『追放者達』、想定外の相手に苦慮する
突如として、彼らの警戒網を平然と潜り抜けて姿を現した、正体の掴めない人影。
それは、声も、姿さえも男なのか女なのか、老いているのか若いのかすらも判別出来ない様な朧げな存在でありながらも、確かにそこに在ると判断出来る、そんな存在でもあった。
辛うじて、身体の輪郭からして只人族が一番近いであろう事、身長はそれなりにあるがそこまでは高く無い事、そして白衣の様なモノを身に纏っている事、が見受けられていた。
…………そして、それらの特徴と、ダンジョン内部であれば、との条件が付くが彼らの警戒網すら平然と潜り抜けるその所業に、彼らは内心にて正体の心当たりが一つあった。
彼らとしても、それは正直可能性としては排除してしまいたい、と願うばかりのモノ。
何せ、目の前の存在の正体がソレであった場合、如何なる対処を取れば良いのか、アレスは元よりヒギンズですら良く分かっていなかったのだから。
しかし、可能性としては目の前のソレがそうである、との確率が一番高く、しかもそうでは無かった、となった場合、同じ様な事が出来る存在の数が不明となり、結局警戒の仕様が無くなってしまう、との事にもなる為に、正体を突き止める事を、問い質す事を躊躇ってしまっており、結果的に相手側の出方を窺う形となってしまっている訳なのだ。
とは言え、そんな彼らの動揺から来る消極的な姿勢に対して相手側が配慮してくれるはずも無く、先程も呟いていた、それにとっては何かしらの重要な要素が在ると思われる呟きを零しながら、平然とした様子にて彼らへと目掛けて歩み始める。
「…………う〜ん、でもやっぱり、ここまで育ってる連中を喰わずに放っておく方が勿体無いと思うんだよねぇ~。
ステータスも最上級に近しいし、レベルの方も上限に近いんだからやっぱり魅力的なんだよなぁ。
ここまで来てたのなんて、それこそ昔に何人かで弄って作ったアレか、もしくはこっちに喧嘩売ってくれた連中位じゃなかったかなぁ……?
でも、あの連中はボス潰したら途端に大人しくなったし、対ボス用に作ったヤツは用済みになったから『糧』にしちゃったし、正直自然発生する様な域のステータスしてないと思うんだけど、どうやったんだろうねぇ……?
聞いたら、教えてくれないかなぁ?ダメかなぁ?ダメだよねぇ〜。競ってる相手に対してそんな切り札になりうる情報なんて、渡してくれるハズも無いよねぇ〜。
…………な、ら……殺して喰って、情報だけでも手に入れるのが正解、かなぁ〜……?」
物騒な事この上ない様な呟きを零しながら、平然とソレは近付いて来る。
その内容は殆ど理解出来る様なモノでは無かったものの、何やら競い合っている相手がいるらしい事、その相手との繋がりを疑われている事、自分達が何やら執着染みた関心を向けられている事、そして殺してでも情報を得ようと企まれている事等を読み解く事が出来ていた。
その段に至っては、相手の正体や思惑と言ったモノに関しては探るだけ無駄なモノと化し、依頼である調査に至っては最早意識にすら上る様なモノでは無い、と判断される。
彼らの脳内では既に、此の場をどう切り抜けて生還するか、どうやって目の前の存在に対処するのか、が思考の大半を占めてしまっており、半ば本能的に『そうしなければならない』と判断していたからだ。
「…………ちっ!
どうやら、問答は無用らしい。全力で迎撃するぞ!
仮想敵は推定『ダンジョンマスター』!
何をしてくるか、どんな手段を用いてくるのかすら一切不明!何ならちゃんと殺した所で死んでくれるのかすら不明な相手だ!
各員、気を抜くなよ!死ぬぞ!!」
「応!」「分かっております!」「了解よ!」「なのです!」「了解さぁ〜!」
アレスの下した号令により、完璧に意識を切り替える一行。
当然、彼らも高位の冒険者であり、指示待ちな案山子に徹しては生き残る事は出来ない、と理解していた為にそれぞれで『どうするのか?』を思案していたが、リーダーたる彼の下した判断により思考の方向性が統一され、行動に対する躊躇の類いが消失し、自然と戦意が高揚して行く。
「…………へぇ?私が『何』なのか、分かっちゃうんだぁ?
って事はぁ……以前遭遇した事があるか、もしくは既に接触してズブズブの関係に成っているか、のどっちかだよねぇ。
前者ならともかく、後者の場合は何処のヤツとか、によるよねぇ。
有り得そうなのは享楽主義の『蟹』か、公平性とやらに拘る『天秤』あたりだけど、ワンチャン恋愛脳のお花畑な『乙女』も有りと言えば有り、かなぁ〜?
逆に、効率主義の『蠍』と『雄牛』は無さそうだし、完璧主義の『羊』が関わってたらこんな中途半端な事にはならないだろうしねぇ~。
…………まぁ、良いか。取り敢えず、殺して糧にするだけなのだし、ね?」
無防備に、無造作に、彼らへと目掛けて距離を詰めながら、そんな事を口にする仮称『ダンジョンマスター』。
その登場の仕方や外見、そして何より正体の掴めない声が決め手となり、かつて彼らが二度に渡って遭遇した事のある存在と同一か、もしくは類似しているモノである、と判断してのソレであったが、どうやら大きくは外していない様子であった。
が、それは同時に、彼らがこのダンジョンの内部では勝たないと逃げる事は出来ない、との事と、どうやったらこの敵は倒せるのか?との事が、自身も前へと踏み出して刃を振るい始めた彼らの内部にて湧き起こる。
前者に関しては、出現方法や以前受けた罠の任意設置、と言った事象からの判断であるが、後者に関しては彼らが知る常識や肌感覚からくる不安が原因である、と言えるだろう。
…………何せ、これまで『ダンジョンマスター』と遭遇した、との報告はそれなりに多く、その上で交戦までした、との事実もそれなりに聞いているが、その中で『勝った』『離脱に成功した』との報告が有っても、一つとして『倒した』『殺した』との報告は無いから、である。
しかも、どうやっても死なず、殺せず、寧ろ自身の損傷を気にする事無く攻撃を続けて来た、との話も散見されている程であったのだ。
だから、と言う訳でも無いのだろうが、無造作に振るわれた右の手刀をアレスがギリギリの所で回避し、すれ違い様に背中側へと刃を振り下ろすが、その攻撃を回避する事すらせず、寧ろ相討ちなら儲けもの、とばかりに後ろ蹴りを放って来た。
当然、そうなるであろう事は事前情報から予測していた為に、盾を構えたガリアンがアレスとの間に割って入る形で滑り込んで攻撃を受け止めつつ、今の処マークされていなかったヒギンズが真正面から『ダンジョンマスター』の心臓へと目掛けて手にした槍を突き立てる!
ズンッ!!ザッ!!ブシュッ!!!
その結果、『ダンジョンマスター』が放った攻撃は見事にガリアンによって受け止められ、彼を一歩後退らせるに留まり、逆に背中を斬り裂かれると同時に心臓を貫かれる事となる。
…………正体不明な存在ながらも、人型であるのなら間違い無く致命傷になりうるだけの攻撃をその身に受け、斬り裂かれた白衣を自身の血潮によって朱く染上げる『ダンジョンマスター』は、その身をグラリと傾けるとそのまま地面へと向かって倒れ込む………………事は無く、その場で大きく手足を振り払い、至近距離にいたガリアンとアレスとを弾き飛ばすと、真正面にいたヒギンズへと向けて何らかの魔法を放って見せる。
咄嗟に、背後へと跳んだ二人は大したダメージを負う事は無かったし、ヒギンズはヒギンズで半信半疑ながらも警戒を解く事はしていなかった為に余裕を以て回避する事に成功していたが、その表情は苦々しいモノとなっていた。
本来であれば、殺しきれていたハズの攻撃を加えたのにも関わらず、こうして未だに生きている事も、元気に反撃してくれた事も、そのどちらもがそれまでに聞き及んでいた情報は真実であった、と告げていたのだから。
半ば『こんなのどうしろって言うんだ?』と言った様な雰囲気が彼らの中にて広まる最中、返り血で赤く染まった刃を掲げながら、アレスは宣言する。
「どんな手品を使ってこんな不死身染みた事を実現しているのかは知らないが、斬れば血も出るし内臓だって破壊できる。
ならば、勝てるし殺せるハズだ!怯むな、退くな!行くぞ!!」
再び彼によって下された号令により、空気を持ち直した『追放者達』は、決意を新たに表情を引き締めると、まるで無駄な事をしている、と言わんばかりにニヤニヤと嘲笑を浮かべている『ダンジョンマスター』へと攻撃を仕掛けるのであった……。