『追放者達』、旅立つ
アレスがギルドにて手続きを終え、馴染みの受付嬢であるシーラからの引き留めも虚しく建物を後にしてから暫く経った頃。
彼ら『追放者達』のメンバー達の姿は、再びパーティーハウスの前へと集まっていた。
「取り敢えず、各方面への連絡と手続きはこれでおしまい、で良いか?」
「当方もドヴェルグ師には暫く留守にする、と伝えて来たし、一応ではあるが故郷に書を認めて先んじて送っておいた。
それと、当方の貴族家としての身分は既に亡いと見ても良いであろうが、それでも戸籍自体は未だに残されていると思われる故に、いざ入国、となった際の審査もそこまで長くは掛からぬであろうよ」
「食料の買い出しも、既に終えている様なモノですし、各自で旅路に必要なモノも揃えてありますので、そう言う意味合いでも準備は終えられていると言っても良いのではないでしょうか?
それと、私の場合はまだ到着まで日があると思われますので、東国に着いてから手紙を送ろうかと思っております」
「そう言う意味だと、アタシとしては本当にやること無かったのよねぇ……。
普通なら、建物の維持管理だとかを誰かに頼んでおかないと不味いんでしょうけど、ウチの場合はソレ自体が不要だから、何もする必要が無いのよねぇ。
それと、アタシには手紙書いて送る様な相手も必要も居ないし」
「こう言う時は、出身地不明と言うのも案外と気楽で良いモノなのです!
下手な管理人を置かなくても良いので防犯にも気を使わなくても良いのですし、何よりギルドを通して既に警告は済ませて在るので、その辺に気を使わなくても良いのも楽で良いのです!」
「まぁ、『下手に侵入しようとすればどうなったとしても責任は取らない』って通告してある場所に突っ込んで来る連中だからねぇ。
出してある忠告を聞かずに、しかも高ランクの冒険者の住居に突撃して無事に事を済ませようだなんて考え無しなおバカさん達を慮ってあげなきゃならない理由は無いしねぇ。しかも、既に被害が出てる場所だって知ってて来るんだから、別に良いんじゃないかなぁ?」
「良いんじゃねえか?
斬った張ったしてる業界に住んでる奴らが、あからさまに格上だって分かってる相手の留守を狙ってくれるのなら命位は最低限掛けてるだろう?
その点、ウチは後片付けも罠の補充や修理や手入れの類いをしなくても良いのは楽だよな」
「それは、侵入して荒そうと企んでおる輩からすれば地獄以外の何物でも無いのであるがな」
「そう言う不届きな考えを持って姑息に生きている様な相手に、手加減や慈悲の心は不要なのですよ?」
「そうそう!
そう言うタイプの連中って、反省する、って機能が壊れてる様なヤツばっかりだから、余計調子に乗るだけなんだから!
叩ける内に叩いて潰しておかないと、そこら辺から湧いてくる、なんて事になりかねないんだからね!」
「…………その、そうやって聞いていると、例の黒い悪魔の事を指している様にしか聞こえないのですが……?
一応、相手は人間、と言う事で良いですよね?私、他の蟲の類いは大体平気なのですが、アレだけは、その……生理的にちょっと……」
「あ、あはは~……。
まぁ、確かに例の頭文字Gは苦手な人多いよねぇ。
オジサンも、生理的に受け付けない、って程では無いけど、それでも素手でどうにかしろ、って言われるとちょっと躊躇うよねぇ。
でも、徹底的に叩いて潰して、周囲を綺麗にしておかないと幾らでも湧いてくる、って言う点では同種と見ても良いんじゃないかなぁ?多分だけどね?」
会話の流れは当初のモノからは外れ、何故か害虫メインのモノへと変化し始める。
基本的に、セレンを始めとした女性陣はあまり耐性が無いのか、季節柄あまり露出させていなかった肌が粟立っているのが遠目にも見てとれていたし、ヒギンズは苦笑しながら、ガリアンもどちらかと言うと苦手な分類だ、として顔をしかめていた。
しかし、そんな最中であっても、一人だけ反応を異ならせていた者もいた。
それは、唯一首を傾げていたアレスであった。
彼は、用意されていた橇に、ナタリアの従魔達を繋ぎつつ途中でじゃれついて来た連中を撫で回しながら会話に参加していたのだが、最後の最後で何かしらが理解出来なかったらしく首を傾げる羽目になっていた、と言う訳だ。
それに気付いたらしいヒギンズが、アレスへと
「どうしたのだ、リーダー?首など傾げて?」
と水を差し向けた事により、彼の口から衝撃的な言葉が溢れ落ちる事となる。
「…………いや?別に?
ただ、アレってそんなに嫌う様なモノか?
味だって、そんなに悪くは無かったぞ?」
「「「「「……………………え?」」」」」
彼の口から発せられた一言により、思わず場が凍り付く。
彼が、意外と例の悪魔の事を嫌っていなかった、と言う趣旨の発言も衝撃的であったのだろうが、彼ら彼女らが最も衝撃を受けたのはまた別の部分であった。
「………………あ~、その、リーダー?
さっきのは、流石に冗談、だよねぇ?
アレを食べた事がある、ってオジサン聞こえたんだけど、本当にやった事なんて無い、よねぇ……?」
言葉の通りに受けてしまったが為に、多大な衝撃を受けて固まってしまったらしい一行。
その中でも、彼の恋人として様々な行為(意味深)を交わしていたセレンは『生理的に受け付けない』とまで言っていたモノをアレスが……と言う事でショックを受けてしまったらしく、口を手で覆った状態で固まってしまっていた。
普段あまりその手の冗談を飛ばさないアレスの口から飛び出した言葉だけに、嫌な意味での信憑性が高まってしまった状況をどうにかするべく、最年長であるヒギンズがどうにか言葉を絞り出す。
そこには、どうか冗談の類いであってくれ、と言う祈りと共に、彼が孤児院の出身であり、そう言う場所は大概が経営状況や栄養状態がよろしくは無いと言う事も知っており、そうであるのならば『万が一』も有り得るのでは?との疑問が拭い切れない為に、若干声色が強張ってしまった状態となっていた。
そんな、若干処では無い程の混乱を仲間内へともたらした当の本人は、直前までモフっていた左耳が折れている森林狼の腰から手を離す(当の本人(本狼?)からは名残惜しそうに前足で引き留められていた)と、さも当然、と言わんばかりの表情にて一言
「当然だろう?
確かに、孤児院時代は常に餓えていた、と言っても良い状態だったけど、流石にそこまではせんよ。
それする位だったら、外出て魔物の一匹でも仕留めれば食えたんだから、そんな事する訳が無いでしょうに」
とサラリと言ってのけた。
その事実に、激しく安堵してその大きな胸を撫で下ろしすセレンと、ヒギンズを除いた三名がガクッとなっているのを横目に、ヒギンズがアレスへと近寄って耳元にて
「………………で?本当の処は?」
と囁き掛ける。
すると、若干ながら目を見開いたアレスはその口元を僅かに釣り上げると
「…………流石に、喰いはしないさ、生ではね。
少なくても良いから油でカラッと揚げ焼きしてやると、意外と旨いぞ?」
これまたヒギンズにのみ聞こえる様に、彼の耳元へと囁き返した。
それにより、内心での嫌な予感が当たってしまったらしいヒギンズが苦い表情を浮かべるものの、それも大昔の話だ、とアレス本人が笑いながら肩を叩いて来たので、話はここまで、として結局流される事となってしまう。
そんなやり取りによって多少の時間を取られる事となりはしたが、結果的に全ての準備が整った『追放者達』は、その足でアルカンターラを出立する事となるのであった。