『追放者達』、雪原を進む
大陸に於いて比較的北寄りに在るカンタレラ王国の首都であるアルカンターラ。
その周辺は、冬季と言う事もあって白い雪によって埋もれていた。
本当に『北国』や『雪国』と評されて然るべきであろう土地と比べればまだまだましな程度の積雪でしかないのだが、それでも広い範囲に降り積もった雪は道を埋め、人々の足と熱とを奪い取り、その上で魔物の巣穴を埋め立てるのには充分な量となっている。
そんな、一応は『雪景色』と評しても何処からも文句は出ないであろう白銀の世界と化した広野を、一つの影が移動していた。
普段、それこそ他の季節であれば『街道』とも呼べる様なモノも敷かれていたであろう場所なだけに、一応はそこを移動する『何か』が在ったとしても、不思議では無い。
そして、その影が出している速度も、あまり常識的な域に収まる程度では無い、とは言ってもそれなりの手段を講じれば、まぁ不可能では無いよな?と言う程度ではあった為に、そちらも『不自然』とまでは言えない範疇に収まるモノでもあった。
…………しかし、通常ここまで雪深く積もった季節に、その場所を通り道として選んで通行し、その上でなおその速度を維持しつつ、かつ周囲から襲い来る魔物を蹴散らしながら移動しているだなんて例は過去には存在しておらず、またこれより先にも存在しないであろう事だけは、断言する事が出来るだろう。
そんな事をしているのは、当然の様に『追放者達』のメンバー達。
彼らは、最初の目的地であるガリアンの生まれ故郷である東国を目指して移動している最中であった。
が、こんな季節である為に、当然の様に雪にて道は埋まり、ある程度安全の確保された『街道』と呼べる場所の定義も存在もあやふやとなっている。
その上、他にその場を通る様な旅人も居らず、また商人の類いであったとしても冬場は基本的に長旅や長距離での移動は北部では行わない為に、彼らの他には誰も居ない。
その為、と言う訳でも無いのだろうが、彼らの移動によって発生した振動によって冬眠から目覚めたモノ、準備不足によって冬眠し損ねた為に腹を空かせたモノ、純粋に冬眠しなかった・する必要が無かったモノ、と言った魔物の個体達が近くを通り掛かった、もしくはその気配や匂いによって誘われこうして彼らへと目掛けて襲い掛かって来ている、と言う訳なのだ。
当然の様に、襲い掛かって行く魔物達は必死だ。
冬眠したモノ、していなかったモノ、したくても出来なかったモノのいずれかであったとしても、その腹は悉く極限までな空きっ腹となっている。
雪によって全てが埋もれ、他の生き物や人間等も容易には出歩かないとなれば、物理的に獲物として狩る事も出来ない為に、そうとなるのは必然だと言えるだろう。
そんな訳で、例え相手が矢鱈と素早く移動しているとしても、殆どが鎧袖一触に振り払われただけで絶命していたとしても、そもそも狩れる様な相手でも無い、と本能的に覚っていたとしても、彼らに攻撃の手を止め、尻尾を巻いて素直に巣穴へと戻る事を選択させるだけの余地は、もう残されてはいないのだ。
尤も、ソレを仮にも襲われている側である彼らが考慮し、外敵であるそれらを見逃す慈悲を見せ、その上で食糧を望外の幸運として恵んでやる、と言った行動を取らなくてはならない理由には一切ならず、ただただ無慈悲に蹴散らされる事となるのも間違いでは無いのだが。
そんな彼ら『追放者達』であったが、纏わりついて来る魔物達を蹴散らすのに、現状特に大きな動きを見せてはいなかった。
アレスやセレンが魔術を放つ訳でも、ガリアンやタチアナが手斧や短剣を振るう訳でも、ヒギンズが槍で突く訳でも無い。
またナタリアが手綱を離して弓を放つ訳でも、従魔達が解放されて蹂躙している訳でも無く、恙無く橇自体は高速で運行されており、ただただ中央部分に仁王立ちとなっているアレスが何やら指を動かしているのみとなっていた。
(…………クイッ)ザシュッ!
(…………スイッ)パカッ!
(…………クルッ)メキメキッ、ボキッ!!
まるで、何かの音楽でも指揮しているかの様な雰囲気で振られる指先や腕の動きに連動する形にて、橇へと目掛けて飛び掛かろうとする魔物達が破壊されて行く。
時に喉元を唐突に切り裂かれ、時に突然頭を真っ二つに割られ、時に強引に関節を逆方向に絞られて行くその様は、手も触れていない、と言う要因も相俟って何とも言えない不気味さを醸し出していた。
とは言え、そこはちゃんと種も仕掛けも在る技術である、と伝えられている『追放者達』のメンバー達である為に、周囲で展開されて行く惨劇に然程興味を示す事すらせず、時折手元や指先付近をキラリと煌めかせているアレスへと向けて話し掛けて行く。
「いやぁ、しかしオジサンも久し振りに見たけれど、これってなかなか便利だねぇ。
『繰糸術』、だったっけ?どうやって覚えたんだい?」
「どうやって、とは異な事を訊ねられる。
そんなモノ、スキルとして修得した、としか言い様が無いのではないだろうか?」
「いや、ソレなんだけどねぇ?
オジサン、前に見た時に聞いてみたんだけど、その時の使い手曰く『これはスキルでは無い』って言ってたんだよねぇ。
当時は良く分かんなかったんだけど、今なら何となくで良ければオジサンにも分かるよぉ。リーダー、今魔力使って無いでしょ?」
「…………え?魔力を使っていない、ですか?
確かに、どの様なモノであれスキルとして修得したモノを行使する際には、大なり小なり魔力を使用する、とは聞き及んでおりますし、私自身もその自覚はございますが、だからと言ってソレで判断出来る様なモノでしょうか……?
現に、アレス様からは魔力を感じておりますし……」
「いや、ソレで正解だ。
こいつはスキルじゃない。ただの『技術』さ。
まぁ、身体強化の類いはほぼ常時発動させてる様なモノだし、そもそもソレ抜きだと碌に使い物にならない様な代物だから、半分スキルみたいなモノ、とも言えなくは無いのかね?」
「え?マジで?
ソレ、スキル無しでやってる訳?
アンタ、そんな事いつの間にどうやって覚えたのよ?」
「いつ、どうやって、と問われると、まぁ答えはアイツと戦った時、かね?
ほら、例の魔王軍の幹部を自称していた変なゴーレム」
「あぁ、あの時の?
でも、そんな事していたのです?
少なくとも、あの時にお手本となるようなモノを見ていた、と言う事なのですよね?ボクもあの場には居たのですが、特にそんな事していた覚えは無いのですが……」
「まぁ、そこはほら。
アイツ配下のゴーレムを何かで操ってただろう?
で、それが魔力で作った糸みたいなモノを繋いでやってたみたいだったから、そう言う事出来ないかなぁ?と思って色々と弄ったり練習してたら出来る様になってた」
「それで、スキルでは無い、とは?
そうやって修得している以上、何かしらのスキルとして得ているのでは無いであろうか?」
「そこは、ほら。
身体能力と指先の器用さの複合技みたいな感じだから、じゃないか?現に使ってるのがドヴェルグお手製の真銀で作られた糸だし、コレ使わないと括ったり絡ませたりは出来ても断つ事までは出来ないから、多分スキルとして登録・表示されるラインまで達していない、って判断されてるんじゃないか?
まぁ、誰がその判断下してるのかは知らないけど」
「オジサンが聞いた相手によると、『スキルとして『剣術』を持っていたとしても道場で免許皆伝まで行っても『剣術』ランクで止まってる事もあるし、逆にスキルとして『○○流』とかって表示されないだろう?』とか言ってたから、そう言うのもあるのかもねぇ。
まぁ、オジサンもそこら辺のシステムについては詳しく無いから、本当の処は知らないけどねぇ~」
「本当に小手先の技術、ってだけだから決め手にはならないんだけどな。
とは言え、無いよりは在る方が良いだろう?」
そう言ってニヤリと笑って見せる彼の背後で、またしても魔物がその身を真っ二つに割られて骸と化し、その内に蓄えていた血潮にて雪原を赤く染め上げる。
なんて事は無い、と言いながらも、理屈を知った上でも『見事』としか言い様の無い事柄をやってのけるその姿に約一名を除いた全員が『こりゃ敵わん』と肩を竦め、残りの一名であるセレンは頬を赤らめながら熱い吐息を一人溢すのであった。