重戦士、相対する
御前試合は、アレス達にとっては順調に進んで行き、残りが八人にまで絞られる形となっていた。
流石に、非戦闘要員であるナタリアはその一つ前にて脱落する事となっていたが、他の五人に関しては順調に勝ち上がって来ており、特に消耗した様子も疲労した様子も見せてはいなかった。
先に、タチアナが勝ち抜きを果たし、ベスト4へと駒を進めた次の試合。
出場するのは、ガリアンとギリアムが連れていた女性剣士の組み合わせとなっていた。
道場内部の試合会場として線引された枠の中に、足を踏み入れるガリアン。
その手には、最初の試合から変わらず愛用の盾のみが握られており、普段であれば手斧が握られていたであろう左手は、空のままとなっていた。
自然体なままで特に気負う事も無く、普段の通りに振る舞うガリアン。
しかし、そんな彼の様子が気に食わなかったのか、相対する女性剣士は抜き身の得物を手にしながらも、それまでは平然とさせていた表情を険しいモノへと変化させて行く。
「…………貴様、何故得物を手にせぬ。
よもや、拙相手にはその程度で十二分、とでも申すか?」
「…………ふむ?
言っている意味が分からぬが、得物を手にしていない、とはそなたの目は節穴だろうか?
最初から、当方の手には最も頼りとするモノが握られていたハズだが?」
「貴様っ!
既に絶縁された身の上で、拙を愚弄するか!?
この、新たにハウル家へと入ったとは言え、御当主様直々に次期当主としての後継へと据える、との言質を頂いているこの拙を、貴様如きが見下そうと言うのか!?!?」
「…………いや、当方としては実家には既に執着はしていないのであるし、見下している訳でも無いのであるが?
そも、元より面識の在る相手であれば兎も角、そうでは無く初顔合わせの場にて敵意剥き出しな相手に対し、こちらから丁寧に接してやらねばならない理由は特には無かろうよ?
それと、先程聴き逃がせない言葉が出た様であるが?何故、復帰を許されたハズのグズレグでは無く、そなたが後継を名乗っているのであるか?」
「ふんっ!そんなモノ、決まっている!
確かに、グズレグ殿は手柄を立てた故に帰参を許されてはいるが、あくまでもそれは『帰参のみ』の話!
未だ継承権を取り戻すだけの手柄は立てられてはいないが故に、拙がこうして後継として指名される事となったのだ!」
「ふぅむ?
まぁ、その辺の事情は、割と当方にとってはどうでも良い事柄であるが故に、そろそろ始めたいのであるが?
そなたとて、この様な茶番、さっさと畳んでしまいたいと思って居るのであろう?」
「はっ!貴様の様な愚物に、言われるまでも無いわ!!」
何をどう聞かされていたのかは不明であるが、どうやらギリアムから悪評ばかりを吹き込まれていたらしい女性剣士は、ガリアンの言葉に激昂しながら手にした得物である刀を振り下ろして行く。
一応、御前試合、との体裁は整えてはいるものの、別段刃引きしたモノや木刀の類いを使っている訳でも無い、文字通りの『真剣勝負』となっており、その攻撃は直接受けてしまえば流血必須、な鋭さを帯びたモノとなっていた。
流石に、新たな義妹(推定)となるらしい相手とは言え、これまで脱落した参加者達の様にバッサリと斬られてしまわねばならない理由は無い為に、当然の様に盾を翳して真正面から攻撃を受け止めて見せるガリアン。
しかし、そうやって真正面から、しかも意図も容易く受け止められてしまう、とは思っていなかったらしく、僅かな時間とは言え得物を振り下ろした状態にて目を見開いて固まってしまう。
当然、そんな隙を見逃してやる程に甘くは無く、かつ関係性が出来てしまっている訳でも無いガリアンは片手を盾の握りから放すと、固く握り締めながらもう片手にて巧みに力の掛け具合や方向を操作して、刃と噛み合っている状態から、刃を受け流す方向性へと流れる様に移動して行く。
慌てて、女性剣士も体勢を整えようとはするものの、既に準備されているガリアンの拳の方がどう足掻いても動き出すのに早く、反撃されるよりも要する時間は短かった。
道場内部に、鈍い轟音が響き渡る。
人の拳で人体を殴打した、とはとても思えない程に鈍く重く、それでいて人体が発したとは思えない程に大きな音と共に、比較的軽い女性の身体が道場の床から浮き上がり、天井近くまで舞い上がってしまう。
たったの一撃。
それで当主であり開催者であるギリアムが連れて来た参加者も脱落してしまったか、とその場の観客の誰もがそう確信した。
が、その中にて、極少数の数人のみが、その場の違和感に気が付くことになる。
そこまで派手に人体を殴り飛ばして見せたガリアン本人が、先の殴打の際の感触に違和感を覚えているらしく手を開閉していたり、吹き飛ばされた女性剣士が、それだけの威力で腹部を殴り上げられたにも関わらず苦鳴の一つも零してはいなかったり。
そう言った違和感を覚えたが故に試合会場から視線を逸らさずにいると、跳ね上げられた女性剣士が空中にて体勢を整えると、まるで羽の様に音も立てずにヒラリと着地して見せた。
その左手には、咄嗟に腰から抜き放ったのであろう小太刀が握られており、歪みと罅が入った刀身の状態から、彼の攻撃の盾にして間一髪にて防ぐ事に成功していた、と言う事なのだろう。
軽妙な身の熟しと言い、得物が刀と小太刀の二本差しと言い、恐らく得ている職業は『侍』かソレに準ずるモノなのだろう、と推測し、警戒心を一段階強めて行くガリアン。
しかし、そんな彼の様子とは裏腹に、先の様子とは打って変わって積怒から喜悦へと表情に浮かべていた感情を切り替え、未だに手にしている破壊されてしまった小太刀へと視線を注いで行く女性剣士。
まるで、崇高な芸術品でも眺めているような素振りに、流石のガリアンも思わず追撃の手を止めてしまい、どうしたモノだろうか?強く殴り過ぎたのだろうか?と心配する様な視線を送る事となってしまう。
すると、その視線を感じ取ったからか、もしくは元々そうするつもりであったのかは本人以外には不明だが、それまで破壊された小太刀に向けていた恍惚とした視線をガリアンへと向けると、徐ろに佇まいを正してから彼に向けて真正面から相対すると、その場で頭を下げて礼を取り始める。
唐突過ぎる事態に、思わずガリアンも目を丸くして絶句してしまう。
それは、観戦していた観客達も同様であり、それまでのざわめきも漣が引いてゆく様に静けさが会場を支配する事となったのだが、ソレを狙っていたかの様なタイミングにて女性剣士が口を開いて行く。
「…………ガリアン殿。
これまでの非礼、無礼、平にご容赦頂きたい。
この身、拙なる者たるカレンデュラ=イル・ハウルとして、お詫び申し上げる次第にてございます」
「…………う、うむ?
若人が血気に逸り、先人に噛み付くのは何時の世でも変わらぬ『倣い』故に、当方は既に気にしてはおらぬ。
おらぬが…………その、なんだ。
唐突に過ぎる程に唐突なるその方向転換、一体、如何したのであるか?頭でも打ったであるか?」
「いえ、ご心配頂くのは、この未熟な身が震える程に嬉しく存じますが、残念ながら受け身は取れておりましたので、頭部のダメージの懸念は大丈夫かと。
それと、拙の態度が変わった、との事ですが、ただ単にそう接するのが当然な御人である、と拙に認識させて頂けたが故の行動でありますれば、ガリアン殿がお気になさる事ではありますまい」
「う、うむ?
そ、そう、であるか?
……なれば、良いのであるが……?」
「有難き幸せ。
偉大なる先人に、ご寛恕頂けた事を嬉しく思いますが、ついでに一つお願いをしてもよろしいでしょうか?
もちろん、今回の試合にて、万が一拙がガリアン殿に勝利する事が出来たのなら、と言う条件付きにて構いませぬ故」
「…………ま、まぁ?内容にも依る、とは思うが、言うだけならば只故に、言ってみれば良いのではないだろうか?」
唐突かつあまりの豹変ぶりに、思わず気圧されてしまうガリアン。
完全に相手にペースを掴まれながらも、それでいて確約したり言質を取られたりする事は避けている辺りまだ思考は正常に働いていたのであろうが、そこから繰り出されたカレンデュラの言葉によってその他の観客と同様に思考を空白によって支配される事となるのであった……。
「よろしいのですか!?
では、拙からの願い、いえ嘆願なのですが、もしこのまま拙が勝利する事が叶った暁には、拙と婚姻を結んでハウル家へと戻り、拙にガリアン殿の子を孕ませて頂きたいのです!」
…………ふぁっ!?
どうしてこうなった!?(笑)