせねばならぬ理由は無いのであるよ」
「…………なんと……!?
随分と親しくされている様子だ、とは思っておりましたが、よもやその様な関係であったとは……!?」
「えっ?ちょっ!?待っ!?!?
その話、一番の当事者たるボクが全く以て聞いていないのですが!?
ガリアンさん、本気なのですか!?」
「うむ当然であろう?
そも、そなたもその気であると思ったが故に口にしたのであるが、間違えていたのであるかな?」
「…………あぁ、もうっ!
えぇ、そうなのですよ!
ボクとしても、結婚するのならガリアンさんとするんだろうな、とは思っていたのですよ!
でも、こう、もうちょっと、せめて雰囲気とか何かしら整えてから先に一言添えるモノじゃ無いのですかね!?」
そんなやり取りを、ナベリウスの目前にて行う二人。
じゃれ合いながらも、確かに互いに愛情を持って接するその姿に、彼も最初こそ驚いた様子を隠せずにいたが、次第に納得した様子を見せて行った。
最初こそ引き留めようとしていたナベリウスであったが、その方が彼にとっては毒になる、と判断したらしく、その後は大人しく引き下がり、彼らの出立を頭を下げて見送る事となる。
彼らの行先を聞いてはいなかったが、その道行きが幸多きものとなり、その果てに栄光が在る事を一人祈りながら館へと戻って行くのであった……。
取り敢えず今章はここまで
次回閑話を挟んで新章に移行します