『追放者達』、弄ぶ
冷や汗をダラダラと流しながらも、その表情には自身の頭を野卑な冒険者へと下げさせられた、との屈辱がありありと浮かんでいるギリアムであったが、その言葉が遮られる事は無く、彼に死の幻視が襲い掛かって来る事も、取り敢えずは無かった。
その為に、自身が強制されている正解を引く事に成功した、と露骨なまでの安堵が雰囲気だけでなく表情にも現れそうになるが、そちらはぐっと我慢する事でどうにか留める事には成功する。
そんな二人のやり取りを横で見ていたガリアンは、驚愕を隠せないでいた。
何せ、一応はこれまで絶対の家長として君臨していた父親なのだ。
流石に、既に自身の方が長じている、との自覚はあったが、だからと言って過去に受けた印象や刻まれた概念が早々簡単に覆る様なモノでは無い。
そんな、かつては絶対視していた、せざるを得なかった存在であるギリアムが、こんなに短時間の内に屈服させられ掛けているのだ。
しかも、自身の様に相手の気質を熟知し、かつ以前まで在った関係性まで利用して、だなんて事は無く、その場で自身の使える手管のみにて同等の結果を叩き出してみせたのだから、その両方に対して驚きの感情を抱く事がそこまで珍しい反応である、とは言えないだろう。
(…………これは、思ったよりも大人物と仲間になったみたいであるな……)
なんて感慨を、今更になって抱いているガリアンを横目に、この盤面を作り出した張本人であるアレスは満足そうに頷きながらギリアムへと言葉を返して行く。
「えぇ、どうも。
既に『初めまして』では無いですが、この度ご招待に預かりました『Sランク』冒険者のアレスと申します。
ご子息……失礼、ガリアンとはパーティーを結成した時からの付き合いで、彼には大変お世話になっておりますよ」
さも、挨拶をされたから返しただけ、と言わんばかりの様子にて、サラリと自己紹介まで済ませてしまう。
が、その流れは、ギリアムにとっては自身の威光に平伏しながら為されるべき事柄であり、先の様に自らのみが頭を下げながら行う様な事では断じて無い、との信念が未だに折れてはいないらしく、簡潔にして最低限の礼儀しか感じられないソレに先程までの激情が再発し始めたらしく、再びこめかみ付近に青筋を浮かび上がらせて行く。
が、そうしていきり立とうとするギリアムの首筋へと、今度は冷たい刃が添えられる感覚が襲い掛かり、咄嗟にその場で口を噤む。
すると、アレスは再び満足した様に口元へと笑みを浮かべながら、手振りと視線にて今回の招待の目的と期間との説明をする様に促して行く。
それにより、ギリアムは否応なしに悟る事となる。
これは、これまで自身が目の前の相手に対して強要しようとしていた事を、こちら側に返されているのだ、と。
先ず、自身に対する挨拶の強制。
コレを、先にするのは目下の者から、との理論を先に持ち出した本人がするまで徹底的に死の幻視をさせ続ける事で、半ば無理矢理とは言え実行させられる事となってしまっている。
次いで、相手の身内に対する攻撃。
こちらも、既にギリアムはガリアンに対する口撃の対象として使ってしまっているし、アレスに対しては直接的過ぎる程に直接的に口にしてしまっている為に、言い逃れする事は基本的に叶わないとみるべきだろう。
そして、最後に時間の浪費とその強要。
一応、こちらに関してはまだギリアムは口にしていなかったが、それでもアレスの口にしたセリフから察するに、明確に期限を示さず、周囲からの外堀を埋められて言いなりにならざるを得なくなるまで拘束しておくつもりであった事がバレている、と見て立ち回る必要が在るだろう。
と、漸く思い至ったらしいギリアムが、どう言葉を口にするべきか、と頭を悩ませている姿を認識したアレスは、自身の狙い通りに思考を誘導させられている様だ、と確認し、ニヤリ、と口の端をつり上げて悪魔の様な笑みを口元へと浮かべてみせる。
何せ、わざと分かりやすすぎる程に露骨に、恐喝しようとする言葉を口にしようとした段階で、ソレを潰す様に幻視を被せ続けていたのだから、気付いて貰わないと寧ろ困る。
アレスを前にして、彼の仲間を侮辱し、汚す様な事を口走って見せたのだ。
幾らソレが仲間の血縁者であったとしても、最早アレスには止まってやらなくてはならない理由にはならないし、考慮してやらなくてはならない理由としては成り立たない。
何故なら、彼は、一度失ったモノは二度と手に入らないか、もしくはその手に戻ってくる事は無い、と知っているから。
孤児として産まれ、似たような境遇である孤児達と共に孤児院で育ったが故に、奪われ、失う事が日常茶飯であった彼は、そもそも失いたく無いモノは手から離さないか、もしくは奪おうとする者を徹底的に叩いて『奪ってしまおう』と考え無くさせれば良い、と学んだのだから。
そんなアレスは、自らの考えを欠片も表に出す事はせず、引き続き笑みに似たモノを口元に浮かべながら、口を開かなくては安全だろう、との浅はかな考えをしていたであろうギリアムに、今度は全ての指を切り落とす幻視を叩き付けつつ自らの口を開いて行く。
「さて、そちらからの説明をして頂けない様なので、取り敢えずこちらから幾つか質問させて頂きます。
先ず、招待状には『晩餐会』と『当主御前試合』の二つの演目に関しての記述が有りましたが、それらはいつ頃を予定しておられるのですかな?」
「…………それは、未だに未定、と言うか……」
「なんと!
自ら招待された催事であるにも関わらず、期日を明白に出来ない、と!?
これは、流石に主催者の能力を疑わざるを得ない事態である、と言える状態なのでは?」
「っ!
これは、あくまでも貴方方が主となる催事の予定であって!
その主賓たる方々が何時到着するかも分からず、いつ開催する、等と、決められるハズが無かろうが!
それに、貴種たる我々は常に余裕を持って行動する者!貴様らの様に、常に時間と懐とを心配しながらあくせく行動しなくてはならない者など居りはせぬわ!」
「ほう!
では、準備事態は既に整っており、後は我々が到着したのだから何時でも始める事自体は出来る、と?
貴方は、そう言いたい訳ですね?」
「っ、あ、あぁ、その通りだ!
準備其の物は万全に整っているが故に、あとは他の招待客が到ちゃ「では、直ぐにでも始めてしまうとしましょうか!」…………は?」
「いや、なに。
我々も、これでいて忙しい身でしてね?
であれば、互いに時間は黄金よりも重い訳なのですから、準備が終わっているのならばさっさとやってしまいませんか?
何せ、招待状にも書いてありましたよね?内々のみでやる、小規模な催事であると。
ならば、特に大物を招待しているからその到着を待たなくてはならない、なんて理由は無いわけなのですから、ねぇ?」
そう告げられたギリアムは、一瞬何を言われているのか理解出来ない、と言った表情を浮かべてアレスの事をポカンと見詰めていた。
しかし、彼の言葉が徐々に咀嚼され、そして理解と言う名の吸収が行われて行くのにつれて、彼が出した提案と言う名目の命令と、ソレの根拠となった自身が認めた招待状の内容が彼の脳裏を駆け巡り、声にならない咆哮を上げる羽目になるのであった……。