重戦士、本気を出す
「では、参ります!」
それだけを口にすると、カレンデュラはガリアンに向けて距離を詰め始めて行く。
その勢いは凄まじく、傍から見ている限りではまるで瞬間移動した様にしか見えず、相対している者からすれば正しく『突撃』としか表現出来ない様なモノとなっていた。
カレンデュラ本人の奇行により、試合の途中にて会話が挟まれる形となっていた。
故に、二人の間にはそれなりに距離が開かれてはいたのだが、試合会場自体が大きめな道場とは言え室内である事に変わりは無い為に、言う程に距離が開いていた訳でも無く、二人の距離はあっという間に縮まってしまう事となる。
「カァッ…………!!!」
烈帛の気合いと共に上段寄りの中段から振り下ろされる、カレンデュラの刃。
つい先程まで見せていた『女』としての面では無く、刃を持ちて相手を屠る事を生業とし、それらの闘いを神への贄として捧げて力を増して行く『剣巫女』としての面が強く出ている瞬間であり、その刃に躊躇いは寸分たりとも含まれてはいなかった。
そんな、真っ直ぐな太刀筋に対してガリアンは、冷徹とも言える程に冷静な状態のままで、自らが仲間の次に絶対の信頼を置いている『相棒』たる得物を構えて真正面からソレを受け止めて見せる。
下手な受け方をすれば、それだけで真っ二つにされかねない、最早『試合』の形式に於いては振るってはいけない様な、そんな殺意マシマシの斬撃を完璧な形でガードし、周囲へと轟音を響かせる事となった。
先の攻防の焼き増しの様な光景に、観客の誰もが威力こそは異なるものの、同じ様にこのまま受け止め、脇へと流し、反撃に転ずるのだろう、と予想を立てて行く。
が、そこで良く観察していた者であれば理解も出来たかも知れないが、先の防御の際とは異なり、ガリアンの口元には苦々しいモノが浮かび上がる事となってしまっていた。
そして、動作として受け止めた後の流しまでは先程と同じ様に行ったガリアンであったが、そこで体勢を崩されたカレンデュラに対して追撃を行うのでは無く、一旦距離を取る事を選択してしまう。
それには、周囲の観客達も完全に予想外な行動であったらしく、隠し切れない程のざわめきが瞬時に立ち込める形となった。
周囲のざわめきに頓着する事無く、距離を取ったガリアンはカレンデュラから視線を逸らす事はせずにそれまで構えていた左腕から右腕へと盾を持ち替えると、左手を開閉したり回したり捻ったりして具合を確認する様な動作を見せる。
淀みなく行われる動作からは、傍から見ている限りでは特に問題は無さそうにも見えていたが、長い時間行動を共にしていたアレス達や、真正面からソレを見据えつつ実際に行っていたカレンデュラ本人は、ガリアンが何を感じてソレを行っていたのか、が手に取る様に理解出来てしまっていた。
「…………ふふっ、どうですか?ガリアン殿。
痛みますか?」
「…………うむ、不思議とな。
まるで、実際に素肌を刃物で斬り付けられた様な痛みと、本当に傷が出来ている様な感覚を覚えるのであるよ。
コレは、一体どんなカラクリの果てに為された手品なのであるかな?」
「ふふふっ!
別段、変わった事はしておりませんよ?
基本的には、ただ単に普通に近付いて斬り付けた、それだけに過ぎないのですから。
ですが、拙がこの職業に就いて行って来た研鑽の数々の果てに得たスキル【鎧通し】を発動させていた、と言う隠し味は込めさせて頂きましたけど、ね?」
「【鎧通し】?確か、『盗賊』の系統の職業が習得する場面の多いスキルと聞いているが、本当にソレなのであるか?
当方の聞く所、確かに防御を貫いて攻撃を通せるスキルであったとは思うが、大盾の上から鎧まで通して貫く事は出来なかったハズであるし、そもそもそなたの様な神職に近しい戦闘職では習得すらも困難なハズなのであるが?」
「えぇ、基本的にはその通りかと。
ですが、拙の得た職業『剣巫女』は少々特殊でして。
奉納する闘いの質・数が一定に達する毎にスキルを得られるのですが、それらは職業の系統や傾向を無視してランダムに与えられるモノでして。
とは言え、ある程度拙にとっては死蔵する他無い、と言う様なモノは与えられた事はありませぬし、此度の【鎧通し】の様に、通常のソレよりも強力である事も多々あります故に、拙としましては気に入っている所存ではありますが」
「…………なんと、なんと。
斯様な面妖にして奇抜な職業が在るとは、初めて耳にする事柄であるな。
コレは、当方も精進せねばならぬであろうよ」
「ふふっ、如何でございましょうか?
拙はこの【鎧通し】以外にも、様々なスキルを習得しております。
そして、それらを使い熟す為の修練も、弛まず積んで参りました。
そんな拙と旦那様との間に出来た男子であれば、どれ程の高みに至る事が出来るのか、楽しみで仕方無く存じます!」
「…………ふむ、まぁ、そう言う事を考えた事は一度も無い、とは言うつもりも無いのであるし、実際に作ったのなら才能や潜在能力としては一級品にも成りうるであろうよ。
……だが、ソレはあくまでも当方にそなたが勝てた場合の話。
流石に、当方一方的に犯されるのはそんなに好きでは無い故に、そろそろ本気で行かせてもらうのであるよ」
そう言って、再び盾を装着したガリアンがカレンデュラに対して手招きする。
それは、正しく上位者が『掛かって来なさい』と誘っている姿であり、圧倒的格下に対してのみ行う事を許される様な、そんな所業であった。
これには、流石のカレンデュラもこめかみが引き攣る心持ちとなる。
彼女自身としても、相対しているガリアンは圧倒的格上である、とは理解していたが、だからと言ってそこまで下に見られなくてはならない程のモノでは無い、と思っていたからだ。
確かに、ガリアンは彼女よりも上位に位置する戦闘者であり、その技術も身体能力も圧倒的で勝てる要素は多くない。
が、先に見せた【鎧通し】然り、まだ他に見せてはいないスキル然り、防御篇重型の彼を相手にしたとしてもダメージを与える手段ならば持ち合わせているのだ。
…………なれば、彼にとっては相性としてはよろしくは無いハズ。
……なれば、可能性は低いとは言え、自身は彼の命に手を掛ける事が出来る存在である、とも言えるハズ。
であれば、ここまで格下として扱われなくてはならない理由は無いだろう。
まるで、貴様ではまだまだ届く事は無い、と言われている様ではないか。
そんな、怒りにも似た感情が、彼女の胸中に沸き起こる。
そして、その感情のままに【鎧通し】だけでは無く、『剣巫女』として得られた、通常のソレとは変質しているスキルを複数発動させると、ガリアンへと向けて勢い良く突っ込んで行った。
縮地法にも似た足運びにて急速接近し、最上段へと振り上げられた刃は誤る事無くガリアンへと目掛けて振り下ろされて行く。
まるで、真っ二つにしてやる!と言わんばかりの気迫が込められた一太刀は鋭さだけでは無く、その一撃の重さを否応無しに見ている者へと理解させて来る程であった。
…………そんな攻撃に対してガリアンは、無言で盾を構えて相対する。
その姿に、流石に先のやり取りの焼き増しとなるのでは無いだろうか?とカレンデュラを含めた殆どの参加者と観客達は思いを同じくしていたが、そこからは全く違う展開となって行く。
先ず、ガリアンはその一太刀を、盾にて『受け止める』のでは無く、真正面から弾き返して見せたのだ。
盾を使う際の技法である『受ける』『流す』に続く第三の方法である『弾く』、スキルにも存在している『パリィ』と呼ばれる技術であった。
相手の攻撃にタイミングを合わせる事が出来なければ、空振りから自身の大勢が崩れる可能性すらも在るその行動は、決まれば今のカレンデュラの様に強制的に大勢を崩されるだけでなく、攻撃自体が成立しないが故に、防御を貫いて来る類いの攻撃も無効化出来る。
そして、大きく大勢を崩してしまった相手に待ち構えるのは、如何様にも料理されてしまう、と言う事が分かりきっている、本来ならば刹那に過ぎ去るハズの永遠にも感じられる絶望的な瞬間。
ソレはカレンデュラにとっても同様であり、上段から振り下ろしていた為にそのまま両腕を跳ね上げられてしまい、胴体がガラ空きの状態となってしまっている。
防具も着けているとは言え、両腕を使って防御出来るのとそうでは無いのとでは受けるダメージの桁が異なるし、継戦能力にも大きな差が出来てしまう事になる。
しかし、彼女にとっては幸いな事に、ガリアンが盾を構えていたのは左腕で、今空いているのは既に負傷している右腕の方。
であれば、無事な腕で打ち込まれたのよりは幾分かダメージは少なくて済むだろうと、考えていた。
…………だが、彼女はまだ知らない。
ガリアンが攻撃に転ずるべく、力を溜めていたのは別段腕では無かったと言う事に。
「では、行くぞ。
精々、耐えて見せる事であるな」
その言葉と共に、彼の大木の様な太さと長さを持った脚が、彼女の胴体へと目掛けて放たれるのであった……。