重戦士、剣巫女を下す
大上段からの振り下ろしをパリィされ、大きく体勢が崩される事となったカレンデュラ。
そんな彼女のガラ空きの胴体へと目掛けて、一瞬の溜めの後に雷光の様な速度にてガリアンの脚撃が放たれた!
まるで、大弓の矢の如き速度と太さを誇るガリアンの蹴り。
その一撃は正しく破城槌を真正面から叩き付けられようとしているかの如き迫力を誇っており、迫力に違わぬ威力も込められているのだろう事を容易に悟らせる事となっていた。
そんな一撃を、ほぼゼロ距離と言っても良いであろう距離にて放たれる事となってしまったカレンデュラは、生命の危機によって高速回転する思考にて行動の選択を迫られていた。
何せ、体勢は崩されてしまっているが為に回避は覚束無く、防御は両腕が跳ね上げられてしまっているが故に難しい。
かと言って、捨て身で反撃に転じてどうにか出来るか?と問われれば確実に『否』としか答えは出て来ない。
ソレが出来るのであれば、恥も外聞も全て捨て去ってでも回避に専念するのが正解だろう、と彼女は本能的に悟っていたからだ。
一応、選択肢としては『防御する』と言うモノも存在するが、彼女の脳内にてソレを選択する事は先ず有り得ない。
何故なら、幾ら防御を固めたとしても、その上から圧倒的な破壊力にて自らの身体を打ち砕かれる絵図しか想像する事が出来なかったからだ。
それこそ、今も尚カレンデュラの視点ではユックリと自身へと向けて迫りつつある一撃を、そのままのコースにて自身の身に浴びた場合、そこに待ち受けるのは胴体に風穴を開けられた自身の死に体のみであろう、と確信出来てしまっている程度には、この後の展開が彼女には予測出来てしまっていたのだ。
故に、生命の危機に直面して処理能力を大幅に向上させている上に、思考力を強化する類いのスキルまで併用して打ち出した答えは、どうにかして回避する、の一択であった。
非常に重く、ユックリとしか動く事が叶わない低速の時間の中で、カレンデュラは必死に身体を捩って行く。
腕が跳ね上げられ、体勢が崩れてしまったが故に体幹すらもズレている中での行動は酷く不格好で、それまでの鮮やかな動作からは考えられない程に泥臭いモノであった。
生存の為に全てを擲つ覚悟と、必死さが滲み出た表情。
まさに、婚姻前の乙女がしてはいけない顔、と言うヤツであったが、その甲斐があったからか、徐々に、ではあったが彼女の身体はガリアンの放った一撃の通るであろうコースから外れつつあった。
…………しかし、そう言った動作を取る事が出来たが故か、もしくはソレによって彼女の意識が緊張から開放され緩んでしまったからかは不明だが、徐々に、しかしてはっきりと分かる程度の速度にて周囲の動作が早まり、元々のソレへと戻って行ってしまっていた。
ソレに気付いたカレンデュラは、急いで身体を動かし、事前に予測を立てていた一撃のルートから完全に身体を外そうと最後の最後まで足掻き続ける。
その結果、時間の流れが元のソレへと戻るのと同時に、ガリアンの蹴りの一撃を、本当にギリギリのラインにて回避する事に、カレンデュラは成功する。
が、文字の通りに『ギリギリでの回避』であった為に、僅かながらにガリアンの攻撃が掠める形となってしまい、胴丸として装備していたモノは薄紙の様に蹴り砕かれ、その下の衣服も引き千切られる、と言うよりかは寧ろ鋭利な刃物にて斬り付けられた、と表現するべき状態となってしまっていた。
それらを、実際に道場の床を転がりながら無理矢理距離を取ってから確認したカレンデュラは、自らの血の気が音を立てて引いてゆくのを知覚していた。
掠めただけでこれだけの破壊を齎した一撃を、まともに受けていたらどうなっていたのか、を想像してしまい、ソレが先に見ていた予想を上回る結果を齎してしまったが故に、心折れそうになっていたのだ。
「なん、と……よもや、こんな隠し札までお持ちとは、いやはや全く凄まじい限り、でございますね。
これならば、確かに拙程度を相手にしては、本気を出す必要は無い、と言えますでしょうね……」
「うむ?言っておくが、一応は本気でやっているのであるよ?
ただ単に、全力は出していないのであるがな。
勿論、当方の言う所の『全力』を出し切ったとしても、勝てるかどうか不透明な相手、と言うのは存在しているのであるがね」
「…………は、ははっ……その様な存在が、本当に……?
ソレは、魔物や化け物の類いでは無いのですか?
本当に、人間の範疇に居るのです……?」
「さぁ、どうであろうな。
さて、お喋りはここまでにして、試合に戻るのであるよ。
先の約束も在る故に、勝敗はハッキリと付けねばならぬのであるからな」
そのセリフを耳にしたカレンデュラは、交わしてから然程経ってはいない約束に対して、『そんな事言わなければ良かった!』と強く後悔の念を抱く事となってしまう。
が、そんな彼女の事情なんて知った事では無いガリアンは、自らの宣言に従う形で試合を再開するべく、今度は自ら前へと進み出て彼我の距離を縮めて行く。
それまで、防御偏重で相手の動きに合わせる様な戦い方をして来たガリアン。
当然の様に、周囲からは『ソレが得手だからそうしている』『ソレしか出来ないからそうしている』と言った認識をされており、実際に彼が攻め手に転じた瞬間観客達からは驚愕のどよめきが発せられる事となっていた。
尤も、だからと言ってガリアンが止まる理由は無く、また敵が無防備な姿を晒しているのに攻撃を加えない程慈悲深い訳でも無く、猛然と突き進んでカレンデュラへと対して肉薄して行く。
当然、ソレを目の当たりにしている彼女の方も、そのまま接近されるのは危険だ、と認識している故にどうにか距離をとって態勢を整えようと試みるも、先の一撃によって心に罅が入っている上に、脇腹を掠めたガリアンの一撃が内臓を揺らしていたらしく、咄嗟に素早く動く事が出来ずにいた。
逃げる事も出来ず、さりとて防御を固める覚悟も出来ていないカレンデュラに対してガリアンは、盾を前面に構えたままで体当たりする『チャージアタック』を選択し、即座に敢行、接近する勢いのままに彼女へと向けて強襲する!
それに対してカレンデュラの方は、流石に受け止める事は不可能に近く、さりとて反撃によって勢いを止める、と言った事も現状では不可能に近い、と判断を下し、捩れていた内臓も落ち着きを見せ始めていた為に再び回避を選択し、実行に移そうとする。
が、半ば当然の様にその選択は遅きに失していたらしく、恥も外聞もかなぐり捨てての回避を敢行しようとしていた彼女の動きに合わせて軌道を修正してきており、先程の様な奇跡じみた回避は出来そうに無い、と判断が下せてしまっていた。
おまけに、既に中途半端に行動に移してしまっていたが故にか、反撃によって痛打を与えて次に繋げる、と言った行動を取るだけの猶予も残されてはいない、とこれまで培った勝負観とスキルとが、無情にも現実として告げて来た。
…………あ、詰んだわ、コレ。
そこでポキリとカレンデュラの心は折れ、その場でペタリと尻餅を突く形で座り込んでしまう。
おまけに、分不相応に強敵へと挑んでしまった、との後悔と、目の前に迫っている『死』の恐怖から無意識的に下半身の制御が緩んでしまっていたらしく、彼女本人は気付いていないがその袴は尻の部分が濡れて汚れる事となってしまっていた。
そうして、勝負も生存も諦めてしまった彼女の目と鼻の先へと盾が迫り、今にもぶつかって跳ね飛ばされる、と言う当にその時!
その直前にてピタリと音も無く盾の進行が止まると、ソレと同時に
「わっ!!!!!!!」
と盾の縁から顔を覗かせていたガリアンによる、半ば咆哮と表現しても良さそうな音量によるでの発声が放たれる。
ソレによりカレンデュラは、一瞬肩を跳ね上げた後に泡を吹きながら、気を失って床へと倒れ込んでしまうのであった……。
取り敢えずカレンデュラ戦はここまで
次回からは章の締めに入ります