『追放者達』、攻勢に出る・4
足下から忍び寄って来た根による拘束と頭上にて展開された巨大な魔法陣。
そこに載せられた術式の規模を見る限り、直撃を受ければまず生きていられる事は無いだろう、と直感的に思わせる絶望的な状況。
正しく、彼ら『追放者達』をしても絶体絶命と言わざるを得ない様な、そんな状況。
しかし、彼らの表情には、よもやこんな事まで出来たなんて!?と言う驚愕こそ浮かんではいたものの、もう駄目だお終いだ、と言った絶望感は一切浮かんではいなかった。
それは、何故か?と問われれば、理由としては至極単純なモノ。
彼らにとって、絶対的に信頼出来る、この状況を放置する事無く逆転させてくれるであろう存在が、この様な盤面をわざわざ見過ごすハズが無いから、である。
元に、彼らの頭上に展開された魔法陣から、破滅的な光条が解き放たれようとしていたその時。
直前まで鬱陶しかったであろう敵を撃滅出来る、との愉悦に単眼と口元とを歪めていた異常個体が、唐突に絶叫を挙げながらその巨体を文字通りに捩り揺らして藻掻き苦しんで行く。
その様は正しく地獄の官吏に拷問を受けている、と言われたとて素直に納得出来たであろう程に凄まじく、放たれた絶叫は物理的な破壊力を持つ衝撃波として周囲へと広がり、固く巨大な樹木としての身体を無理矢理に捩っている事から、そこら中からバキバキメキメキと硬い繊維が壊れ、千切れて行く音が響き渡って行く。
当然、攻撃用にと展開されていた根もコントロールを手放したらしく無秩序に振り回されて周囲の通常個体を叩き潰している為にそちらからも悲鳴と共に逃げ惑う個体が続出し、それに加えて術式の制御すらも手放してしまったのか発動直前となっていた魔法陣すらも、込められていた魔力の輝きを最後にして粉々に砕け散って消滅する事となってしまう。
そこまで取り乱し、ダメージを負い、狂乱した様子を見せていれば、当然の様に周囲へと展開されていた魔力障壁も乱れを生じさせ、彼らの身体に発生していた不調も完全に、とは行かないもののある程度の改善が見られる様になった。
同時に、彼らの足下を拘束していた根もそれまでの力強さを失ってただ巻き付いているだけ、と言った状態になり、更に言えば彼らの眼前にて聳え立っていた根の壁も、それまでの一分の隙も無い、と言わんばかりに並んでいた様子からは一変し、グチャグチャに振り回されるだけで防壁としての役割を放棄する形となっていた。
…………これは、間違い無く絶大のチャンス。
そう確信した彼らであったが、下手な樹木の幹よりも太く、長く、硬く、それでいて持ち主が狂乱しているが故に無作為に振り回されるソレらを掻い潜って本体へと接近する、と言う行為の危険性に、思わず一足飛びに踏み込む事を躊躇してしまう。
「馬鹿野郎!?
何躊躇してやがる!殺ると言ったんだから、さっさと殺りやがれ!でないと、こっちもそうそう保たないんだぞ!?」
折角のチャンスを前にして躊躇いを見せてしまい、咄嗟に飛び込む事が出来ずに居た彼らの頭上から、その場に居なかったハズの声が降り注いで来る。
足を止めた彼らに対する発破とも、それとも臆病を見せてしまった事への罵声とも取れるその言葉を発したのは、未だに身体を振り回して絶叫を放っている異常個体の単眼、その付近に一人でしがみついているアレスその人であった。
一行から姿を消していたハズの彼が、何故そこに?
その答えは単純にして明確。
『ずっと姿を消して潜んでいたから』
一人スキルを複数発動させて姿を隠し、その上で異常個体に対しての致命の一撃を差し込む為に間近に潜み続ける。
それは、かなり分の悪い賭けにして、かなりの危険を伴う行動であった。
異常個体が視覚やその他の感覚器に頼らない知覚を持っていたとした、それだけであっという間に認識されて単独でいた彼は討たれる事となっただろう。
また、彼が長く潜み、その影響にて皮膚すらも爛れ始めている程に蝕まれた異常個体の魔力障壁の内側を尋常ならざる手段にて認識する事を可能としていたとしても、彼は詰んでいた事だろう。
が、幸いな事にそうなりはせず、アレスは仲間の窮地を救いつつ、異常個体に対して特大のダメージを負わせる事に成功していた。
全身を蝕まれながらも巨大な単眼へと突き込まれた刃を伝って体内へと放たれた灼熱の業火は、本来火属性に対して強い耐性を持っていたハズの『竜』の内部を灼き尽くし、致命傷を負わせたその時のソレよりも位階が上がった事によってより強力なモノとなっており、生体であるハズの異常個体の眼球を沸騰させ、溶解させ、蒸発させながら体内を駆け巡って蝕んで行く。
とは言え、ソレをなした彼に余裕が在る、と言う訳では無く、寧ろ絶体絶命の危機に近しい状態に。
何せ、全身を異常個体の魔力によって蝕まれた状態のままで高難度・高出力の術式を行使・維持しながら、未だに狂った様に暴れ続ける異常個体の身体に突き立てた得物を頼りとしてしがみつき続けているのだ。
継続して与えられるダメージに加えて思考の大半を割いてどうにか手中に収め続けている暴れ馬を宥めつつ、その上で身体がバラバラにされそうな勢いで振り回されているのだから、寧ろ危機的な状況にあるのは彼の方である、とまで言えるだろう。
現に、彼が仲間達へと発破を掛けた理由としては、やはり最大のモノは自身が作り出した特大の隙を無駄にしてくれるな、と言うモノであったが、さっさと倒して助けてくれ、と言う気持ちが無いでは無かったし、どちらかと言うとそちらの方が強く思ってすらいたりもする。
そんなアレスの叫びを受け、その真意を汲んでか、もしくは自身が言い出した事なのだから、と奮起したのかは定かでは無いが、固まっていた中から盾を構えてガリアンが飛び出して行く。
目指すべき場所であり、邪森華魔人の弱点の一つである植物にしか見えない下半身部分へと目掛けて、猛然と突き進んで行った。
狂乱している異常個体によって、未だに根が振り回され、周囲を破壊している。
自身の胴程の太さを持つ物体が凄まじいまでの速度にて振り回され、叩き付けられた地面が罅割れる程の破壊力を持つ事に背筋を寒くしながらも、狼は止まる事無く駆け続け、時に直撃しそうになったモノを打ち払いながらも目的地として定めて居た場所へと辿り着く事に成功する。
だが、そうして辿り着くまでにそれなりに時間を使ってしまった事と、途中で遂にアレスが振り払われてしまう、と言ったアクシデントが重なった事もあり、異常個体の拘束は解除されてしまう。
苦痛の原因を取り除く為にか損傷した眼球を自ら体外へと排出し、一から作り直す事で急速回復させて視界を確保する事に成功したからかその狂乱は収まってしまい、吹き飛ばされたアレスを救助に向かったり、周囲の根や通常個体の対処に追われていたり、として直近にはガリアンのみが存在している状態となってしまっていた。
故に、先の苦痛を与えてくれた原因は、そこにいた存在であろう、と判断するのはある意味で当然であった。
その為、自身による操作を取り戻した根を持ち上げて叩き潰そうとする事や、再び通常個体を産み出して襲わせる為に産出口を開放し始める事は、そこまで間違った選択肢では無かった、と言えるだろう。
…………だが、既に至近距離へと到達し、手を伸ばせば異常個体の本体へと触れる事すらも可能としていたガリアンが、普段であれば上部へと向けていた方の縁を前へと突き出し、本体へと突き付け、腰を落としてその場に構える方が断然早く、また彼が手元を操作して、周囲へとそれまでの異常個体の絶叫よりも凄まじいまでの轟音を響き渡らせる方が遥かに早く済まされてしまうのであった……。
取り敢えず戦闘終了
次回リザルトとガリアンが何をしたのか?の解説(予定)