『追放者達』、移動する
────ハウル家の執事を務める老人、ナベリウスは困惑すらしていた。
何故、この方々は、こちら側の思惑を理解した上で、こうも容易く自身の誘いに乗ってきたのか、と。
実際、彼としては此度の訪問並びに『招待』とは名ばかりの強制招集には、少なからず思う部分が有りはしたのだ。
彼の仕える主は、血の繋がった子息からの文であり、御目付として付けていた監査役からも出ていた証言であったから、とは言え、一方の報告のみを鵜呑みとする形にて、優秀にして盤石であった長子のガリアンの申し開きを聞くことすらせずに、彼を廃嫡とする決定を下した過去がある。
…………それだけならば、以前にも例が無い訳では無いのだから、まだ良しと出来ていただろう。
だが、その後企みの首謀者たるグズレグを調査した事によって全ては冤罪であり、追放されてしまった現在でも手堅く功績を積み上げて優秀な成績を周囲に示し、仲間と共に昇格を繰り返していた、との事も判明していた。
その時点で、通常であれば例えお家騒動と言える様な事であったとしても、次子であるグズレグを排し、冤罪であったとガリアンへと伝え、後継へと据え直すのが常であったハズなのだ。
…………だが、当代の当主はソレを良しとはせず、ガリアンの廃嫡・絶縁を解く事はしなかったのだ。
その上、グズレグに対しても、後継から外すどころか、功績を立てねば戻る事は許さぬ、との条件をつけてはいたものの、縁を切る訳でも無く、また家からの支援を取りやめる事もせずに継続させていたのだ。
これは、あからさま過ぎる程にあからさまな依怙贔屓と呼べるモノだ。
幾らグズレグがこの国に於いて特別視される『侍』の職を得ていたとは言え、長子継承が常である習慣の中で確実な功績を残した長子よりも、ごく最近呼び戻すに値する功績を立てたとは言え、それ以外では失敗の方が多い次子の方を優先しているのだから、それ以外の表現方法は存在していないと言える。
そこまでならば、ナベリウスもまだ理解は出来たのだ。
ご当主様は、余程出来の悪かった次子の事が可愛くて仕方のなかったのだろうな、と。
だが、此度の召喚、これだけは頂けない。
偶然にも、郷里の近くに来たのだから、呼び立てる形となったとしても、仲間も共に労いたい。
多くの功績を積んだ事も加味して、後継に戻せはしないまでも、絶縁は解いてまた気軽に訪れられる様に取り計らいたい。
そうであれば、どれほど良かったか。
幼い頃に世話をして、教育係として接して来たガリアンとまた会えるのだから、と喜びこそすれ、ここまで忸怩たる思いを彼は抱きはしなかった事だろう。
…………コレは、確実に政略だ。
『外部で功績を積んだのだから、家の為に使い潰される駒として扱ってやろう』
その様な意図が透けて見える様な書状を、かつては己の孫の様にも見ていた相手へと届けるのを、一体誰が、喜んで引き受けると言うのであろうか。
それでも、そうであっても、とそんな心持ちで、此度の役割を引き受けたナベリウス。
最悪、露悪的に振る舞い、自身がガリアンの手によって殺される様な事となったとしても、それでも事が破談となってくれた方が、彼としては上々の結果と言えたのだ。
…………所が、彼の所属する冒険者パーティーのリーダーは、あろう事か真正面から招待を受ける、だなんて言い出したのだ。
しかも、俗物で野卑な冒険者の様に、お貴族様との繋がりが得られるから、だなんて理由で坊ちゃんを利用しようとしていた訳では無く、寧ろその企みをぶち壊してやったら面白そうだ、なんて動機でわざと策謀に乗ろうとしている。
……正直、正気の沙汰では無い、とすら思える思考。
仲間達ですら、当初の発言には引いている様にナベリウスの目には見えていた。
しかし、そこは束縛を唾棄し、自由を愛し、己が心のままに生きたい、と願う者のみが自身の腕力を信奉の対象として飛び込んで行く『冒険者』と言う生き様を志し、そしてその頂点へと至った者達。
最初こそ引いている様子を隠そうともしていなかったが、それでもリーダーの提案した反駁への興味が尽きなかったのか、それとも自分達の自由を侵さんと策謀するモノへの反撃に心躍ったのかは、外部のモノであるナベリウスには理解出来なかった。
だが、そこに確かな勝算を見出したからこそ、彼らは現在、自身が騎手を務める馬車に乗り込み、ハウル家の治める領地へと向かって移動する事を良しとしているのだ。
箱馬車の壁を間に隔てている為に内部にて交わされている会話を耳にする事は出来ないが、それでも彼らであればなにかしてくれるのではないだろうか、との期待が勝手に胸中へと沸き起こって来るのがナベリウスには感じられていた。
────何せ、彼らの内に在る彼が、ガリアン坊ちゃんが、あれだけ晴れやかな笑顔で在る事が出来ていたのだから。
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老齢の獣人族が想いを馳せ、御者席にて揺られながら笑みを浮かべているのと同時刻。
彼が背にしている馬車の内部では、外部からの目が無いのを良い事に、少々人目が憚られる会話のやり取りが行われていた。
「それで、どうするつもりなのであるか?リーダー。
流石に、あれだけの啖呵を切ったのであるから、何かしらの考えは在るのだろうが、ソレを聞かせては貰えぬであろうか?」
「ん?まぁ、考え、って程でも無いさ。
ただ単に、今回相手が用意してくれた『お題目』にそって、相手方の企みを打ち壊してやろう、とね」
「『お題目』?ナニソレ?」
「要するに、今回俺達を呼び出した表向きの理由、ってヤツだよ。
渡しちまったから確実じゃないけど、どうせその招待状には『先の異常個体の討伐の功績を讃え、労う為に〜』とかの文言が入ってたりするんだろう?」
「…………えぇっと……あ、あったのです!
しかも、一言一句間違う事無く、そのまま入っていたのです!
なんで分かったのですか?」
「そこは、ほれ。
その手のヤツのお約束、お決まりの文言ってヤツよ。
んで、そうやって俺達を呼ぶのに理由として使われたソレを、上手いこと利用させて貰おうか、って話よ」
「……成る程、そう言う事ですか。
つまりは、私達はあくまでも『労われる冒険者』として呼ばれるのであって、それ以外の意図での行動は一切しない、と?」
「そう言う事。
貴族間の風習だとかやり取りだとかに慣れてたならそう言うモノの意図を汲んで行動しなきゃならないだろうが、俺達は招待されて労われる立場の冒険者だ。
なら、勝負を挑まれれば『わざと負ける』だなんてあり得ないし、晩餐に招待されたからと言って『普通に飯を喰って出て来る』だけに過ぎない。
例え、招待してきた側がどんな事を思っていたとしても、別段俺達には関係無い訳だしな。何せ、俺達の身内には向こうの縁者は居ないんだから、ね」
「なははっ!
確かに、確かに!ソレが一番、オジサン達に面倒が無くて、ガリアン君の実家にもダメージが入る方法だろうねぇ。
それに、いざとなったら別にオジサン達はこの国で何かしらの立場が在る訳でも無いんだし、さっさと旅程を早めて逃げちゃっても構わないんだから、ある意味最強だよねぇ。
何せ、その気になればなんだってし放題なんだし、ねぇ?」
「言いたかった事は大体おっさんに言われちゃったからこれ以上は俺からは特に無いけど、取り敢えずは向こう側がどんな態度で応答してくるか、を見てから対応を決めようか。
ほぼあり得ないけど、特に裏の意図が無く純粋に歓待したかっただけ、だったりしたら、流石にちょいとやり過ぎたら罪悪感が出そうだし、ね」
「いや、当方が保証するが、それだけは無いのである」
最後にガリアンが放った強烈な皮肉に、馬車の内部で笑いが弾ける。
これからどの様な事態が待ち構えているのか全く分からないのにも関わらず、その不安すらも笑い飛ばして見せる柔らかな雰囲気に、一人気を張っていたガリアンも釣られる形で引き締めていた口元に笑みを浮かべるのであった……。