『追放者達』、異常個体と戦闘する・3
一人先行する形で行動し、かつある程度の情報を集めながら異常個体の懐へと潜り込もうとしているアレスが、従魔達を伴って駆け出そうとしていたその後方にて。
本来、盾役として最前線に立っているハズであったガリアンは兜の内側にて苦い表情を浮かべていた。
「…………くっ!
あの馬鹿者め!前に出過ぎであろう!
これでは、手出し出来ぬではないか……!」
手にした大盾にて襲い掛かって来る邪森華魔人を撲り付けて爆散させ、手斧にて頭の先から本体まで真っ二つにし、装甲に覆われた足による蹴撃によって圧し折りながら他の個体目掛けて吹き飛ばし、纏めて転倒させて次が来るまでの時間を稼いで行く。
それらの手順を滞り無く熟して行く彼の口から溢れた悪態は、何もアレスが功を急いて独断専行したが為に出されたモノ、と言う訳では無い。
寧ろ、彼にそうして単独にて先行させる事となってしまっている現状に対する苦々しさから吐き捨てられたモノ、と言うのが実情には沿った表現だと言えるだろう。
元来、パーティーの危機に対して真っ先に向かって行くのが、彼が務める『盾役』と呼ばれる役職だ。
敵からの攻撃を受け止め、耐え切り、味方の安全を確保した上で適切に攻撃を通して撃破する為の、絶対に倒れてはいけない壁が彼の存在意義である。
故に、現状の様に、敵がどの様な存在で、どういった行動を取り、如何なる攻撃を仕掛けて来るのか、と言った情報を集めるのは彼の仕事なのてある。
現在、最前線にて情報を引き出しているアレスは、開戦前であるのならばいざ知らず、こうして戦いが本格的に始まってしまった以上本来ならばその一歩後、出揃った諸々を加味してどの様に攻略を組み立てるのか、を考える事こそが彼の仕事であるハズなのだ。
リーダーとしての責任感も持ちつつ、既にパーティーで行動する事に慣れている彼が、自身の役割を忘れて暴走している、だなんて事は有り得ない。
では、何故その様な事になってしまっているのか?
…………それは、現状ソレが可能なのがアレスしか居ないから、である。
先ず前提として、盾役であるガリアンは最前線にて敵の情報を収集する、と言う役割の他に、重大な役割が在る。
それは、他のメンバー達を絶対に守る、と言う盾役として最重要な仕事だ。
そして、現在正体すらも良く分かっていない巨大な敵が目の前におり、かつ数を頼みとして人海戦術を仕掛けてくる相手も同時に存在している。
そんな状況の中、ただでさえどうやったら死ぬのかちょっと分からないヒギンズと、どうやってもどうにかして生還してきそうなアレスは兎も角として、半ば非戦闘要員に近しい二人と共に、パーティー内部で回復役を務めるセレンを放置して最前線に上がる、と言った様な事は、例え死んだとしても彼には出来なかった、と言う訳なのだ。
コレが、通常の魔物の異常個体や変異種、と言った程度の相手であれば、また話は違ったのだ。
そう言った手合であれば、基本的に元となった魔物とそう大きく異なる行動を取る事は珍しく、そちらの情報を把握していればある程度の安全地帯を察する事は難しくないし、そう言った場所に彼女らを預ける事が出来たのならばガリアンも諸手を挙げて最前線へと突撃する事も出来ただろう。
だが、今回の様に元となった魔物は辛うじて分かっているが、その規模や攻撃方法はほぼ別物と言っても過言では無い様な存在相手には、そうも言ってはいられない。
何時、何処に居たとしても、相手の攻撃の手が彼女らに届かないと言う保証は何処にも無く、どれだけ離れていれば安全とも言えない状況にあると言えてしまうからだ。
…………せめて、周囲を埋め尽くさんとしている邪森華魔人がどうにかなっていれば、また話は違ったのだろうが……。
内心にてそう苦々しく呟いたガリアンの視線は、やはりアレスの背中へと向いている。
高い回避力と俊敏性を持ち、職業だけでなく彼自身が磨いた技能として持ち合わせている隠密性は、例え戦闘中であったとしても一度視線を逸してしまえばその姿を見失わせる事すらも可能とする程であったし、剣術や魔術によって高い火力も持ち合わせていて、一見欠点の無い完璧な人材となっている様にも見える。
本人は否定するであろうが、正に『万能』と冠を付ける事に価するだけの功績と能力を持ち合わせている、と言っても過言では無いだろう。
が、そんな彼にも弱点は当然の様に存在している。
それは、比較的防御が弱い、と言う点だ。
これは、彼の身体が貧弱だ、と言う事では無いし、本人が自覚していない、と言う事でも無い。
ただ単純に、パーティー内部で比較すると、身の軽さを優先して重装甲にする事が出来ない彼は、比較的打たれ弱い、と言える立場になってしまうからだ。
重く硬い鎧で身を守る事は出来ないし、セレンの様に結界を張って攻撃を防ぐ事も、従魔を盾とする事も、生まれ持った身体的特徴等にて防御する事も、相手の攻撃を弱める事も出来はしない。
辛うじて、磨いて来た技量によって立ち回り、攻撃を先読みして確実に回避を選択する、と言った、寧ろそちらの方が難しいのでは?とツッコミが入る事間違い無い手法のみが彼の身を守っている、と言えるだろう。
そう言った意味合いでは、彼は要警備要員たるセレンよりも薄く頼りない装甲にて、最前線へと飛び込んでいる、と言えるのだ。
そんな相手を、心配せず、守ろうとせずに盾役を名乗れるハズも無かろうと、彼は兜の内に隠された口元をギリリと噛み締めて行く。
一層の事、彼女らも伴った状態にてアレスと同じ位置にまで駆け上がり、状況を根本から変化させるか?とも彼の脳裏で思考が走る。
何処が安全圏なのか分からない、と言う事はつまり、何処に居ても攻撃を受ける危険性は変わらない、と言う事でもある。
ならば、守るべき相手が一所に集まってくれている方が彼としては絶対に守り易い状況になるし、攻撃を受けてしまえば致命傷となりやすいアレスがわざわざ危険を犯す必要性は相対的に下がる、とも言えるだろう。
おまけに、その高い攻撃性から対多数に於ける駆逐性能はパーティーの内部でも最上位に値するのだから、周囲の邪森華魔人を払うにしても、遥か前方にて聳える巨木たる異常個体に対処するにしても、最適な大駒が一つ浮く事となる。
それに、魔法の扱いに長けてはいない、寧ろハッキリと言えば然程使える訳でも無い、と自覚しており、最早『手の届く範囲でしかどうにか出来る事は無い』と公言すらしているガリアンとしては、そうして『手の届く範囲』に相手が近付く事に関しては寧ろ万々歳にて大歓迎する心持ちだ。
いざとなれば、素早く動き回る様な存在が相手であるのならばいざ知らず、現在相対しているどっしりと構えて動かない、と言った手合に関しては新たに仕入れた『仕掛け』が有効打となりうるのではないだろうか?と試し打ちも兼ねた機会に心躍らせ始めていた。
なので彼は、幾度目かと数えるのも億劫になりつつあった迫り来る邪森華魔人を蹴散らすと、仲間達へと前へと上がり、最前線へと近寄って行く事を提案する。
そしてそれは、現状の数を頼りに圧し潰されそうにも思える現状を改善する最良にも近しい手段である、と認識されたのか、普段であれば慎重な意見を反論として出して来るハズのセレンをしても二つ返事にて肯定され、受け入れられる毎事となったのであった。