『追放者達』、異常個体と戦闘する・2
手近に居た個体の群れを薙ぎ払って無理矢理に空間を作り上げたアレスは、一人先行する形にて目の前に聳え立つ巨木、もとい邪森華魔人の異常個体と思われるソレへと目掛けて吶喊を仕掛ける。
始めてから現在に至るまで、絶える事無く通常個体の邪森華魔人が吐き出され続けている事もあり、やはり事を動かすには大元を叩く方が効率が良いだろう、と判断しての行動であった。
特に打ち合わせがあった訳では無く、また一言掛けられてからの行動でも無かった為に、他の仲間達は一瞬のみアレスの行動に動揺した様な感情の揺らぎを見せる事となったが、それも本当に一瞬のみの出来事であり、次の瞬間には自分達の近くに迫っていた個体から確実に片付けつつ、異常個体との距離を陣形を保ったままで徐々に詰め始めていた。
本来ならば、真っ先に最前線へと赴かなくてはならないガリアンは、防御力が高い代わりに鈍足(仲間内比)である為に最速であるアレスに中途半端に追従するよりも、少しでも周囲を片付けてさっさと合流する事が良い、と判断しての事であったし、他の四人としても同様の判断であった。
とは言え、流石に紙耐久に近い暗殺者のアレスのみを先行させるのは不味い、と判断してか、彼と比較的行動速度が近しい森林狼達が追従し、周囲から彼へと襲い掛かろうとする邪森華魔人達を切り裂き、噛み砕き、吹き飛ばして蹴散らして行く。
そんな心強く力強いモフモフ達を、走りながら軽く一撫でして感謝の意を伝えながら、目の前に悠然と佇む巨木に対して速度を上げて駆けて行く。
…………そうして、一人先行したアレスが森の中の広場の中央付近へと到達し、広場の反対側奥に聳える異常個体との距離を半分程に詰めた頃であった。
彼が常時展開しているスキルの一つである『気配察知』に、自身の足下にて何か動くモノが在る、と反応が返って来たのは。
アレスは、咄嗟にその場から飛び退いて後退する。
折角稼いだ距離を浪費するのは現状痛いが、それでも相手は何が出来て何が出来ず、かつどんな手段を用いて何をしてくるのかすらも良く分かっていない様な存在であった為に、唐突に起こった足下での反応は絶対に碌でも無い事だろう、と判断しての緊急回避であった。
そんな彼の考えを知ってか知らずか、もしくは単純に野生の本能が齎す超感覚による賜物かは不明だが、ほぼ時を同じくして森林狼達も足下での異変を感じ取ったらしく、アレスと同様にその場から飛び退いて離脱を図る。
が、一頭だけそうしようとしたのとほぼ同時に近くに迫っていた邪森華魔人からの攻撃を受けてしまい、ほんの数秒程度とは言え、防御するにしても反撃するにしてもその場で固まる事となってしまう。
その数秒が判定の明暗を分ける事となったらしく、右前足に白い模様のあったその森林狼は、攻撃を仕掛けて来た邪森華魔人の個体と共に、地面を割り裂いて出現した『何か』に絡み付かれ、巻き付かれて拘束される事となってしまう。
人の腕程の太さを持つそれは当然の様に土に塗れており、傍から見ている限りではその正体を伺う事は困難であったが、先の挙動と現状から察するに、恐らくは異常個体の根こそがその正体であろう、と思われた。
よもや、自分ごと絡め取られる、とは思ってもいなかったのか、森林狼と同時に絡み付かれた邪森華魔人は驚愕と恐怖とが入り混じった様な叫びを挙げる。
脱出しようと藻掻き、暴れ回るが絡んだ根が緩む事は無く、上半身である人型の部分の肌が切れ、緑色の体液を流す様すらも見て取れた。
が、邪森華魔人にとっては必死になっても解けない拘束であったとしても、ナタリアの従魔として様々な視線を潜って来た彼らにとっては不足であったらしく、身の一振りにて拘束を無理矢理破壊して見せる。
水浴びの後に身体を揺すり、毛に含まれた水分を吹き飛ばそうとしているかの様な振る舞いであったが、彼らの身体に秘められた純粋なパワーを以ってすれば、それだけでどうにかなってしまった様だ。
…………しかし、その様子を目の当たりにしたアレスの表情は、あまり芳しいモノとは言えない状態となっていた。
何故なら、その一連のやり取りによって彼は、自身が捕まった場合には自力での脱出は少し難しいモノとなるだろう、と判断を下したからだ。
確かに、彼は『暗殺者』としては筋力にも秀でているし、下手な力自慢の前衛剣士程度であれば片手で捻じ伏せる事すらも可能としている。
その上、支援術師であるタチアナからのバフを受ければ、その剛力は留まるところを知らず、確実に相手の命脈を絶ち切る事となるだろう。
…………が、そんな彼の腕力とて、このパーティーメンバーの中では最上位、と言う訳では無い。
どちらかと言うと、彼の腕力のランキングとしては、其処まで高くは無い、と言うのが実情だ。
そも、最前衛にして最も装備重量の大きなガリアンを始め、ポジションこそ中衛になってはいるが種族特性によって基礎筋力が半端では無い状態となっているヒギンズの二人に対しては、純粋な筋力、と言う意味合いに於いては逆立ちした処で勝つ事は出来ないだろう。
おまけに、素の身体能力で言えば人間を遥かに上回る従魔達まで加わっている為に、彼自身が持つ素の身体能力で言えばそれなり、程度になってしまうのだ。
最大出力の身体能力強化に加え、タチアナからのバフを受けたとしても、精々が速度と持久力に優れた森林狼達と並ぶかその少し下。
腕力特化の月紋熊のヴォイテクや、ガチガチの前衛であるガリアンだとかヒギンズ等と比べてしまうと、彼本人が持ちうる技術を動員してどうにか比べられるか、と言った所であったりする。
なので、捕まった森林狼達が、比較的余裕そうに脱出は出来ていたとしても、その拘束が全力本気で行われたモノである、との確証は無い上に、僅かながらであってもその毛皮の防御を貫いてダメージを負わせる結果となっている以上、アレスが拘束を受けるのはあまりよろしい結果には繋がらないだろう。
彼の扱える魔術も併用すれば幾らでもどうにでもなるかも知れないし、先の挙動を見る限りでは拘束を受けるとほぼ同時に行動不能なレベルでのダメージを負う事になる、と言う訳では無い様にも見える。
が、一々拘束を解く為だけに高出力で魔力を消費していては本体に辿り着いた時に何も出来なくなってしまうし、ダメージの回復とて回復役たるセレンが居るとは言っても、無闇矢鱈と連発して良いモノでも無い。
おまけに、そうして攻撃を受ける事で、仲間達の行動が確実に一手遅れる事となるのは間違い無いので、ソレを防ぐ為にもやはり拘束を受ける事は回避するより他には無いだろう。
そんな結論をアレスが出していると、再び足下から何かが蠢いている気配を感知し、またしてもその場から退避する。
が、今度は先の様に大袈裟に飛び退く様な事はせず、最低限の回避行動にて事を済ませてしまおうか、と一歩真横にズレるのみに留めてしまう。
直後、寸前まで彼の立っていた場所を、先の焼き増しの様な形にて地中から根が突き出して来る。
当然の様にその場には標的たるアレスは居らず、それでいて隠蔽している訳でも無い彼の姿が視認出来なくなっているハズが無く、当然の様に彼を追い掛ける様にして真横へと軌道を修正して伸び、襲い掛かって来た。
その速度を見極め、同時に手にしている得物を走らせるアレス。
両者が交差した後には、切り落とされて緑色の液体を撒き散らしながら地面へと吸い込まれる様に戻って行く、大元となった根の残りのみであった。
「…………硬い、が、別段断てない程でも無い、か……。
こうして攻撃にも使ってる程の部位なんだから、比較的硬い場所のはずだけど、よもやコレが一番柔らかい部分です、とか言ってはくれるなよ?」
刃を振るい、付着した液体を振り落としたアレスは一人結論を出して頷くと、取り敢えずは距離を詰めない事には始まらない、と判断してか、再び異常個体の元を目指して駆け出すのであった。