『追放者達』、悩む
『皆の生まれ故郷に里帰りする』
そう、指針を定めた彼らの行動は早かった。
元より、彼らがこうして大人しく購入した屋敷に籠っていたのは、彼らが拠点としているカンタレラ王国の気象によって雪に閉じ込められてしまっているから、と言う訳では無い。
確かに極寒の気温を前にしては恒温の身である他の面子であっても調子を落とすのは元より、大本として変温の性質が無くは無い『龍人族』であるヒギンズが大きくパフォーマンスを欠く事になるのは目に見えているし、下手をすればその場で冬眠にも似た状態に陥る可能性すらも在るのは、間違いでは無い。
他にも、積雪による足元の状態の悪さや、物理的に移動を阻害される事により外出すらも儘ならない、と言う点や、他の季節であれば普通に出現する魔物すらも巣に籠ってしまって依頼が少なくなるだとかの様々な理由から、活動が出来なくなる冒険者達は当然として一般市民ですら冬籠もりをして遣り過ごそうとするのは、半ば当然の事として扱われる程一般的な事柄と言えるだろう。
しかし、彼らにとってはそうでは無いのだ。
長く永く冒険者としての界隈にその身を置いていたヒギンズが、ダンジョン等にて唐突にその手の環境に遭遇しうる可能性が在るのに対しての対策をしていないハズも無く、当然の様に『耐寒』や『環境適応』の効果を持った護符の類いを所持している。
ついでに言えば、本職たるタチアナによってその手の耐性を付与して貰えばある程度以上に耐えられる様にもなるし、温度、と言う点に関しては得意なアレスも居る為に心配する必要は実は無かったりする。
更に言えば、他の冒険者にとっては致命的になりうる積雪による移動制限と足元の悪化だが、移動に関してはナタリアとその従魔達に任せておけば人の背丈程度の積雪であれば余裕で踏破せしめて見せてくれるし、彼らの技量を以てすれば多少足元が弛かろうが然して変わる訳も無く、普段と大差無い立ち回りをする事が可能となっているのだ。
おまけに言えば、物資の類いも未だにタチアナのアイテムボックスに大量に貯蔵された状態にあり、かつソレまでの活動にて稼いだ資金も潤沢過ぎる程に潤沢に貯まっている事も相まって、一般的に『冬籠もり中に起きうるアクシデント(食料不足・資金不足等々)』として心配される様な事柄からはほぼほぼ無縁に近い状況にあったりもする。
なので、と言う訳でも無いが、彼らが行動を起こそうと思えば、何時でも起こせる状態ではあったのだ。
ただ単に、なんで行動を起こすのか、どこに向かって起こすのか、と言う目標に自覚無自覚問わずに欠けていた事と、丁度季節が移り変わって降雪が始まったが故に、休養も兼ねて冬籠もりを選択していた、と言う訳でもあったのだ。
…………そう、それはあくまでも偶然、タイミング良くそうなった、と言うだけであり、どこぞの森人族の聖女や小人族の従魔士が恋人を貪……蹂り……(ゲフンゲフン)……共に居る時間を堪能するべく依頼やら時期やらを調整した、と言う訳では決して無い。決して。
例え、そうしたいが為に残る二人を抱き込もうとして、槍術士の方から呆れられながらも協力を取り付ける為に結構な散財をする結果になったとしても、妹分である支援術士に対して更なる豊穣をもたらす手段を伝授したりもした可能性は無くも無いが、それらはあくまでも偶然である。偶然偶然。
…………そんな訳で、ある意味速攻で準備を整えた?(既に済んでいた、とも言えるが)『追放者達』は、早速出立する……と言う事はせず、再び同じ部屋へと集合していた。
各個人で準備する事も、パーティーとして準備する事も終えた彼らがこれ以上何をする為に集まったのか?と言うと、答えは簡単。
「それで、結局どこから行くんだ?」
そう、アレスの発言の通りに、単純に最初の目的地を定めていなかった、と言うだけの事である。
勢いにて指針を定めたは良いものの、その順番については一切決めていなかったのだ。
その為、普通であれば『行き先を決める』→『準備を終える』と言う順番であるハズが、『準備を終える』→『行き先を決める』と言う事態になってしまっている、と言う訳なのだ。
なので、これからその肝心要な最初の行き先を決めてしまおうか、と言う流れになったのだが、そこからが難航する事となった。
「…………取り敢えず、アタシの所は除外するとして、先ずは何処から行くつもりよ?
と言うか、行くにしてもそれぞれ候補地?って何処になる訳?アタシ、その辺りもあんまり聞いてないんだけど?」
「なら、俺も除外で良いんじゃないのか?
俺の出身なんてそもそも孤児だから知らないし、暮らしてた場所、って事ならタウロポロス孤児院って事になるだろうが、あれって端っことは言えこのカンタレラ王国に在るからなぁ。
里帰り、って意味合いだと別に行かないか、もしくは最後に寄り道して、って感じで良いと思うけど?」
「あら、でしたら最後は決まりましたね!
アレス様の恩人である孤児院の院長様には、その道程で最後にお顔合わせするとして、先に候補地を揃えてしまいましょう。
…………ですが、私としましても、生まれ故郷の森人族の国を挙げるべきか、それとも修行や活動が主だったとしても永く暮らしていた、教会の総本山とも呼ばれる聖国を挙げるべきか、悩みますね……」
「ソレを言うのであれば、当方とて挙げられる候補が無くなってしまうのであるが?
何せ、一応は生家を除名された身である故な。多分国自体には入れるであろうが、生まれた郷にまで足を運べるか、と言われると少し不安が残るのだが……」
「ソレを言ってしまえばボクもなのですよ?
既にボクの地元、と言っても良かった『ケンタウリ』には皆で行ってしまったので、出せるだけの候補が無いのが現状なのですが……。
まぁ、一応?両親の話だと?産まれ自体は『小人族』の国らしい、って事は聞いた事はあるのです?多分?」
「…………おやおや。
流石に、これはちょっと候補としては酷いなぁ……。
一応、おじさんの生まれ故郷の『龍人族』の郷には連れて行けるとは思うけど、ちょっと遠くて辺鄙で危険な場所に在るからねぇ。
しかも、位置が位置だけに結構行くだけでも面倒くさい事になるだろうから、そうだねぇ……行くとしたら『聖国』の後、位が良いんじゃないかなぁ?そっちの方が近いからねぇ」
「一応、地理的に一番近い所って何処になるんだ?
取り敢えず、で決定しておいてあれだが、流石に多方面にバラけてると色々な意味で面倒な事になるぞ?」
「…………当方の国は東で、聖国はここから南東に在る、と聞いてはいるが、正確な距離までは分からぬな……。
他の二つの候補に関しては、残念ながら当方では聞き覚えも無いので予測も出来ぬのである。
その辺り、どうなっているのであるか?」
「私の生国の方でしたら、聖国からそこまで離れた位置関係には無かったハズです。昔の事とは言え、馬車でそこまで長く掛かった憶えも無いですからね。
ナタリア様の方は……どうなのでしょう?私の国でも、それなりの頻度にて『小人族』の方々は見掛けましたので、恐らく近くはあると思うのですが……」
「うーん、そう言われてみれば……確かに『森人族』の人達に知り合いが多い、とかは両親から聞いた覚えが在るような……無いような、なのです?
まぁ、産まれて直ぐに離れた国の事なんて基本知らないのでよく分からない、のが正直な所なのですが、せめて地図位あれば分かりやすくなるのですけどねぇ」
「…………いや、流石にそれは無理だろうがよ?
地図なんて凄まじく大雑把なヤツでも大店で扱ってるかどうか、ってレベルなんだし、ちゃんとしたヤツなんてそう言う『職業』に就いてるヤツが自作するしかないぞ?
一応、俺でもやれるっちゃやれるが、一度も行ったこと無い場所まではちょっと……」
「ん?地図が要るのかな?なら、昔おじさんが作ったヤツで良ければ見るかい?
あくまでも素人作りで、かつ大雑把な地形と方位しか書き込んでないけど、それでも無いよりは幾分かマシになるかもねぇ」
そう言いながらヒギンズは、魔力庫から取り出した一枚の大判の羊皮紙をテーブルの上へと広げて見せる。
本人は大雑把、と評したそれは、確かに国の形等は些か歪になっている様子ではあったが、国同士の位置関係や山や谷、河川と言った大まかにして不可避な地形については確りと書き込まれており、市販されれば値段が幾ら付けられても不思議では無い、と感じさせる出来となっていた。
ソレを目の当たりにしたヒギンズを除く五人は、改めて彼の底知れなさを感じると同時に、どうやってこんなモノ作ったんだ?と疑問を抱くのであった……。