『追放者達』、準備を終える
「━━━━と言う訳なんで、俺達は暫くこの辺りを離れますけど大丈夫ですよね?」
「随分と唐突ですね!?」
取り敢えず、ではあったものの行き先を決定したアレス達『追放者達』は、早速行動を開始した。
と言っても、別段決定即旅程開始、と言う程極端なモノでは無い。
要するに、挨拶回り、と言うヤツだ。
何せ、手紙以外の長距離連絡手段がほぼ存在しない(無い訳では無いが)この世界に於いて、特定の人物の現在地の消失、と言うのはほぼイコールにて『失踪』と言う扱いになる。
それが、ただの可もなく不可もない様な冒険者であれば何処にも何も言わずにフラリと、と言う事も出来ただろう。そして、周囲に対する影響や印象も、あぁそんなの居たな、程度で済むかもしれない。
が、稀に、と言う程度であれ、それなり以上に重大な依頼を投げられたり、厄介な塩漬け依頼を投げられたりするS級冒険者が、何の報せも無く唐突にその居場所を眩ませる、だなんて事態になれば各方面に対して多大な騒ぎが発生する羽目になるのは目に見えている。
そして、それはアレス達としても、友人知人知り合い達に対して心配を掛けたくは無い、と言う意味合いにて同じ意向であり、戻って来た後で面倒事が残っていられる方が厄介だから、と言う理由もあって、こうして各所に挨拶回りをしている、と言う訳なのだ。
ちなみに、リーダーたるアレスは長期での離脱に伴う各種手続きと、半ば専属での窓口担当となっているシーラに対する挨拶も兼ねて冒険者ギルドの担当として単身訪れている。
行動を共にしようとしてセレンも多少ごねていたが、会う予定の相手がシーラのみである事と、今更他に目移りなんかするハズが無いだろう?との半ば呆れと共に放たれた言葉(+熱烈なハグ)によって表面化しかけていた悋気を鎮められた事により、彼とは別の場所へと挨拶回りに向かっていたりする。
「唐突である事は否定しないけど、だからと言って別段『しちゃいけない事』って訳でも無かったハズだろう?」
「いや、それはまぁ、そうなのですが……。
だからと言って、些か急に過ぎるのでは……?
もう少しして気温が弛み、行動しやすくなってからでも、良いのでは?」
「でも、ほら。
そうすると、今度は魔物だとか盗賊だとかの動きが活発化して、それらに対する依頼だとかで俺達の身動きが取れなくなるじゃん?
そうなる前に、取り敢えず行っておきたいな、って意見で纏まったんでね」
「えぇ……じゃあ、アレス様に投げる予定だった依頼はどうなるんですか……」
「それこそ、例の『勇者様』に寄越して下されよ。
その方が、余程安全で確実に事が運べるでしょうに」
「…………正直、あのタジマ様を『勇者様』と呼ぶのに、私は違和感が強いんですよねぇ……」
物憂げな表情にて、溜め息と共にそう溢すシーラ。
そんな彼女の反応を、珍しそうにアレスは眺める。
普段であれば、余程頭が残念な冒険者か、もしくは少ない依頼金で無茶振りをかましてくれる依頼主でも相手にしていない限りは、基本的にそこまで大きく表情を変化させる事が無いシーラ。
怒り等にて威圧感を出している時ですら笑顔を崩さないその姿勢から、陰で『笑顔の仮面を着けている様だ』とも皮肉られている彼女が珍しく感情を顕にした事でアレスも興味を引かれたのか、はたまたこの後は特に予定も無かった為に暇だったからかは不明だが、彼女との会話を打ち切ること無く続けて行く。
「…………え?マジ?
半分、冗談位のつもりで言ったんだけど、もしかして冗談になってなかった感じです?
そんなにアイツヤバいんで?それとも、この短期間でそこまでアレなやらかしでもしました?」
「…………そう、ですね……。
純粋に、こちらの常識に疎いので予想外の事を仕出かしてくれる、と言う事もそうなのですが、彼らでアレス様達の代わりが務まるのか、と言われると少々……いえ、かなり不安なのが現状でして……」
「え?アレだけ、大層な事を吠えておいてまだ、ですか?
もう、アレから一月と半分、位は過ぎましたよね?」
「えぇ、正しくその通りです。
私としましても、アレだけのサポート体制を整え、その上でアレだけの強気な発言をされていた事からさぞや速攻で駆け上がってくれるのでは?と期待していたのですが……」
またしても溜め息を吐くシーラ。
胸の下で腕を組み、その上で自らの頬に手を添えての仕草は物憂げな空気を纏うと同時に彼女の整ったスタイルを強調するモノとなっており、偶々なのかそれとも彼女が目当てであったのか、ギルドへと来ていた冒険者の内の何名かの視線を釘付けとする事になっていた。
が、既にセレンと言う最愛を得ており、その上で進むべき所までは進んでしまった関係性となって毎晩の様に貪……喰わ……同き……愛し合っているアレスには耐性が出来ており、その上でその仕草が半ばトラップである、と理解していた為に他の冒険者の様にその程よく実った双児山へと視線を奪われる事にはならず、少し前の事へと記憶を馳せる。
と言っても、特に何かしら特別な事があった、と言う訳でも無い。少なくとも、彼にとってはそこまで重大な事態では無かった、と言う認識だ。
そう、ただ単に、以前彼らに向かって絡んで来た『勇者』を自称する少年が、またしても懲りずに彼らに対して絡んで来た、と言うだけの話なのだ。
アレス達『追放者達』としては、遭遇当初の態度やら彼らの行動理念等から全くもって関わるつもりは無かったのだが、そうであっても相手から絡まれたのであれば対応せざるを得なくなる、と言うのは世知辛いが『世の理』と言うヤツだ。
おまけに、見るからに自分達の中でも最年少であるタチアナ(だいたい16)よりも年下に見えていた、と言う事もあり、あまり適当にあしらう事も、完全に無視して素通りする、と言う事も憚られてしまった為に、仕方無く、本当に仕方無く対応する羽目になってしまった、と言う訳なのだ。
とは言っても、別段得物を抜かれて決闘やら乱闘騒ぎに発展した、なんて事では無い。
ただ単に、彼が得た仲間達をアレス達に自慢し、彼らが持つ昇進の記録を自分が塗り替えて見せる!と自信満々かつ一方的に宣言して来た、と言うだけなのだが。
尤も、アレス達『追放者達』のメンバーからしてみれば、タジマ少年の言う『自慢の仲間』に関して言えば少々処か多分に見覚えのある顔触れであったし、半ば和解済みである者も多いとは言えそうそう顔合わせしたい訳でも、和やかに言の葉を交わす様な間柄に戻っている訳でも無いので、微妙な顔をせざるを得なくなる、と言う程度である。
更に言うのなら、彼らの昇級に関しては特に意図して狙っていた訳では無い。
寧ろ彼らよりも短期間で登り詰めた例は過去にも何件か在るし、彼らからすれば仲間達の実力が在れば昇級しない方がおかしい、と思っている節すら在る程だ。
…………なんて事があってから、約一月と半分が経過して現在。
ソレだけの大言していたのだから、自分達が抜けたとしてもその穴を埋められる程度にはなっているだろう?と思っての発言だったのだが、そうはなっていなかった、と言う事らしい。
「…………まぁ、だとしても俺達の予定は変わらないんですけどね?
今は依頼も少ない、とは言っても皆無では無いのだし、増え始める春先までそれらで鍛えられてくれる事を願ってますよ」
しかし、かつて打診(とも言えないアレ)を断っている実績を持つが故に、自分達とはほぼ無関係だとバッサリ切り捨てるアレス。
特に予定を変えるつもりも、協力するつもりも無い、と言外内問わず無慈悲に告げると、自らに振られた前準備は終えた、とばかりに受付を後にする。
そんなアレスに対してまだ言いたい事があったのかシーラが追い縋ろうとするも、暗殺者特有(?)の距離感を掴ませない特殊な歩法によってスルリと回避し、呼び止めようと投げ掛けられた言葉を背中で受けながらギルドから退出して行ったのであった。