『追放者達』、行き先を決定する
本人たるヒギンズ曰く
『素人作りで大雑把なモノ』
であるらしい地図を、全員で頭を突き合わせながら覗き込む。
その様子に、何事なのか?と興味を引かれたらしいナタリアの従魔達が外で雪遊びをするでも無く近寄って来るが、流石にそちらにまで構ってやる程の余裕は無かったらしく、主である彼女であってもその対応はおざなりなモノとなってしまっていた。
その為、と言うわけでも無いのだろうが、片手間とは言えある程度撫でられて満足したモノ、本格的には構って貰えない、と悟ったモノから離れて行き、半ばふて腐れながら暖炉の前を占拠し始めたりもしたが、残る半数は執念深くアレス達の周辺にて座り込んでの撫でられ待機を敢行したり、月紋熊のヴォイテクの様にお気に入りとして特に懐いている相手に対してのし掛かったり絡み付いたり、と悪戯を実行したりと本当に自由に過ごし始める。
故に、アレスは背中から掛かる超重量に、ガリアンやセレンは足元を擽る毛皮の感触にそれぞれ耐えながら、広げられた地図の上へと手を伸ばして行く。
「…………う、ごごごごっ…………と、取り敢えず、この辺が、今居るカンタレラ王国で、こっち側に……この前も行った、ガンダルヴァがある、となると……聖、国は真逆で……間に、幾つか国を挟んでる、みたいだ、が……この辺りの、これ……か?」
「うむ、その様だな。
そして、当方の生国は…………ここ、か?
正直、山を迂回し、谷を避け、河川に沿って動いていた記憶が在る故に、真っ直ぐ来ていたハズは無い、とは理解していたが、こうして見ると大分大回りしていたみたいであるなぁ……これ、悪戯するでない。
足に顎を乗せるのは止め……えぇい、分かった!撫でてやる故、その様な目をするでない!」
「私の生まれ故郷は、位置的にはガリアン様のソレの逆隣方向、となるみたいですね?
ですが……なぞろうと思えばなぞれる程度の距離感、と言った所でしょうか?
ナタリア様の方は……どちらかと言うとヒギンズ様のソレへと向かう間に挟まる様に在る、こちらでしょうか?
…………それと、あまり耳裏や首筋を嗅がないで下さい!擽ったいの……ちょっ!?舐めるのもダメです!?
分かりました!遊んで上げますから!!」
「…………取り敢えず、あっちの三人は暫く使い物にならなさそうだから、アタシらで大枠だけでも決めておこうか?
って言っても、特にどれが最初にしたい、とかの希望が無ければほぼ決まった様なモノだろうけど」
「そうだねぇ。
こうして見れば比較的分かり易いけど、距離やら地理やらから考えると、ルートとしては先ずガリアン君の生まれ故郷の東国から始まって、次に聖国、その次に彼女の故郷の『森人族』の国と『小人族』の国、ソレの次におじさんの故郷によって、最後にぐるっと回ってここに戻りつつリーダーの孤児院に顔を出す、って感じになるかなぁ?」
「距離的にも無理は無さそうなのですし、ボクとしては賛成なのです!
取り敢えず、反対が出なければこのプランで進めれば良いのです?まぁ、ギルドへの届け出やら知り合いへの連絡やらもしなくちゃならないので、今すぐに出発、と言う訳にも行かないのですけどね?」
「おう、それで良いと思うぞ。
…………で、取り敢えずヴォイテクに退く様に言ってくれないか?
俺が自分で退かそうとすると、構って貰えてる、と思って余計にじゃれついて来るんで、暖かいのは良いんだが全然剥がせなく……うごぁ!?」
取り敢えず、ではあるものの、指針を決める事に成功した彼ら。
特に反対するつもりは無かったものの、それでもやはり己の出身地にして既に追放されている場所が最初の目的地、として定められてしまったガリアンは、毛皮に覆われて表情が読み難いその顔を、微妙に、とは言え悩ましげに歪めていた。
それは余計に、月紋熊であるヴォイテクによってのし掛かられ(ほぼ押し潰されている状態)ているアレスが起こしている騒ぎによって掻き消される様な形となっており、普段であれば些細な変化であってもヒギンズ辺りが気付いたのだろうが、今この場に於いてはただ一人を除いて誰も気付く事が出来ていなかった。
「………………大丈夫、なのです」
━━━━きゅっ……!
隣に腰掛けた人物が発した、本当に細やかなその言葉。
比較的鋭敏な感覚を持つメンバーの中に於いても、最も鋭い聴覚を持ち、その上で至近距離にて放たれた事でただ一人にのみ届けられたその一言は、同時に彼の大きな手を優しく握り締めた小さな手の温かさによって、直接彼の胸の内へと届けられる事となる。
「…………大丈夫、なのです。
例え、まだ誤解が解けていなかったとしても、何らかの理由で再び逐われる事態になったとしても、皆は貴方の事を責め立てなんてしはしないのです。
それに、ボクは、何が在ったとしても、絶対に貴方の隣に居るのです。例え、何が在ったとしても、絶対に離れたりなんかしないのです。
例え、貴方が逃げたとしても、絶っっっっ対に見つけ出して、捕まえて、引き摺ってでも『ココ』に連れ戻して見せるので、安心して諦めるのです。そうした方が、色々と楽になるのですよ?」
「…………ふっ、それは、とても恐ろしいな。
当方では、どの様にしても、逃れる事は出来なさそうである。
なら、大人しく捕まっておくのが吉、と言うモノであるかな?」
「なのです!
そうすれば、ボクも貴方も仲間達も、三方良しの大団円なのです。と言うよりも、そうでないとボクは最初から認めるつもりは無いのですよ?
尤も、仮に、もし万が一にも逃げたりした場合には、こうして用意していた縄を、当初のソレとは別の目的で使う羽目になる、と思うのですけど、ね……?」
彼女の言葉によって表情を明るくしたガリアンに向けて、自身も明るい笑顔を向けるナタリア。
その表情には、仲間に対する信頼だけでなく、極親しい間柄へと至っている男女特有の空気感を滲ませており、種族特性とは言え幼く見えるその相貌には似合わぬ程の色気の様なモノを滲ませていた。
が、彼が返答の語尾に付けてしまった余計な一言により、笑顔の質が変貌する。
どこか退廃的な空気を発し、瞳に宿していた光をドロリと濁ったモノへと変化させた彼女が魔力庫から取り出したのは、一本の縄。
特に変哲も無いハズの荒縄(?)は、普段のソレとは異なる雰囲気を纏っている彼女が手にすると、途端に禍々しい空気を発する咒物へと変わり果てた。
何故か、手慣れた手つきにて所々に結び目を付けながら瘤を作りつつ近付くナタリアから、それまでとは異なり本気で及び腰になりながらジリジリと後退るガリアン。
その頭頂に生えている大きな耳は怯えからかペタリと倒されており、腰から生えている長く大きな尻尾も、普段とは異なってダラリと垂れ下がるだけでなく心なしか股下へと潜りそうになっている様にも見て取れた。
そんな二人のやり取りは、流石にヴォイテクに押し潰されていたアレスの横であっても衆目を集める事となり、救出を待っていたアレス本人を含めた仲間達によって生暖かい視線を向けられる事となるのであった。