『追放者達』、東国へと辿り着く
『追放者達』のメンバー達が、途中の積雪や魔物を蹴散らしながら雪道を駆ける事アルゴーを発ってから約十日。
普通の移動手段であれば、途中の村や町の尽くに止まりつつ、それでもなお補給が怪しくなるであろう道中を楽々駆け抜けた一行の目の前に聳え立つは、一組の門であった。
彼らとしては見慣れた石造りかつ直線的な造形では無く、何かしらの処理を施されているのであろう木製の柱を起点とした、曲線的な造形によって象られた、異国風の門扉は何か良く分からないものの美しい装飾が施されていた。
恐らく、元々通用門としては機能させる予定の無かった、謂わば示威目的の巨大建築物、と言った処なのだろうが、特にそう言ったモノも無かったガンダルヴァとの国境とは異なり、威圧感とも感動的とも異なる様な、何か形容し難い感情を見ている者の胸中に沸き起こらせる造りとなっていた。
とは言え、それもあくまでもそれらの様式に慣れていない者や、これまで触れる機会の無かった者に限るらしく、生国の様式として見慣れているガリアンは特に感慨を抱く様子も無く、以前に訪れた事があるのかヒギンズは何処か懐かしそうに大門を見上げていた。
そんな一行を、不思議そうに眺めていた門の近くで控えていた警備兵と思わしき幾人かの獣人族が、痺れを切らしたのかそれとも雪の中佇むのを心配してか、彼らに対して誰何の声を掛けて来る。
「…………失礼ながら問わせて頂く!
この門から先、そちら側とは異なる国の領土となる!
故に、ここへと訪れた理由と、そちら側の素性を聞かせて頂く!
拒否する様であれば、無用な混乱を国内へと持ち込もうとしていると判断し、力づくでも排除させて頂く!!」
ガリアンの様なフルフェイス型では無く、只人族に耳と尻尾を生やした様にも見える通常の獣人族に見えるその警備兵はまだ若く、声も緊張からか震えている様であった。
彼らがどう言った性質を持つ一行なのかの判断が付かず、それでいて冬季であるにも関わらず強引に国境へと迫る事が出来るだけの実力を持ち合わせているのは確定している、と来れば顔色も悪くなるのは当然と言えるだろう。
あまり長々と待たせると不安と疑念から暴発しかねないな、と判断したアレスは、自身とそう変わらないであろう年齢だと思われる警備兵へと憐れみの視線を送ると、リーダーとして一歩前に出ながら声を張り上げて返答する。
「こちらは冒険者パーティー『追放者達』!
貴国に用が有ってここを訪れた!
入国の許可を得たい!」
「冒険者パーティー?しかも、『追放者達』だと?
…………その申請が本当であるのなら、証明して頂きたい!
パーティータグとギルドカードをこちらに投げ渡して貰いたいが、よろしいか!?」
「了解した!
取り敢えず、リーダーである自分のモノだけで構わないだろうか?」
「それで構わない!
では、こちら側に投げ渡して欲しい!
出来るのならば、そちらとこちらの中心よりも、こちら側に寄った辺りに投げて貰えると助かる!!」
「良いだろう!
では、これから投げるぞ!そらっ!!」
タグとカードを纏めたモノを、指示された通りに投げ渡すアレス。
アレス達と警備兵との中間よりも警備兵より、と言うよりもほぼ警備兵の近く、と言っても良いであろう場所に落とされたカードに、投げ渡す様に指示して来た方が驚いていたが、彼らから視線を切らない様にしながら積雪に突き刺さった投擲物を拾い上げる。
当然の様に、そこには『Sランク』の刻印と共に刻まれた『追放者達』のパーティーネームが描かれたタグと、アレス本人の個人情報が記載されている金属製のカードが存在しており、ソレを直に目の当たりにした衝撃からか、若い警備兵は目を見開いて固まってしまう。
そんな彼の様子に、すわ毒か呪いでも仕込まれていたのか!?と慌てた様子で他の警備兵も飛び出して来て、彼の手元を覗き込み、同様に驚愕から固まってしまう。
そうして次々と表に出て来てしまったが為に、門の方は半ば放置される形となってしまっていたので、今なら脇を擦り抜けて入国する事も可能なのでは?と彼らに思わせる程の事態となってしまったが、そうしてまで密入国しなくてはならない理由も無かったので、アレスは歩いて獣人族団子と化しつつある警備兵達の元へと向かって行く。
が、普段から意識して行わないと足音も立たず、足跡も残らない様になってしまっていたアレスは、文字通り無音のまま雪の上を進んで行く事となった為に、至近距離まで近付かれて漸く彼の接近を感知出来たらしく、腰を抜かして雪原に凹みを量産する程に驚きを顕わにする事となっていた。
「…………それで、確認の方はそれで大丈夫か?
大丈夫なら、早目に入国する為の手続きの方を進めてしまいたいんだが?」
「あっ、は、はいっ!
確認、取れました!大丈夫です!
人数も聞いていた通りですし、アレスさんの分だけで十分です!
そ、それと、入国手続きでしたね!こちらの方に、皆様でお願いします!」
先程とは別の意味合いにて震えているらしい声で、返答する警備兵。
咄嗟に差し出したらしいタグとカードを受け取りつつ、先のあそことは対応が大違いだな、と内心で苦笑しながら手振りで仲間達に指示を出し、本人は警備兵に着いて先行して行く。
そうして、皆よりも一足先に通用門の方から内部へと足を踏み入れたアレスは、外装の通りに自身にとっては馴染みの無い内装を珍しそうに眺め回しつつ、入国手続きに必要な事項としてされる説明を聞き、彼一人で進められる分の手続きを先んじて進めて行く。
興奮した様子にてアレコレ説明してくれる年齢の近い警備兵に、若いなぁ、と何故か年寄り臭い感想を抱いていると、どうやら他のメンバーも到着したらしく、一気に周辺の人口密度が上昇すると同時に、騒がしさも極度に上昇する事となった。
「…………は、はいっ!
これにて、後は各自で記入して頂くモノのみとなりました!
それで、なのですが……その、今回の入国の目的を、お教え頂く事は、可能ですか?
いえ!明らかに出来ないのであれば結構です!皆様程になれば極秘の依頼での移動、も有り得ますので!えぇ、お聞きはしませんとも!
……ですが、その……流石に、無記入で何も無し、と言うのは、ちょっと……アレでして……」
「あぁ、成る程。
取り敢えず、書類に残す理由が何かしら必要だ、って訳ね。
了解、了解。
取り敢えず……仲間の里帰り、って事で良いか?ここの出身が一人居るんでね」
「あぁ、ガリアン様ですね。
分かりました。では、書類には『里帰り』として記入しておきます。
ですが、その…………」
「ふむ?その様子からすると、当方の事情は広く報じられている、と言う事で間違いは無いな?」
「………………」
「あぁ、無理に言わぬで良いであるよ。
どうせ、そうなるであろうな、とは思っていたので、その確認をしたに過ぎぬ故な。
郷里にも寄る予定は無いし、どの道通じる街道にて止められるであろう事は分かっている故に、気にしなくても良いのであるよ」
「…………ご配慮、感謝します」
そんなやり取りを挟みつつ、全員分の手続きが一通り終わった為に、入国を許可される事となる。
こう言った際の手続きは長引くのが通例なのだが、国を跨いでの展開を行っている上に、偽造も改変も不可能なギルドカードの信用性の高さと、彼らの保持する『Sランク』冒険者パーティーである、と言う立場がそれらを圧倒的に短縮する事となっていた。
斯くして手続きを終えた一行は、そのまま通用門を通り抜けてカンタレラ王国側とは逆側から外部へと歩み出る事となる。
そちら側には小規模ながらも町の様な、それでいて先程の門と良く似た造形の建物群が構築されており、殆どは獣人族ながらも他の種族の人々も行き交う雑踏が視界に飛び込んで来た。
その情景を懐かしそうに眺めていたガリアンが、一人一行から抜け出して前へと歩み出てから振り返り、その口元を笑みへと歪めながらこう告げるのであった。
「さて、ではこの場では当方が告げるのが妥当であろう、と判断させて頂こう。
ようこそ、世に『東国』として知られる国、『仙華国』へ。
既に追放された身ではあるが、そなたらを歓迎させて頂こう」