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『追放者達』、邂逅を果たす

 


 ナベリウスによって案内された先にて、横へとスライドした扉の向こう側に居たのは、一人の中年の獣人族(ベスタ)の男性。


 頭髪は白髪が混じっており、かつては引き締まっていたであろう体躯にも幾らかの弛みが見え始める段階へと至ってしまっていたが、それでも歴戦の武人、と言った風な雰囲気を纏っており、常人であれば放つ威圧感によって萎縮させてしまう事も可能であったのだろう。



 だが、この場に居るのは、幾度もの死線を潜り抜け、本物の命の危機を何度も味わって来た冒険者達。


 その程度の威圧感、実際に経験した死ぬ様な体験に比べたら特に竦み上がる様なモノでも、気圧される様なモノでも無かった為に、アレス達は平然と、従魔達は欠伸すら零しながら部屋の中へと踏み入って行き、思い思いに用意されていた平たいクッションへと直接腰を落として行く。



 その際に、ヒギンズが座ろうとしていたクッションを彼に懐いていた尻尾の白い個体が占領してしまい、結局のところとして彼の膝の上に収まる結果となったり(当人(狼?)はそれが狙いだったのか大変ご満悦な様子)。


 また、最終的にはクッションの数が足らなくなりそうだったから、とクッションの上に座った森林狼の上にナタリアが座る、と言った、どこぞの工芸品染みた状態が出来上がったりもしたのだが、仲間内では笑い話で通ってしまう程度の出来事であったし、立場上嗜めるべきかも知れないガリアンも笑って流してしまっていた為に、周囲の者達は特に咎める事も出来ずに傍観に徹するしか無くなっていた。



 が、その場に於いて、唯一怒気を顕にしようとしている者が居た。


 この場にて、自身が事を主導し、上手い具合に転がして進めるのだ、自身こそが絶対の上位者であるのだ、と信じて疑っていなかった、ハウル家の当主でありガリアンの父親でもある『ギリアム=ウル・ハウル』その人であり、唯一にして無二の、この場の空気が読めてはいない人、でもあった。



 彼は、未だに目の前で仲間と戯れるガリアンが、自身の言葉を第一にして行動して然るべき存在である、と認識している。


 いや、思い込んでいる、と言えるかも知れない。



 ギリアムからしてみれば、かつて絶縁したり後継から外したり、と言った関係性の変化はあったが、それでも血縁者であり、自身は家長にして父親である。


 故に、どの様な偉業を達成しようとも、相手は自身の子であると同時に、かつて養育の恩を受けた存在であり、ソレが鎖となって目上の存在である自身の言葉には絶対に逆らえないままである、と認識していたのだ。



 …………一応、彼の理論を補強する、してしまう『証拠』は幾つか存在している。


 以前出した絶縁の報せに反駁する事無く従った点や、その後のグズレグの動向を一時的とは言え知らせる頼りを出していた事、そして今回の呼び出しに抵抗する事無く従った事実が、それらに該当すると言える。



 故に、ギリアムはガリアンが未だに家長にして父親である自身に従う事を良しとしてこの場に赴いている、と勘違いし、そう思い込んでいたのだ。


 かつて、自身がそうであった様に、現在では既に自身の力なんてモノは遥かに上回っていたとしても、立場と関係に於いては絶対に逆らえないモノなのだ、とギリアムの中ではソレが絶対不変の真理として根付いてしまっていた。



 故に、今目の前で繰り広げられている光景が、彼にはどうしても許し難いモノとして写っていた。


 絶対の家長にして、貴族としての務めも果たしている父親を前にして、先ず初めに頭を下げて挨拶をして来る事もせず、仲間と戯れるだけである、だなんて事は、彼としては有り得ざる現象である、としか認識出来ていなかったのだ。



 そんな訳で、一人こめかみに青筋を浮かべていたギリアムは、己の信ずる薄氷どころか紙一枚で作られた虚飾を後ろ盾としてガリアンへと牙を向き始める。




「…………ガリアンよ。

 先の我が決断に、貴様も思う所が有ったのだろう、とは理解してやろう。

 だが、ソレは貴族家として当然の決断であった、と教育を受けていた貴様ならば理解したハズだ。

 それと、先ず真っ先にすべきであった我への挨拶が無かった事は、この場に於いては不問としてやる。

 流石に、下郎とは言え、貴様も仲間に対しては情けない姿を見せたくは無いだろうから、そこは情けをくれてやる。

 …………が、貴様、その様な畜生の類いまで、この館に上げるとはどの様なつもりだ!?

 況してや、我の前にまで連れて来る等と、無礼な行いにも程があるぞ!恥を知れっ!!」



「…………ほぅ?恥、であるか?」




 目くじらを立て、眉を跳ね上げながら捲し立てたギリアムに対し、特に反論する事も反応する事も無かったガリアンであった。


 が、最後に差し込まれた一言によってピクリと組んでいた腕が動き、それまで平坦であった眉が若干ながら持ち上がると、僅かながらではあったものの、彼とある程度以上に親しくしていれば必然的に気付けたであろう程度に苛立ちが含まれた言葉で返答がなされて行く。



 しかし、本来であれば気付けて当然であったハズの間柄であるギリアムにはソレが通じていなかったらしく、自身が下した命に従う素振りも見せていない彼に対して、更なる苛立ちを込めた怒鳴り声を発して威嚇し始める。




「当然であろうが!!

 我が代にて十を数える程に連綿と続いて来たこのハウル家の、主家の館に何処の何とも知れぬ薄汚い畜生が土足で踏み入る羽目になったのだ!なれば、恥以外に形容する言の葉が在ると思うてか!?

 その様な、先祖に申し開きも出来ぬ様な事を仕出かしておいて、巫山戯た応えを寄越すとは、貴様いったい何様のつもりかっ!?

 斯様な態度を改めるつもりが無いと言うのであれば、折角手柄を挙げたのだから、と復縁を認めてやろうとしておったのに、それすらも考え直す事にならざるをえんのだぞ!?

 ソレを、貴様理解しておるのだろうな!?」



「別段、当方は構わぬが?」



「……………………は?」



「だから、当方は構わぬ、と言っておるのだよ。

 復縁が成されなかろうが、絶縁のままで据え置きとなろうが、当方は特段気にかけてすらも居らぬ故に、どうなろうと構わぬ、と言っているのであるよ」



「…………な、なななっ……!?」



「そも、それまでの関わりが有ろうが無かろうが、一方的な認識で絶縁した相手を呼び立てておいて、開口一番に告げる事が自身への挨拶が無い、等と、お世辞にも復縁を望んでいる者が口にするべき言葉では無かろうよ?

 その挙げ句、当方の仲間達を『下郎』や『畜生』等と呼び腐りおってからに、斯様な胸糞の悪くなる様な老害を相手にさせておいて、更にはまるで当方が絶縁を解いて欲しくて仕方が無い、と頼み込んだ果ての様な言い回しまでしてくれているのであるな!」



「貴様っ!言わせておけばっ!?」



「更に更に、当方と共にこれまでの冒険を潜り抜け、幾度も死ぬ思いを共にして来た仲間達を指して『恥』とまで呼んでくれたからには、これは当方に対してだけでは無く、仲間達全体に対して喧嘩を売ってくれたと見て間違いは無かろうな!?

 仮にも武家と誇り、貴種である事を矜持として持ち合わせているのであれば、最低限超えてはならぬ線引、と言うモノ程度は、流石に心得が在るであろうよ?そこを超えては、残るは命の遣り取りのみ、と心得ての言の葉であろうな?」



「………………ぐっ……!」




 ガリアンから放たれる気迫と鋭い言葉により、ギリアムは気圧された様に言葉に詰まる事となる。


 彼が放つ威圧感が思ったよりも強く、更に言えば自身の言葉に対してそれ程重きを置いてはいない、と言う事が容易に察せられたと言うのもあるのだが、気圧された原因としてはもう一つあったからだ。




 自身が抱く最も大切なモノを馬鹿にされたのならば、その雪辱は相手の血によってのみ果たされる。




 この仙華国の武家に伝わる、不文律の一つ。


 自身を虚仮にした相手は、必ずぶち殺せ。



 しかし、そうならない様に先制して謝罪や賠償を行い水に流すのだが、今回は暗にその線を超えられた、とガリアンはギリアムへと伝えて来ていたのだ。


 既に廃嫡となり、絶縁すらしているハズのガリアンから発せられる、これぞ仙華国の武家の者、と言わんばかりの鋭い空気に、漸くギリアムは自らが途轍も無い失態を演じてしまったのではないだろうか?との疑念が胸中へと去来する事となったのであった……。




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