『追放者達』、出立する・1
御前試合にてアレス達がギリアムの目論見を御破算に仕立て上げた翌日の早朝。
彼らの姿は、ハウル家の館の玄関前に在った。
既に冬季の半ばまで来ており、立地的にそこまで雪が残る様な場所でも無いとは言え、季節柄未だに酷く冷え込む状態が続いている。
周囲を見渡せば、夜の内に降りた朝露が凍り付いて朝霜へと変化し、植え込みの葉を薄く白く染め上げているのが見て取れる程であった。
未だに日も昇りきらず、丘陵の彼方に薄っすらとその頭を覗かせている様な時分であるにも関わらず、彼らは既に出立の準備を万全に整えた状態となっていた。
勿論、昨日の諸々が響く形となって、まだ眠そうな顔をしていたり、実際にあくびを噛み殺しながら目元を擦っていたりする者も居るのだが、当然の様に文句を口にする事無くその場に立っており、佇まいにも隙は見られない旅姿となっていると言えるだろう。
そんな彼らを見送る影が数多く…………在るハズも無く、佇むのはたったの一つ。
かつて、彼らを迎えに来た張本人であり、この館にて彼らの世話を一手に引き受けていた老人、ナベリウスのみであった。
「…………もう、お行きになられるのですか?」
「うむ、やるべき事は既に無く、これ以上の逗留に意味は無いのである。
であれば、邪魔者として放逐されるか、もしくは遮二無二取り込もうとして襲われるか、その二択が迫られるよりも先に、さっさと撤退するのが吉と言うモノであろうよ」
残念そうに尋ねる老人に対してガリアンは、まるで敗残して撤退する様な言葉を紡いで見せる。
が、その表情は晴れ晴れとしており、その声色と相まって確実に『負けて落ち延びる』のでは無く『勝って凱旋する』かもしくは『勝ち逃げする』と言うのが相応しいのであろう事が容易に推測出来てしまっていた。
そんな、嘗て自身が垣間見たイタズラ小僧が再来した様な姿に、思わず目を細めるナベリウス。
自身の手で養育し、本人も望んでいた後継としての席に着かせ、その上で一度は失い、二度とその手には戻って来ないだろう、と覚悟していた光景が、眼の前で広がっていたのだ。
しかも、以前の様に名家の跡取りだから、と遠巻きにされる事も無く、笑いあいふざけ合えるだけの信頼の置ける仲間と友人とに囲まれた姿を、その目で見る事が出来ていたのだ。
これには、既に枯れたと思っていたナベリウスの涙腺も、感動と安堵によって再び蘇り、どう見ても強面にしか見えない彼の、優しく緩められた目尻を湿らせる事となっていた。
「…………分かりました。
坊ちゃんがお仲間と共に決められた事でしたら、この老骨に否やは御座いません。
坊ちゃんは既に自由なのですから、存分に駆け、存分に求められるのが宜しいかと」
「…………済まぬな、ナベリウス。
昔も今も、変わらず面倒ばかりを見させる事になるのであるよ」
「いえいえ!
この老骨、坊ちゃんの為出かしを一度たりとも面倒だなどと思った事など御座いません!
寧ろ、昨日の事は私も胸が梳く想いでございました故に」
「…………大切な主家の後継を叩きのめした挙げ句、現当主の開いた催しを台無しにしたのに、であるか?」
「えぇ、勿論で御座います。
この老骨、仕える主は確かにギリアム様ですが、御当主様は最近困惑していらっしゃるご様子。
いえ、元々持っておられた『軸』が揺らいでしまっている、と言えるかと」
「ふむ?
元来後継であった当方を絶縁し、グズレグへと据え替えたかと思えばこちらも半ば放逐、その上で遠縁のカレンデュラを養子として迎えて後継へと据えた事を公表した、ともなれば、確実に御家騒動としてこれまでのハウル家の威光は幾分かの翳りを見せる事となるのであろうが、その程度であれば言う程に『揺らいでいる』と言えるのであるか?」
「正しくその通り、にて御座いますよ。
…………嘗て、このハウル家を治めておられた御当主様であれば、その様な騒動すら起こさせず、一通り綺麗に落し所を用意した上で事を進めておられたハズです。
更に言えば、昨晩の晩餐会にて起きた追加の騒動すらも、事前に防ぐだけの先明の観を持ち合わせておられた為に、そもそも起きる事すらも無かった、と思われます」
「…………当方らとしては、あくまでも『冒険者』として招かれていたが故に、冒険者としての一張羅で参加し、冒険者としての立ち振る舞いを見せていただけ、であるのだがなぁ……」
セリフだけを聞けば、何故そうなったのか分からない、と言っている様にも聞こえるガリアンの呟き。
しかし、彼の口元が弧を描き、視線も昨晩の情景を思い起こしているのか上方を向いている事から、確信犯として事を起こしてソレを思い出し笑いしているのだろう、と言う事が容易に見て取れていた。
…………では、彼らは昨晩催された例の晩餐会にて、一体何を為出かしたのか?
その答えは至極単純、彼ら冒険者にとっての『正装』にて参加し、彼らの流儀にて食事を楽しんだ、と言うだけの話である。
尤も、ソレは主催者の望んでいたモノとは大きく方向性は異なったモノとなったのは言わずとも分かるだろう。
何せ、武装した状態で宴席へと参加した荒くれ者が、その外見に見合っただけのマナーナニソレ美味しいの?を地で行く様な振る舞いで食事を取りつつ、それでいて乱雑では無く綺麗に取り終えて見せる、といった矛盾を成し遂げて見せたのだから。
正装、と一つ口にしたとしても、その種類は膨大であるし、国やシチュエーションによっても異なるモノだ。
極端な話をしてしまえば、一国の王に対して謁見の様な形で会う時と、比較的身近な本家の祝の席に参加するのとでは、同じ『正装』であっても服装まで同じ、と言う訳には行かないのと同じなのだ。
そんな訳で、特にどう言ったモノなのか、を指定されていなかったアレス達は、冒険者としての正装である第一種戦闘装備にて晩餐会に乗り込んだ、と言う訳なのである。
『Sランク冒険者』が全力戦闘の際に使用する装備である以上、下手な屋敷であれば軽く建つ程度には値段が張り、その上で目玉が飛び出る様な貴重な素材が惜しみ無く使われている事から、国によっては高位の貴族やそれこそ王に対する際の正装として認められている場所も在る程だ。
そして、立ち振る舞いとは服装や立場によって異なるモノ。
こちらも極端な話となるが、豪華絢爛な服装をしている状態で無礼講の末に酔い潰れるのも、ボロを纏って残飯を前にしながら宮廷マナーに従って口にするのも、等しく錯誤している状態に在ると言えるだろう。
故に彼らは、晩餐会であるにも関わらず普段冒険者がするのと同様に、食事中にも会話を交わし、コースを無視して酒を運ばせ、最後まで好き勝手に食器を使って食べ進めていったのだ。
それでいて、彼らの席には食べ散らかした食べ滓は一つも残っておらず、ソースやタレの汚れ一つ付いていない綺麗な状態のままで、食べ残しの一つも残されていない完璧な状態で席を立つ事となったのだ。
これは、やろうと思えば完璧に出来たが敢えてしなかった、とのわかり易過ぎる程に分かりやすいアピールであり、同時に晩餐会の参加者に向けた皮肉であった。
唐突に呼び立て道化にしても良い、それが許される様な無知な存在であると思い込んでいるのならば、少しはその認識を改めた方が良いぞ、と言う、言葉にしない盛大な皮肉と嫌味の塊であったのだった。
取り敢えず長くなったので分割
次で今章は終わりで閑話を挟んで新章に移行する予定です