『追放者達』、蹂躙する
アレス達が開催を待っていると、まるで主役は遅れて登場するモノだ、と言わんばかりの様子にて、ギリアムが道場に登場する。
その傍らには、ガリアンもハウル家の家中では見た覚えの無い武芸者と思われる者が付き従っており、彼が今回の為に呼び寄せた戦力なのだろう、と言う事が察せられた。
…………が、そんな武芸者の姿に首を傾げる事となる『追放者達』一行。
立ち振る舞いに大きな隙は無く、それでいて姿勢は自然体を保てている事からそれなり以上に使える相手なのだろう、とは察せられたが、だからと言って『絶対的な使い手』と言えるか、と問われれば間違い無く彼らは口を揃えて『否』と答える事だろう。
少なくとも、アレスやヒギンズ、ガリアンとまともに立ち会えるだけの力量は無いし、その域にもまだ達してはいない。
更に、実戦闘と言う意味合いで言えば、超回復と超筋力を両立させたセレンに対抗できるかは少し怪しいし、各種の支援術と妨害術を駆使するタチアナ相手も苦しい可能性が高く、勝てる見込みが大きく在るとすれば従魔を連れずに単体で対峙した時のナタリア、程度のモノとなるだろう。
そんな武芸者であったが、意外な事にその性別は女性であり、その上で周囲の参加者を圧倒するであろう程度の戦闘力は持ち合わせている様であった。
未だに若く、それこそ年の頃としてはアレスやタチアナとそう変わらない様にも見えるが、雰囲気の落ち着き具合と立ち振る舞いからは高貴なる出身の者である、と読み取れるだけのモノがあり、腰に刀を差している事からも職業は『侍』かもしくはそれに類型されるモノであろう事が予想された。
とは言え、どう足掻いても彼らを打倒する戦力としては一枚も二枚も足りはしない、と言うのが彼らが立てた共通の見立て。
ならば何故、この様な場にわざわざ呼び出したりしたのだろうか?
そんな疑問が彼らの思考を過りはしたが、だからと言って誰かがソレに答えをくれる訳も無く、ただただ物事は進んで行く。
そして、彼らにとっては既に興味の対象から外れてしまっていたギリアムが御前試合の開催を宣言すると、参加者と思われていた連中から野太い歓声が沸き起こり、決して狭くは無かったハズの道場の中を満たして行った。
恐らくは、今回の試合が士官の機会、とでも思っているのだろう。
何せ、腐ったとしてもハウル家はこの仙華国では高位の貴族として名が知られているだけでなく武門の名家でも在るが故に、実力を示す事が出来れば直接的な雇用にも繋がる可能性が高いのだろう。
そして、今は御前試合の真っ最中であり、当主であるギリアムに対して直接的に腕前をアピールする絶好の好機とも言える。
なれば、アレス達の様に宮仕えに欠片も興味が無かったり、そもそも既に家人として縁が切れていたりしない限りは、その張り切りは限界突破して当然の事、と言えるのかも知れない。
既に別の家に雇用されていたとしても、やはり大家と呼んで差し支えの無いハウル家の方が必然的に待遇面では良くなるだろうし、世間的な名声の類いや安定性と言ったモノでは圧倒的に違うのだろう。
例外として、余程雇用主に恩があり、義理堅い性格の持ち主であったり、雇用主から『我が家の威を示せ!』と願われて出場した、だなんて者も居るかも知れないが、そう言った手合はやはり除外しても良いだろう。
そんなこんなで始まった御前試合は、最初こそ凄まじいまでの盛り上がりを見せていた。
筋骨隆々な益荒男達が力の限りぶつかり合い、流麗な武人が持てる限りの技術を以て相手を下さんと競り合って行く。
そんな、万人が望んでいたであろう、典型的な試合が幾度も繰り広げられ、その度に道場を包む雰囲気は加速し、空気は熱気によって何処までも膨張して行くかの様であった。
…………但し、ソレは序盤の中程まで、の話であった。
切っ掛けは、勝ち抜き方式の中盤にて、初めて『追放者達』のメンバーから出場者が出た試合であった。
相手は、戦鎚を手にした巨漢であり、見た目通りのパワーにて相手を薙ぎ払うのを得意としている事で有名な武芸者であり、事前情報の中ではそれなりに有力視される出場者であったのだそうだ。
対して、その対戦相手として出場したのは、小柄でうら若き少女のタチアナ。
この仙華国にはあまり居ない種族である事と、外見上ではそこまで強そうには見えない彼女が、大層な装備も着けずに短剣一本片手に携えて、道場の中央へと進み出て来たのだ。
コレには、対戦相手であった巨漢だけでなく、道場内部もざわめきに支配される事となった。
何せ、一応は成人しているとは言え外見上は少女とすら呼べてしまう程度の体躯しか無いタチアナであった為に、周囲からは冷やかしならさっさと帰れ、だとかのタチアナに対する罵声や、一回戦は楽勝じゃないか、だとかの対戦相手に対する羨む声が飛び交う事となったが、ソレは開始の合図と同時に掻き消える事となる。
それは、何故か?
答えは単純。
下品な笑みを浮かべながら対戦相手が振り下ろした戦鎚を、タチアナが片手で受け止めて見せたから、だ。
瞬時に、凍り付く会場。
余裕そうなニヤつきを顔に貼り付けていた対戦相手も、絶対に勝つハズが無いと確信していた観客も、消耗せずに二回戦へと進めると羨んでいた参加者も、何処ぞの世間知らずなお姫様が無理矢理参加するから痛い目に、と呆れていた関係者も、皆平等に目の前の光景が信じられないらしく、目を見開いて息を呑み、凍り付いた様に身動きが取れなくなってしまう。
…………誰かが、やらせの類いでは無いだろうか?とポツリと呟く。
が、対戦相手の巨漢がどうにか押し切ろうと幾ら筋肉を隆起させて力を込めても、まるで固定されているかのようにびくともせず、かと言って引くことも出来ずに涙目になりながら限界以上に力を込めているその姿に、哀愁と共に未知のモノを見てしまった恐怖だけでは無く、コレはやらせなんかでは無い真実なのだ、と否応無しに悟らされる事となったのだ。
そして、その後対戦相手は、急に力を喪ったかの様に戦鎚を持ち上げるのにも苦労する様になったり、タチアナの攻撃を受けるだけで大袈裟なまでにダメージを受ける様になり、然程しない内に前評判とは打って変わってアッサリと脱落する事となる。
…………コレで終わっていれば、まだ道場内部の空気も、再度盛り上がりを見せる事が出来ただろう。
だが、悪夢はコレでは終わらない、終わってはくれない。
何故なら、コレと同じ様な出来事が、優秀な前評判を持つ者が一回戦で敗退する、と言った事が、後六回も繰り返される事となったのだから。
覇気も殺気も見せない青年が、盾のみを持ち込んだ鎧姿の狼男が、飄々として掴み所の無い中年が、装備がギリギリ持てている細腕にしか見えない美女が、子供にしか見えない上に弓しか持ち込んでいない少女が。
そして、主催者たるギリアムが連れていた女性剣士が、次々に有力視されていた参加者達を薙ぎ倒して行くその様は、まるで奇術でも見せられているか、もしくは予めそう決まっていた、かの様にも参加者達の目に映り、徐々に彼らに絶望と諦観とを齎して行く事となる。
…………あぁ、ハウル家は、奴らは我らを見てすらいない。
こうして呼び立てておきながら、それでいて視界に収めようとすらしていない。
有望な者が居るのなら、との考えであれば、こうして事前に情報を開示していない強者を紛れさせる事も、既に手の内に在る者を捩じ込む事もするハズが無いのだから。
既に一回戦を勝ち抜いた人間にも、共通して蔓延し始めた諦めの雰囲気を横目に、二回戦三回戦と試合は進んで行く。
そして、既に殆どの参加者が脱落する中、未だに落ちずに残り続けていた七名の内、一番最初にぶつかる事になったのは、ギリアムが連れていた女性剣士とガリアンとの組み合わせであった……。