『追放者達』、説明を受ける
ナベリウスと名乗り、ガリアンを『坊ちゃん』と親しげに呼ぶ読む老齢にある獣人族が差し出した招待状を、首を傾げながらもアレスが受け取って行く。
その表情には『何故この様なモノを?』と言った困惑がありありと浮かんでおり、取り敢えず受け取りはしたものの、返すべきか開けて中身を確認するべきか迷っている様子でもあった。
仲間の関係者、と言う事であればまぁ招待とやらを受けても良いのだろうが、だからと言ってどんな理由でどんな場所へと招待されるのか、位は聞かないと受けるかどうかの判断すら出来ない。
下手をすれば公式な催しに対して完全武装に近しい格好をして出て行き、周囲からの失笑を買う、だなんて事にも繋がりかねないのだから。
それに、国が変わればマナーやルールも変わるのは当然と言うべきモノ。
元々地元の貴族階級として生まれた過去があるガリアンや、聖女としてそれなりに各地の行事に参加した経験のあるセレン、長く生きて様々な経験を積んできたヒギンズであればまだしも、スラム街出身のタチアナや孤児として親すら知らないアレスでは最低限の教養すらも持ってはいないし、完全に平民階層であるナタリアも残念ながらそう言った部分では足りていないとも言えてしまう。
…………幾ら、既に絶縁状態に在る、と聞いている実家からの招待とは言え、流石にそんな恥を晒す様な場に出て行くのは如何なモノか。
それに、招待されたから、とは言えホイホイ乗って付いて行く程に能天気なつもりも無く、またそれに相応しいだけの格好が出来るモノも持ち合わせてはいないのだから、やはりここは一旦断るのが妥当だろうか?
初めて受け取った招待状を、マジマジと見詰めながらそんな考えに至っていたアレスであったが、彼の考えを読んだからか、それとも雰囲気で断りそうだ、とでも察したのかは定かでは無いが、ガリアンがナベリウスへと問い掛けて行く。
「…………なぁ、ナベリウスよ。
唐突に招待状のみを差し出されたとしても、当方らには何も分からぬ、と言う事が分からぬそなたでは無いであろう?
最早根無し草に近しく、この宿に逗留しているのとて偶然に等しい当方らに、この国の、ただの一地方の詳細を知っていろ、と当然の様に語るのがそなたのやり口であったか?」
「…………あぁ、コレは大変な失礼を。
坊ちゃんとの再会で得られた喜びにより、この老いぼれもすっかり失念してしまっておりました様子。
誠に、申し訳御座いません」
「詫びは良い。別段な。
だが、最低限の説明はここでして貰わねばならぬ。
当方だけなら兎も角として、今は仲間も居る身の上であるが故に、一度は縁が切れたが実家であるのは変わりないのだから、と詳細も聞かずに受ける訳には行かぬのであるよ」
「えぇ、それはごもっともかと。
では、改めてまして、此度の招待の詳細に付いて、この不肖ナベリウスが説明させて頂きます。
此度は、坊ちゃんの活躍を耳にされたご当主様が、坊ちゃんと仲間の方々である『追放者達』の皆様に向けた内々の晩餐会と、その前座として行われる当主御前の試合へのご招待となっております」
「…………内々の晩餐と、当主御前の試合、だと……?
晩餐は兎も角として、何故にその様な事を催そうと?しかも、当方らを呼び付けてまで、であるか?」
「はい、その通りにて御座います。
当代のご当主様である坊ちゃんのお父上は、お仲間の皆様とのご関係だけでなく、その腕前も気にしておられる様子です。
ですので、是非坊ちゃんのお話を聞かせ願うのと同時に、皆様の腕前の程も是非とも見せて欲しい、とのご依頼となった訳なので御座います。
ご理解、頂けたでしょうか?」
「…………っ!
あの男、今更何をっ!!
しかも、当方だけでなく、我が仲間達までも秤に掛けようと抜かすか!
その浅はかな謀、断じて乗れるモノでも許せるモノでも、ありはせぬわ!!
リーダー!今すぐに、その汚らしい招待状なんぞ破り捨ててしまえ!!」
ナベリウスとの会話により何かを察したらしいガリアンが、突如として激昂した様に咆哮する。
ソレを、招待状と共に情報を持ってきたナベリウス本人は半ば予想していたのか、特に動揺する様な素振りも見せずに居たのだが、隣で話を聞いていた仲間達、特に知り合いの中にも貴族らしい懐の探り合いが得手である存在がほぼ居なかったアレスやタチアナは、いきなりの激発に驚いて彼の方へと視線を集中させる事となってしまう。
それまでの経験からどの様な事態となっているのか、を察していたらしいセレンとヒギンズは、取り敢えず、と言わんばかりの様子にて今にも飛び出して行きそうなガリアンを宥めて行く。
そして、育ち故に権謀術数とは程遠い所にいたタチアナと、高位の知り合いはそれなりに居るがその内の殆どがガンダルヴァの者であり、ガシャンダラ同様に彼をその手の策謀に巻き込む事を良しとはしていなかった為に慣れていないアレスの二人に向けて、先の会話の不味い点を解説し始める。
「……先ず、前提として『内々の晩餐』と『当主御前の試合』って単語が使われてるんだけど、ソレの意味って分かってるよね?」
「文字通りに受け取るなら、身内だけの気楽な夕食会、よね?」
「御前試合の方も、アレだろう?
形式は置いておくとして、試合を主催するから参加してくれ、って事だろう?んで、主催者も観戦に来るよ、って事か?」
「それでほぼ間違いは無いのですが、前者に関してはそちらに参加した、との話が出れば確実にガリアン様の実家に囲い込まれた、との話が事実として周囲に出回る事になりますし、後者に関しては実力で勝ち進み優勝する事は求められず、適当な所でわざと負ける事を要求されるでしょう。
その上で、やはり取り込むのに相応しいだけの力が在るのか、を値踏みされる事となるのは、間違い無いかと」
「はぁっ!?ナニソレふざけてるの!?」
「…………あぁ、成る程そう言う事ね。
『内々の晩餐』に呼ばれるって事は既に身内判定喰らっている、って何よりの証拠になるから、ソレをバラすだけで周囲が勝手に引いてくれる、と。
御前試合に関しては、どうせアレだろう?必ず一人は家に縁の在るヤツが出て来るから、ソイツに対してはわざと負ける八百長をするか、もしくはソレを呑まなかったヤツを事前に潰す様に要求される、って落ちがつくか?
後は、ついでに腕前と気質の類いも品定めして、使える様だったら使い潰しても懐の傷まない外部の駒、として確保する、って感じかね?」
「はぁい、大正解。
大方、ガリアン君とその仲間であるオジサン達の噂を聞きますかその上でこのランタオに滞在している、って情報を掴んだから取り敢えず取り込むべく粉を掛けに来た、って事だろうねぇ。
尤も、一応『準ずる形』としての扱いだけれど、貴族と同等の立場を与えられている他国の冒険者、に対する誘い方じゃないのは、明白だけどねぇ……」
「…………くっ、幾ら絶縁されていたとは言え、弟の件で定期的に文を送る様にしていたのが間違いであったのである。
よもや、この様な事態となるとは……」
「ふぅん?でも、まぁ良いんじゃないのか?」
「「「「「「………………え?」」」」」」
気の抜けた様な声色にてそう告げながら、手にしていた招待状を開いて行くアレスに対して、確実に予想外な答えを聞いた、と言わんばかりの呟きが綺麗に揃って零される。
先の説明にて理解を示していた彼が真逆の反応をしている事に、その方面に明るい三人だけでなく、話を聞くだけでもヤバい事態だ、と理解を示したタチアナとナタリアだけでなく、話自体を持ってきていたナベリウスですらその様な反応を示していた。
「…………ねぇ、リーダー?
さっき、オジサンの説明で事態そのものは理解してくれていたと思うんだけど、違わないよねぇ?
それで、どうやったらその答えが出て来るのか、聞いても良いかなぁ?」
「ん?いや、なに。
確かに、慣習としてはそうなんだろうし、今更になって取り込もうとしてくれちゃってるのにムカつく訳だけど、だからと言って全部向こうの言う通りにしてやる必要は無いだろう?
なら、わざと参加して、企みを無茶苦茶にしてやったとしても、別段俺達の自由、って事じゃないか?
何せ、俺達別にこの国の住人でも冒険者って訳でも無いんだし、いざとなったら別の国に駆け込んでも良いんだし、ねぇ?」
そう言い切って笑って見せるアレスの顔は、この世に物語の悪魔が存在しているのだとすれば、こういう顔をしているのだろう、とこの場に居あわせた者に思わせるだけのモノとなっていたのであった……。