『追放者達』、追撃する
「主賓が居ないが為に行程が確定出来なく、その為に日程も組めてはいない。
が、準備だけは万全に整えてはある。
なら、その『主賓』たる俺達が既にここに居るのだから、さっさとやってしまえば良いのでは?どうせ、茶番を演じさせる為の用意も済んでいるのでしょう?」
相手に対する遠慮も配慮も、その欠片とて含まれていないセリフがアレスの口から吐き出され、真正面のギリアムへと直撃する。
それに対し、ギリアムも反論しようと口を開くが、自らの言葉を根拠に放たれたソレに、咄嗟に言い返す事が出来なくなってしまっていた。
何せ、相手は『特定のモノが無いから始められない』『その準備自体は出来ている』と自らが口にした事を逆手に取り、『じゃあモノが揃っていて準備も出来ているのなら早く始めよう』と提案して来ているだけなのだから。
幾ら迂遠な物言いを是とし、自身の揚げ足を取られない事に注意しながらも、相手の取れる揚げ足は全力で取りに行くのが習慣となっている貴族であっても、コレに否を突き付けるのは難しい、と言わざるを得ないだろう。
何せ、先ずは突く粗が無い。
その場で出された情報に対して、こうしてはどうか?と提案されているだけに過ぎず、かつ上の立場から押し潰す様にする訳にも行かない相手が対象であれば、ソレを受け止めて検討する必要が出来てしまう。
少なくとも、そのフリ位は最低限しなくては体裁を保つ事すら出来なくなってしまうのだから。
次に、否定する事が出来無い。
仮に、この提案をギリアムが断ったと仮定する。
すると次に向こうから出て来る言葉は『じゃあ招待への参加を取り止めますね』だろう。
アレス達が貴族の権威に対して何も思っていないし、何なら返り討ちにすればそれで済む、とすら思っている事は先のやり取りで証明されてしまっている為に、ギリアムの側が譲歩するつもりは無い、と判断した瞬間に離脱され、全ての計画を台無しにされる事となるだろう。
最後に、延長する、と言った方法が軒並み使えない。
先に『万全の準備を終えている』と言ってしまった以上、準備に不備が〜だとか、コレがまだ手に入らず〜だとかの『準備出来てませんでした』と言う手は、単純にギリアム側の不手際と準備不足を露わにするのみであり、平たく言えば『無能』と罵られても仕方が無い状況を自らの手で作り上げる羽目になる。
また、他の招待客が〜と言う様な事も、聞き入れられる事は無いだろう。
何せ、既に他の客は無視してさっさと始めてしまえ、とまで言われているのだ。
どれだけの大物であったとしても気にも掛けないだろうし、そもそも間に合わない方が悪い、とでも言い出すのだろう事は、これまでの短いやり取りだけであってもギリアムには理解出来ていた。
故に、肯定の言葉を吐き出し、直ぐにでも残りの作業を終えて開始に至らせるしか無いのだろうが、彼の口からその言葉が出て来る様子は覗えなかった。
それは、それだけは、自らを貴種として定義して生きて来ているこの男にとっては、ただの平民に過ぎないアレスに対してソレを為してしまう事だけは、ギリアムの命よりも重いプライドがソレを許容出来ずに拒絶反応を引き起こし、こうして硬直する事となっていたのだ。
例えそれが、自身の生命が絶対の危機に晒されていたとしても、例え自身の生命を片手間に脅かす事が出来る存在が目の前に在ったとしても、変わる事は無いだろう。
それだけ、このギリアムと言う男にとっては、自身が貴種である、貴族である、と言う事が自己肯定を成す上で重要なモノであり、ソレを折り曲げてまで生き延びる事を良しとは出来なかったのだ。
故に、幻視に襲われて身体が揺れながらも、先程よりも顔色を青褪めさせながらも、軽く頭を下げた状態にて俯いているばかりで無言を貫き、アレスへと応えを返そうとは一向にしていなかった。
そんなギリアムの様子と、未だに返答が来ていないにも関わらず、既に終わっている、と言わんばかりの態度で居るアレスの双方に対し、訝しむ様な視線をガリアンが向けて行く。
彼としては、アレスが何かしているのだろう、とは予想しているし、実際に見ていればその程度は理解出来る程度には両方の事を知っていたし、何やら先程からアレスが殺意を放っているのも感知してはいた。
が、アレスが殺気のみで幻視を見せ付ける、だなんて事が出来るのは知らないし、ギリアムがどんなモノを見せられていて、その内心がどれだけボロボロに責め立てられているのかも知らずにいた。
しかし、だからと言ってなにかしているのであろうアレスに対して、止める様に、と言うつもりは欠片も無かった。
何をしているにしろ、眼の前でギリアムが精神的にも立場的にも苦しんでいるのは間違い無いのだから、心底『良い気味だ』としか思っていなかったのだから。
そんな風に、ほぼ傍観者に徹していたガリアンが内心で嘲笑っていると、それまで返答待ちの姿勢を見せていたアレスが動きを見せる。
まるで、仕方無いですねぇ、と、上位の立場から下位の者のミスを許す際に見せる様な『寛大さ』を持って接してやろう、と言わんばかりの、取りようによっては『傲慢』とも呼べる態度にて口を開いて行く。
「はぁ。
まぁ、良いでしょう。
何だかんだと言って、貴方にとって我々は『その程度』の存在であり、対象であった、と言う事なのでしょうね。
その他の有象無象よりも我々との友好関係を築く事に注力する、程度の切り替えも出来無いとは、流石はガリアンを切り捨てるだけの判断力をお持ちの様だ。
それで?アレも嫌、コレも嫌、で我々をこうして呼び立てた代償を支払うつもりも無い、とくれば、一体何をしたかったのか、と問いたい心持ちにさせられる程度の理解は持って欲しいモノなのですが?」
「…………ぐっ、しかし、幾ら主賓としての要求とは言え、些か急に過ぎる。
確かに、御前試合に参加させる予定であった我が家に連なる者は既に待機しているが、他にも参加する予定であった者も幾人も居るのだ。
それに、内々のみの晩餐、とは言え近隣の者にも招待を掛けている上に、食材の一部は直前に仕入れねばならぬモノも少なくは無いのだぞ!今やれと言われたとて、出来るモノでは無いわ!!」
「ふぅん?言い訳、するんですかぁ?
先程、確かに貴方言いましたよね?準備は出来ていて、後は主賓たる我々の到着を待つのみであった、と。
であるにも関わらず、いざその当人達に開催を要求されても了承するどころか、準備すら覚束無い状態であった、だなんてお粗末に過ぎる言い訳だとは思いませんか?
少なくとも、我々が拠点としていたカンタレラ王国では、その様な事態は聞いたこともありませんでしたけど?」
「…………ぐっ……!?
…………しかし、無理なモノは無理なのだ!
中途半端なモノを開いて失笑を買う方が、準備不足で開催を中断するのよりも余程悪評として広まるのだから、そんな事が出来ようハズが無かろうが!!
それでも開けと言うのであれば、最低限整えるまでの時間は必要だ!」
「へぇ?時間が必要、ねぇ?
で?何日必要な訳?」
「…………そ、それは……七日、いや、五日あれば確実に!」
「いや、駄目だな。
三日でどうにかしろ。
でないと、痺れを切らした俺達が、どんな事を為出かすか……実際に見たいとは思わないだろう?」
その無茶振りにより、ギリアムが先程よりも更に苦々しい顔をしていたが、ソレを意に介する事もせずに座っていたクッションから立ち上がるアレス。
館の主であるギリアムの意向をまるで聞き入れる素振りも見せない様子のまま仲間達も共に立ち上がると、元は生家でもあったガリアンの誘導に従う形で部屋を後にし、勝手に滞在するべく客間の方へと移動してしまうのであった……。