『追放者達』、嘲笑う
疲労を隠せない様子にて試合の会場にて立ち、審判に促される形で勝ち名乗りを挙げるアレスの姿を、ギリアムは苦々しい思いを隠せないままに睨み付けていた。
理由としては言わずもがなであろうが、やはり優勝を果たしてしまったのが寄りにも寄ってアレスであったから、だ。
…………当初、本当に計画を立て始めた時には、この御前試合にて優勝するのはカレンデュラの予定であった。
次期当主として後継者に指名した事を大々的に発表して知らしめつつ、彼女の『剣巫女』としての力で試合を勝ち抜かせ、ハウル家の力は未だに隆盛を誇っている、と周囲にアピールする狙いであったのだ。
ソコにした偶々近くに以前廃嫡し絶縁した息子であるガリアンが滞在している、と聞きつけた為に、嘗ての後継者よりも優秀であり、『Sランク冒険者』よりも強大である、と喧伝するのに使えるだろう、と呼び立てる事にしたのだ。
今では絶縁関係に在るとは言え、かつてはこのハウル家で世話になっていたのだから、二度と訪れる事は無いこの地で多少名が落ちようが関係は有るまいし、渋る様ならば家へと戻る事をちらつかせてやれば容易く頷くだろう、と企んで計画を修正し、実行に至ったのだった。
………だが、箱を開けてみればどうか。
呼び寄せた愚息には裏切られ、下賤な平民には見下され、計画の段取りは滅茶苦茶にされた上、予め色々と吹き込んで教育していた後継者は暴走し、挙げ句の果てには下賤な平民が優勝してしまったのだ。
まだ、ガリアンが優勝していたのであれば、状況は遥かにマシであったし、取り繕うのにも苦労しなかっただろう。
何せ、絶縁したままとは言え一応は血縁の在る相手であるし、後継者であるカレンデュラを直接撃破したのも彼であるが故に、手違いから絶縁された元後継者が家に復帰する為に奮起した結果、として公表してしまえば美談として変える事も不可能では無かったのだから。
…………しかし、コレはよろしくは無い。
ハッキリといえば、かなり不味い。
開催した家の者以外が優勝を果たしただけでなく、その者の身分も国籍も相応しいモノでは決して無い。
それだけでも十分に苦虫モノであるのに、後継者として指名し発表したカレンデュラは準決勝にて敗北した上で観衆の前で粗相までして恥を晒しており、そのカレンデュラに勝利した嘗ての後継者であるガリアンもアレスに敗北する結果となっている。
これは、形の上だけでは無く、最早一つの『事実』として周囲へと広がる事だろう。
『ハウル家は外様で平民の冒険者の前に敗北した』と。
そうなってしまえば、最早ハウル家の名声は地に落ちた、と言っても良い状態となってしまう。
勇者パーティーに加わっているらしいグズレグが第一級の殊勲を挙げ、その上で凱旋した、程度の事はしないと、斜陽に至り掛けているハウル家を持ち直させる事は難しい、とギリアムが判断をせざる得ない程度には、現状はとても不味い状況だと言えてしまっていたのだ。
アレスをハウル家で囲い込めれば、これでもまだ良かった。
平民にも平等に門戸を開き、有能な者であれば構わず招き入れる度量が在る、として美談にも出来たのだから。
しかし、既にその交渉は決裂している為に、アレスが首を縦に振る事は無いだろう。
寧ろ、その際のアレコレを針小棒大にして触れ回り、ハウル家の傾きを加速させ、その上で高笑いして見せるのだろう事が、ギリアムには手に取る様に想像する事が出来ていた。
…………思わず、この場で怒鳴り散らし、カレンデュラとガリアンに罵声を浴びせ、アレスの首を跳ね飛ばして全てを有耶無耶にしてやりたい衝動に駆られてしまうギリアム。
しかし、そんな事をすれば現在のハウル家の力を以てしても隠蔽は不可能である上に、御前試合の主催者兼観覧者として出席してしまっているが故に、優勝した者を労い、称えなくてはならないのだ。
そんな、ある意味でドラゴンの討伐よりも難しい仕事を成し遂げるべく、怒りで真っ赤になりそうな顔色をどうにか落ち着かせ、憎しみで引きつりそうになる表情を引き締めながら、審判を任せていた家人に促されるままに試合の会場へとギリアムは足を踏み出すのであった……。
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内心を隠し切れていないギリアムの様子を目の当たりにして、こちらはニヤニヤ笑いを隠そうともしていない者が何名か。
当然の様に、アレスを筆頭とした『追放者達』のメンバー達である。
今回のこの流れは、アレスが事前に収集していた情報を元に立案されたモノであったが、そこまで厳格に決まっていたモノでも無かった。
ただ単に、『優勝するのは自分達の誰か』『適当に本気は出しても良いが全力ではやらない』の二つのみを決めていたのだ。
前者に関しては、単純に『優勝する・させるのは〇〇』と決め打ちするのが面倒であった、と言う事もある。
が、彼らの目的である『ギリアムの目論見をワヤにする』と言うモノからすると、別に誰が優勝を果たしたとしても達成は出来るモノであったし、何より彼らの中で『コレジャナイ』感が強くあった為に、わざと決めずに挑む事にしていたのだ。
そして、後者に関しては至極単純に死人を出さない為。
既に『Sランク冒険者』として人外の領域に在る彼らが全力で暴れた場合、同じ域に在る者であっても無事では決して済まされないし、周囲が更地になる程度で済めば御の字、程度の被害が出るのは確定してしまうので、そうならない程度には手加減して戦おう、と言う事である。
勝ち残れば、確実に身内で戦い合う事になるのだから、こんな場所で、馬鹿げた理由で命のやり取りをしなくても良いだろう、と言う事だ。
ソレに、同格である身内同士であっても全力でぶつかれば無事では済まないのに、ソレと同等であるかも不明で、下手をしなくても格下である可能性が高い相手に全力を出す様な事態になってしまっては、後に残るのは無惨な死体のみであろう事は、想像しなくても理解に難くは無かったのだから。
なお、誰が優勝するかは決めずに行く、と決めた時にガリアンが『諸々の事情から取り敢えず当方だけは外しておいた方が良いのではないであるか?』とも言っていたが、コレはアレスによって却下された。
例え仮にそうなったとしても、ギリアムの目論見を潰す、と言うその一点に限って言えば結果に差異は生まれないのだし、そこから何かしら企まれたとしてもどうせ即興のモノなのだから適当に踏み潰してしまえば良い、との結論が出される事となったのだ。
そんな訳で、この御前試合に関しては、完全に企みを事前に抑えられる形となっていた事に、今はまだ気付いてすらいないらしいギリアムが、仕来りとは言え自身を称える為に近付いて来る姿を、アレスはニヤニヤとした笑みを浮かべながら眺めて行く。
実際に近くに来た際に、どうやって煽ってやろうか、どんな言葉を掛けたら最も面白い反応を返してくれるだろうか、と思案するその姿は、一部の者からは愚かな契約者を嘲笑う悪魔そのモノである様にも写っていたらしく、後で仲間達からツッコミを受ける事となるのであった……。
なお、この場でアレスに対する攻撃として、周囲からの同調圧力を用いた雇用を強制する様なセリフを投げ掛けて来たギリアムであったが、そんな圧力を彼が気にするハズも無く、アッサリバッサリ切り捨ててしまった事により、別の意味合いでの『伝統』の様なモノが産まれる事となるのだが、今はまだソレを誰も知らずにいるのであった。