『追放者達』、東国を進む
一応は地元、と言う事もあり、ガリアンの先導によって国境に造られている村の中を進んで行く。
流石に、人の往来の多い通りにて巨大な橇を再び展開するのは憚られるし、そもそも最初に展開する為の場所すら確保出来なさそうであった為に、一同で並び立ち歩いて雑踏を通り抜けようと試みる。
下手をすれば逸れかねないナタリア等は、元々が大きな月紋熊の背中に乗ったりと工夫をしている為に見失う、と言った様な事態にはなっていなかったが、それでも気を抜けば自身と仲間の位置を見失いかねない程の密度の人出に、思わず顔が引き攣る心持ちになるメンバー達。
そんな彼らの様子に、今でこそ『苦笑い』の類いであろう、と分かるが、以前であれば誂っている様な笑みを浮かべられている、と誤解したであろう様に口元を歪めたガリアンが口を開く。
「当方もここは久方ぶりだが、基本的にこの程度の混み具合にはなるであろうな。
何せ、ここがほぼ唯一の外つ国との窓口故に、ソレを目当てで商人が集うし、人が集えばそれだけで人は集まって来るモノであるが故に、仕方の無い事であろうよ」
「だからって、集まり過ぎじゃないか?
主な人口が商人だ、って言うのなら、そもそもここまで長く留まる事も、定住する様な事も無いんじゃないのか?」
「いや、寧ろ、と言う方が合っているであろうよ。
道を行き交うのはほぼ商人であるか、もしくはその関係者であろう。
故に、奴らは時間を惜しむ。
惜しむが故に、この様な季節であってもこの様に商人同士が集う場所には自然と集まって来るモノであるし、そう言った事態には自然とそれ相応に需要が産まれるらしく、勝手に産業として固定されて行くモノでもある、との事だそうな」
「へぇ〜?
まぁ、その辺はアタシには理解出来ないけど、でも人口の問題はそうだったとしても、この雑踏は何なのよ?
流石に、人が多過ぎるんじゃないかしら?」
「そうだねぇ。
首都の目抜き通り程、って言うつもりは無いけれど、それでも何かしらのイベント事でもあった時の需要通り並には人が居ると思うんだよねぇ〜。
流石に、ここまでだと何かしらの催し事でもある日に、偶々オジサン達が遭遇した、って感じなんだろう?」
「いや、それも否であるな。
ここは、大体何時もこの様な感じだ。
どこぞの儲け話を嗅ぎ付けた鼻の利く商人達が勝手に、不定期的に集い、ソレを耳聡く聞き付けた商人達が乗っかる為に集う。
尤も、今この辺り、冬季の終わり間近な時期、となると雪解けを狙って各地へと商談に赴く連中での賑わいが加算される故に、この時期特有のモノ、と言えばそうなるのであろうがな」
「ですが、それですと盗賊の類いに対する防備はどうなさっているのですか?
ここまで規模が大きくなりますと、それだけで自衛出来るのかも知れませんが、その分利益の方も大きくなるので余計に狙われる事となる様にも思えるのですが……?」
「その辺は、国境地帯と言う事もあって警備の兵も多く出ているし、それこそ移動の道中に関しては冒険者に対して護衛依頼を出す故な。
おまけに、その際の手際やら何やらを鑑みて、専属としての引き抜き、と言うヤツが比較的発生し易い環境でもあるからか、結構人気の依頼となっていたハズなのであるよ」
「へぇ〜?そうなのです?
でも、流石にこの季節で集まり過ぎではないのですか?
ボク達みたいに、どんな地形だろうと積雪だろうと強引に抜けられる様な移動手段を持っているのなら話は別なのでしょうけど、一般的な商人さん達がそんなモノ持っているとはとても思えないのですよ?
ここに来るまでもそうなのですが、ここからどうやって移動して行くつもりなのです?」
「うむ。
流石に、ここから散るのにはある程度の雪解けを待つ事となるであろうが、仙華国側からこちらへと向かうのには、そこまで大層な装備は必要無いのであるよ。
何せ、カンタレラ側はそれなり以上に積雪するが、こちらの仙華国側は平時はそこまで降雪せぬ故にな」
「あん?そうなのか?
でも、気温的にはあんまり変わって無い、っぽいんだけど?」
「うむ、それは当然。
こちら側とて、寒い事には寒い。
が、山の高さやら配置やらの関係か、それとも風の向きの話なのかは専門の学者でないが故に分からぬが、そこら辺が関係して仙華国では冬季であってもそこまで雪が降らぬのであるよ。
まぁ、その代わり、と言ってはなんであるが、かなり乾いて冷たい風が常時吹き荒れる事となる故に、あまり良い事ばかりでも無いのであるが、な……」
「へぇ〜?
それは初めて聞いたねぇ。
確かに、物理的に埋められるか、それとも強制的に動きを制限させられるか、どっちが良い?って聞いてる様なモノだから、良し悪しは人それぞれになるんだろうねぇ。
でも、漬物や干物の類いは良い感じに作れそうな環境ではあるんじゃないかなぁ?あれらって、あんまり湿ってると上手く行かないんだよねぇ~」
「…………まぁ、否定は出来ぬな。
現に、一地方とは言え、それらを名産として売り出している場所が、無いでもないが故に、な……」
そんな会話を繰り広げながらも、人混みの中を泳ぐようにして進んで行く一行。
時折、道端に広げられた露店や怪しげな個人商人から声を掛けられたり、スリ紛いな阿呆が突っ込んで来たりもしたが、その尽くは従魔達に弾かれたり、ヒギンズによってやんわりとお帰り願ったりして被害が出る事も無く、比較的順調に雑踏の中を渡って行く事が出来ていた。
そうして暫し進んで行くと、人通りも建物も少なく、柵や塀にて区切られた簡素な門が彼らの視界へと入り込んで来る。
どうやら、外から迎える者に対しては豪奢で絢爛な印象を与える技術や資金をこれでもか、と盛り込んでいた仙華国であっても、その裏方にまではそこまで手の込んだ事をしようとはしていない、と言う事なのだろう、と皆で苦笑をこぼし合う。
とは言え、造りにガタが来ていて容易に擦り抜けられそうな場所がある訳では無く、同時に手を抜いて妥協したのであろう低級な素材を用いられている場所もまた見受けられない。
それらはつまり、粗末に見えたとしても魔物に対する防備としては確かなモノである、と言う事を示しており、彼ら仙華国の人間が彼らの仲間であるガリアンと同様に、実質剛健かつ真面目な気質をしているのだろう、との事を窺わせるモノとなっていた。
謎の納得感を醸し出しているアレス以下の仲間達の反応に、従魔達にじゃれつかれながら橇の準備をしていたガリアンが首を傾げる。
しかし、特に他には変わった反応を見せてはいないが為に、基本的に訪れない外国での様式が珍しくてそんな反応を示しているのだろう、と地元民特有の納得の仕方をしながら準備を終わらせ、従魔達の装具の具合を確認してから皆に対して手振りで乗り込む様にと促して行く。
それに従う形にて橇へと乗り込んで行くアレス達と、到着早々に、特に何かしらの物資を補給するでも無く立ち去ろうとしている彼らの事を、不思議そうに見詰める警備兵達。
そして、今にも再び出立しようか、と言ったタイミングにてアレスか徐ろに振り返り、警備兵達へと問い掛ける。
「そう言えば、ここから街に向かって進んで行く最中で、何かしら厄介な魔物の目撃情報だとか、この辺りに面倒な魔物が生息している域がある、だとかの情報とかって何かあったりするか?
あるのなら、教えておいて欲しいんだけど?」
「厄介な魔物、ですか?
でしたら、このまま東に向かわれると氷塊傀儡の群れが居座っている地帯があるので、そこは避けるべきかと。冬季が終われば、山奥に引き込みますが今の季節は降りてきているだけ、とも言えますので。
それと、主街道を辿って途中で別れ道の方へと逸れてしまいますと、少し前に冬眠し損ねた乱殺灰熊の群れが現れている、とも聞いてはいます」
「そっか、了解。
じゃあ、行き道ついでにそいつら蹴散らしておくから心配しなくても良いよ。
情報提供ありがとさん、じゃあ行こうか!」
「………えっ!?ちょ、はぁっ!?!?」
てっきり、旅路に立ち塞がる可能性のある魔物の居場所を問われたと思っていた警備兵。
しかし、蓋を開けてみれば『厄介な魔物が居るのなら旅のついでに狩っておくから何かいないか?』と問われていた、と気付くのは、彼らの後ろ姿が遠くに小さくなってからであった……。