『追放者達』、優勝する
ガリアンのチャージアタックを目の当たりにして戦意喪失し、眼前に迫っていた恐怖も相まったが故に、子供騙しの様な驚かせ方で失神してしまったカレンデュラ。
一応、ガリアンとしても手加減はしていた上に、最後の一撃に関しては直撃すらさせてはいなかったが故にここまでの反応を示される事は予想してはおらず、流石に慌てる事となっていたが、見ていればただ単に気絶しているだけであり、その上で乙女としては非常にアレな状態へと陥ってしまっている事が容易く理解出来てしまったので、早々に女性の使用人の手によって搬出・清掃が行われる事となった。
とは言え、流石に審判すら立てている試合の流れとして、失神して搬出された、とあっては主家の跡継ぎであったとしても敗北の宣言をしない訳には行かず、結局カレンデュラ擁するハウル家の最終戦績は準々決勝進出、と言う事になった。
そして、残る二試合にてアレスとセレンの戦いが繰り広げられる事となったのだが、開始数秒にてセレンの背後を取ったアレスが勝利する形で幕を下ろす結果となる。
勿論、両者共に本気でやり合おうとしていた訳では無いし、ましてや全力を出し切っていた訳では無い。
それは、傍観していた観客達も察せていたらしく、彼らに対するブーイングすらも起こる程にアッサリと終わってしまう試合となっていた。
しかし、試合、と言う範囲で片付けるのならば、こうなってしまうのがこの二人の組み合わせ。
一撃かつ一瞬で絶命させない限りはほぼ無制限に復活して来るセレンに対して、意識の間隙を抜く様にして致命傷を与えられるアレス、と言うのは些かどころでは無い位に相性が悪いのだ。
当然、本来であれば、彼女としても背後を取られた程度で終わるハズも無く、手足が落ちようが首を裂かれようが即時復帰が可能な為に、それらの負傷を受ける前提で反撃に転じて詰めて行く、といった事も出来てはいたし、アレスとしてもそこから如何に身体の機能を奪いながら投了させるか、と言った思考に移りつつはあった。
が、ソレまでやってしまうと確実に道場の内部は血塗れスプラッタ状態となるのは目に見えていたし、そこまでやらなくてはならない理由も彼らには無かった為に、形勢有利を先に築いたアレスが勝利する事となった、という訳なのだ。
そして、その後無く当然の様に勝ち残って来たヒギンズを含めた四人で準決勝が行われる事となる。
タチアナ対ガリアン、アレス対ヒギンズといった組み合わせとなった訳のだが、こちらはこちらで対極に近しい様子を見せる事となっていた。
先ず、ガリアン対タチアナ。
こちらは、ガチガチに防御を固めているガリアンを小柄なタチアナがどう攻略するのか、との予想にて観客達がざわついていた。
これまでの試合の様に、何かしらの魔法やスキルを使って対戦相手を弱体化させてから攻撃を加えるのでは無いか。
いや、流石にそれまでの戦いぶりから察するにその手の弱体化は防げるか、もしくは耐性の類いを備えているのでは無いだろうか。
そんな予想が飛び交う中、短剣を構えて飛び出したタチアナに対してガリアンが盾による殴打を繰り出して行く。
が、ソレに対してタチアナも、叩き付けられようとしていた盾の縁へと手を掛けて、どこにそんな活発さが隠れていたのか?と問い掛けたくなる程の身軽さによって飛び跳ねると、落下と同時に彼の鎧の隙間に狙いを定めて切っ先を捩じ込もうと試みる。
当然、ガリアンとしてもその狙いの通りにさせる訳にも行かない為に妨害しようと試みるが、その時になって漸く自身の思考と身体の動作が普段よりも顕著に遅くなっている事に気が付いてしまう。
普段であれば気にも止めない鎧や盾の重量が全身を蝕み、鈍った思考と衰えた身体が心までを巻き込んで萎え果て、勝負を放り出してその場に座り込んでしまいたい、と言う抗い難い欲求が胸の奥底から沸き起こって来る。
…………が、盾役としてこれまでの冒険者生活を送って来たガリアンとしては、そんな感覚は日常茶飯事であり、かつソレを振り払う事に関しても日常的に行っていた為に、一瞬こそ崩れかけるも即座に立て直して降下して来たタチアナへと向けて拳を振り抜いて見せた。
一方、普段行っていた組手よりも強めに妨害術を掛けた自信の在ったタチアナは、ほぼ確実に倒れて負けてはくれないだろうが、そうやって復帰するのはもう少し掛かるハズ、と予想していた為に、身動きの取れない空中にてもろに拳を食らってしまい、吹っ飛ばされて会場として設定されていた場所から出てしまい、場外負けとなってしまう。
なお、攻撃が直撃する寸前に攻撃力を激烈に低下させる妨害術を使用していた為に、ほぼ無傷に近い状況(着地にミスって膝を擦り剝いたのが唯一の負傷)となっていたりする。
そうしてガリアンとタチアナとの試合はあっという間に終わったが、それから一変してアレスとヒギンズとの試合は開始直後から膠着状態となっていた。
審判が試合開始の合図を出しても、二人共直ぐには動き出さなかったからだ。
俗に言う、達人同士の戦いでは先に動いた方が負ける、と言うヤツでは無いが、互いが互いの隙を窺っている状態である為に、下手に動けず止まったままとなっていたのだ。
片や正統派にして堅実な槍運びを得意とし、自らの間合いの内側を絶対的に支配する中距離対応の長物使いであり、片や闇討ち飛び道具アリアリマシマシ卑怯?ナニソレ美味しいの?を地でゆく暗殺者であり、魔法を使わないのであれば一応は至近距離に特化している、と評せる剣士である。
なので、ヒギンズとしては間合いに飛び込んで来たアレスを迎撃する形で試合を運びたかったし、アレスとしてもヒギンズの初撃を回避してから試合の組み立てを奪いたい、と考えての行動であったのだ。
勿論、アレスには魔法もあるし、ヒギンズにも投槍を始めとした遠距離攻撃の手段は持ち合わせている。
が、それらはあくまでも対魔物用の攻撃手段であり、互いに殺すつもりで立ち合うのであればまだしも、そうでないのなら些か過剰火力に過ぎる為に、こういった試合では使わないし使えない、といった事情があったり無かったりする。
そうして膠着状態が暫くの間続く事となったのだが、唐突にヒギンズが背後へと瞬時に振り返りながら得物として構えていた槍を振り回す、といった行動に出る事となった。
傍から見ている限りでは、突然に対戦相手へと背中を向けた様にしか見えていなかったであろうが、ヒギンズ本人からすれば唐突に自らの延髄へと鋭く冷たい刃が差し込まれた感触が発生したが為に、背後の確認とそこに居るハズの何者かを振り払う事が出来る一挙両得で効率的な行動であったのだ。
が、ソレはあくまでも本当に襲撃者たるアレスがソコに居れば、の話。
ヒギンズには初めて見せる札である『殺気による幻視』で無理矢理に行動を起こさせたアレスが気配を絶ったまま一瞬で接近し、刃を彼の首元へと添えて行く。
それと同時にヒギンズも振り返り、短めに柄を持った槍の穂先がアレスの胴体へと迫るが、既に自身の首元に刃が添えられている事と、ある程度対応できるとは言え長物使いの致命圏である懐へと潜られてしまっている、との要素から苦笑いを浮かべながら降参を宣言する事となった。
そして、続く形で行われた最終戦。
ガリアンとアレスとの試合はそれまでのモノよりも激しい攻防が繰り広げられる事となった。
近く遠く、正道非道問わず、決して止まる事無く全方位から絶えず攻撃を浴びせ掛けるアレスと、ソレをひたすらに防御し、受け流して行くガリアン。
立ち位置や振る舞いは対極的であっても、この二人の構図程に『激しい攻防』と評する絵図は有り得ない、と思わせる程に洗練された立ち回りを周囲の観客へと二人は見せ付けていた。
…………しかし、その戦いも、先程の準決勝戦とは異なる理由にて、長く続く事は無く、比較的短時間にて終わる事となる。
それは、対戦している両者が共に、試合を続行するのが難しい状態となっていたからだ。
常に激しく動き回っていたアレスは、当然の様にその動きに見合っただけのスタミナを消耗する事となっていた。
元々、人間離れしたスタミナの持ち主ではあったのだが、これまでの彼本来の暗殺者としてのスタイルを封じて真正面から、と言う戦い方は彼の体力を著しく削っており、最後に行われたガリアンとの戦闘にてその限界が近付きつつあったのだ。
対してガリアンの方はと言えば、彼の右腕の爆弾が炸裂しかけている、と言う事。
例の依頼を達成した際に反動として受けた負傷が未だに治りきってはおらず、これまでの試合を通して蓄積したダメージや疲労が彼の盾を持つ腕を蝕んでおり、その上でアレスによる猛攻に晒されている事も相まっていつ爆発して盾を取り落としてしまっても可笑しくはない状態となっていた。
面には出していないだけで、かなりギリギリの展開となっていた二人の試合は、なんとも呆気ない事を切っ掛けとして崩れ去る事となる。
それは、駄目元でアレスが投擲した短剣がどちらにとっても予想外のコースを描いて飛来し、ガリアンとしてはガードして叩き落とす必要がある場所へと飛んできた為に防御したのだが、その細やかな衝撃によって遂に彼の右腕が崩壊する事となったのだ。
思わず、といった様子で盾を取り落しかけるガリアン。
そんな彼の普段であれば絶対にしないであろう動作をアレスが見逃すハズも無く、残ったスタミナを掻き集めて瞬時に接近すると、その勢いのままに組み付いて引き倒し、馬乗りになって鎧の隙間に切っ先を突き付けてしまう。
暫し、道場内部を静寂が支配する事となったが、審判が下した『勝者アレス!』の宣言により、一転して爆発した様な歓声が挙げられる事となるのであった。