暗殺者、防がれる
「………うわぁ、マジかぁ……」
思わず、と言った感じでアレスの口から呟きが零れ落ちる。
自らの行いの結果を目の当たりにしてのモノであったが、その現象の原理を鑑みれば彼の呟きも宜なるかな、と言うモノだと理解出来るだろう。
そも、この世界に於いて『結界』や『障壁』と呼ばれるモノには幾つかの種類が在る。
彼の仲間であるセレンが得意とする魔法や奇跡によって防御力を持つ『壁』を発生するモノや、特定の条件を揃える事で空間の位相をズラしたりして『そこに居ない』状態を作るか『別の空間を挟んで隔離』したりと、やり方は様々である。
そして、そのやり方の内の一つに、『魔力障壁』と呼ばれるモノが在る。
名前の通りに、対象となる存在が生産し蓄えている魔力を周囲の空間へと放ち、満たす事でそこへと放たれた魔法を防ぐ、と言った類いのモノだ。
魔力さえ持ち合わせていればやろうと思えば誰にでも出来るモノであり、そう言った側面だけを見たのならば最早技術と言うにも烏滸がましいレベルだと思える程だ。
…………が、コレを実践的な意味合いにて使用する者は、人や魔物を問わずして、基本的には存在していない。
それは、何故か?
答えは簡単。
ソレでまともに攻撃を防げる位の出力と技術を持っているのならば、他の術式等を使って防御した方が遥かにマシな結果を得られるから、だ。
魔力障壁による防御とは、即ち『相手が放った魔法よりも多い量で放った自身の魔力で防御する』方法である。
つまり、相手が放った『魔力十』の魔法に対してこちらが『魔力十以上』で対抗してそれに打ち勝つ、と言った現象の事を総じてそう呼んでいるのだ。
ここだけ聞けば、一見便利な手段なのでは?と思うモノも多くいるかと思われる。
確かに、聞くだけであればそうも思えるかもしれないが、実際にソレを使ってみるとどれだけ無駄が多く使い難いかがよく分かるだろう。
まず、原理的な『相手が放った魔法に込められた魔力よりも多くの魔力を使って防御する』と言った方法だが、これが最大のネックとなっている。
そもそもの問題として、ソレを成すのにどれだけの量の魔力が必要となるのか?と言う点だ。
相手が放った魔法に合わせてこちらが放つ魔力量を調整すれば良い、確かにそうだろう。
ソレが出来れば、途中で術式の構築を挟む必要すら無くなるのだから、展開速度等も向上する事になるのは間違い無いだろう。
…………だが、そもそもソレをどうやって見極めれば良いのか?と言う話しだ。
原理を鑑みれば、相手の魔法に込められた魔力量を上回ればそれで良い、とは言える。
ならば、相手の魔力量が十程度であれば別段『十一』を目指さなくても良いのだ。
それこそ、十二でも十五でも二十でも良いだろう。
厳密に言えば『一でも上回っていれば良い』と言う訳でも無いのだから、寧ろその方が確実かつ堅実に事が為せる、と言う意味合いに於いては正解とも言えるかもしれない。
…………が、それはあくまでも相手が使ってきたのが魔力量十程度、階級で言えば最低の『魔術』並のモノであれば、の話し。
魔法とは、行使される階級が一つ上がればそれだけで出力は十倍近くに跳ね上がる傾向が在る。
そして、低級であればほぼ存在しなかったであろう出力のバラツキや、着弾までのタイミングのズレ等を生み出せる技術等により、より高度な判断と魔力量を必要とされるようになって来る、と言う訳だ。
一度周囲へと展開し、充満させた魔力は『思ったよりも相手の魔力量が少なかったから』と引っ込めて再利用する事が出来る、と言う訳では無い。
おまけに、一度展開すれば二度三度と使い回せる、と言う事も無く、また障壁として使用するには相手の魔法の着弾とタイミングをかなりシビアに合わせる必要が在る為に、割と高等技術である、と言っても間違いでは無いだろう。
そう言った観点からすれば、定量の魔力である程度はどんな魔法に対しても対応が可能な神聖魔法や結界術式による結界や、必要経費として莫大な魔力と高度な術式管理力が必要とされるものの基本的に突破される心配の無い次元断層等を用いて防御する方が簡単だし、魔力も少なく済む上に、物理的な攻撃であっても防御する事が可能となっている。
難易度、と言うよりも最早適性のレベルでの話になるが、要するにそんな手段を使う位なら幾らでも他に手立てはあるし、寧ろソレが使えるなら正規の手段を用いた方が余程安上がりで済む、と言う事なのだ。
そして、それらの要素(適性や判断力)を満たせている、とはとても思えない目の前の異常個体がソレを為せている、と言う事はつまり、常時一定量以上の魔力を周囲へと垂れ流しにしている、と言う事になるだろう。
確かに、理屈として不可能では無いが、言ってしまえば蝋燭の火を消すのに常時消火栓を開けっ放しにしている様なモノである。
当然の様に、到底尋常な存在であれば為せる行為では無い。
ソレが出来るとするのならば、一部の超が付く程の高位の魔物、それこそ彼らが以前遭遇したソレよりも成長し、成熟した竜の頂きに近い存在であれば可能とするかもしれないが、普通はそんな事は出来ないし、しようとすればほんの数分程度で体内から魔力を絞り切り、ミイラに成り果てる他に末路は用意されていないだろう。
そこまで一通り考察しながら得物を振るっていたアレスは、再度苦々しい表情を浮かべる事となる。
何せ、そうして考え付いた結果として、やはり自身のみでは押し切れる絵図が見えて来なかったから、だ。
外見の通りに、恐らくは本体としてもそれなり以上の頑強性を持っているのだろう。
そこに合わせて、幾ら全力全開と言う訳では無く、その上で術式としても火力よりも展開性を優先して『槍』を放ったとは言え彼の魔法を防いで見せるだけの規模の障壁を展開してもいる。
流石に、全力で火力極振りな術式を選択して直撃させれば出力差で突破出来るとは思うが、ソレをするだけの時間を与えてくれる程、気長でも間抜けでも無いらしく、先程から突き上げの頻度が高まって来ているのを感じていた。
かと言って、近接して自身の刃を振るって両断出来るか、と言われると、あくまでも暗殺者であるアレス本人の腕力では少々心許無い、と言わざるを得ないだろう。
…………人型やそれに準ずる形、大きさの相手であればまだしも、この様に大きく形や大きさが外れたモノ相手に対する物理的な火力による打点力が乏しいのが、自身最大の欠点である。
そう認識しているアレスは、やはり合流するべきか、と先程とは真逆の思案を走らせる事となってしまう。
火力担当の二人と合流し、その上でタチアナからの支援を受けられれば幾らでも手立ては浮かぶし、最悪火力に任せたゴリ押しでもどうにかする事は出来るだろう。
かつての粘性体よりは余程常識的であるし、あれ程の攻撃性も持ち合わせてはいない様子であるから、彼らであれば選択出来る戦法ではあるものの、やはり一般的には『無謀』と称されるであろうやり方であるのは間違い無いのだろうが。
そんな風に思っていると、何やら背後が騒がしくなってきているのをアレスは感じ取る。
会話やざわめき、と言ったモノでは無く、戦闘を行っている際に発生する騒音の類いが、それまでのラインよりも手前に、前線へと近付いて来ている様に感じ取れたのだ。
彼の周囲へと展開していた従魔達も、彼らの主が近付いて来ているのを察してか瞳に心配の色を浮かべながらも、その安全を確保し自身の活躍を見て貰おう、と張り切って周囲の通常個体を駆除して行く。
それらの反応から、ポジションを守らなかった事に怒ればよいのか、それとも丁度良すぎる援軍に呆れれば良いのか反応に困りつつも、取り敢えず得た情報を共有する為に安全性と時間を稼ぐべく、彼自身も周囲の駆逐へと行動を切り替えてゆくのであった……。