『追放者達』、遭遇する
順調過ぎる程に順調に、『ミクトラン遺構』内部を攻略して行く『追放者達』。
ほぼ正確な地図が書かれる程に攻略を繰り返された過去もあり、内部を攻めている彼らの実力も推奨されているレベル帯からすれば出禁確定級である為に、調査を並行しながらであっても散歩や散策と変わらない様な速度にて進められて行く。
その結果、最奥に造られている(?)広場めいた部屋、ボスの居る通称『ボス部屋』を除いて、隅々までを半日足らずで調査を終えてしまった一行は、顔にウンザリとした表情を隠そうともせずに浮かべていた。
当然の様に、それまでは何も出なかったから、だ。
彼らは、内心では期待していたのだ。
半ば強制の依頼として受けはしたものの、彼らが出張る程の『何か』が彼らを待ち受けているのではないか、と。
しかし、待てど暮らせど、進めど進めど何かしらの強力な魔物が襲い掛かって来る訳でも、驚異的な罠が仕掛けられている訳でも無く、異様な魔力を感知する事も、何かしらの儀式やそれらの痕跡に遭遇する事も無く隅々まで探索を終えてしまい、後に残るのは彼らの目の前に存在する不自然な扉の奥に在る『ボス部屋』のみ。
しかも、そこで出てくるのは通常であれば巨大な蛇の魔物である巨大魔蛇であり、彼らであれば単独でも討伐出来てしまう程度の魔物でしか無く、しかも扉の向こう側からは特に変わった魔力の類いを感じる事も無い。
…………つまり、この扉を開く事も無いままに、十中八九ほぼ『何も無い』事が確定してしまっている、と言う状況な訳なのだ。
そんな状況に於いて、しかも自身の実力を遥かに下回る案件であった、との事態がほぼ確定してしまっている状態にあって、なお意欲を昂らせ、やる気を漲らせて事に当たる事が出来る人間がどれ程の数存在するのか、と言う事だ。
言わずもがなではあるが、当然の様にこの場にそんな殊勝な気質の人間は皆無であり、早くもダレた雰囲気が彼らを支配しつつあった。
正直、言葉にこそ出してはいないものの、このまま扉を開けず、ボスは放って置いて、調査もしないで帰っちゃっても良いんじゃ無いのか?との内心すら揃いつつ在る程である、と言えばどれだけ彼らが現状に飽きているのか理解できるだろう。
が、だからと言って最後の一部屋だけ探索しないで戻った、なんて事は画竜点睛に欠く結果になりかねないし、何より彼のプロ意識としてそんな中途半端な事は出来ないししたくは無い、とウンザリとした表情を浮かべながらも目の前の扉に手を掛け、そのまま押し開いて行く。
…………その結果、先頭にて扉を押し開いた張本人であり、かつこの一行の中でこの『ミクトラン遺構』を唯一知悉している人物でもあったアレスはその表情を引き締めると同時に強張ったモノへと変化させた。
「…………?
どうか、なされましたか?」
「…………違う……」
恋人でもあるセレンから投げ掛けられた問い掛けに、硬く短い言葉にて返すアレス。
その様子から、何かしらの事態が発生した、と察した仲間達が得物を構えて臨戦態勢へと移行し、陣形を作りながら彼へと問いを投げ掛ける。
「……先程、違う、と口にしていたが、一体何が違うのであるか?
この広場も、先程までの遺構と大きく造りに違いは無い様にも見えるが……」
「…………そんな事じゃ無い。
ただ単に、ここが俺の知ってる『ボス部屋』と違う、って話さ。
俺の知ってるここの『ボス部屋』は、こんなに広くは無かった。もっと、狭かったハズなんだよ」
「それは、単にダンジョンの構造が変化しただけ、って事はないのかぃ?
それだって、ここみたいな生きてるダンジョンなら有り得ない、なんて事じゃないんだから、さぁ」
「それにしては、ちょいと妙だ。
俺の知ってる限りだと、ここのボスは開けたヤツが部屋の中に踏み入った途端に中で待ち構えていたボスが飛び掛かってくる、って傾向が強かったが、今は姿すらまだ見せてもいない。
これは、何かあったか……」
「そなたが言うのであれば、間違いは無かろうよ。
であれば、あやつらはここにて例の品を手にした、との事なのであろうが、一体どの様な……」
「…………一応、どんなのが来ても対応は出来る様に支援術は撒いておくけど、特化させた時程の出力は無いから注意してよね」
「この子達にも、いつ攻撃を受けても対応出来る様に、周囲の警戒を密にさせておくのです!
でも、姿も見えずに気配もしないだなんて、ちょっとおかしいのです……?」
「…………そうだねぇ……。
異常事態を起こしているヤツを倒してダンジョンが宝箱として落としたのが例の品だった、って事ならもう終わってるハズだけど、そうじゃないみたいだしねぇ……。
なら、事を引き起こしている原因が彼らに渡した、って事なんだろうけど、まるで意図的にモノを用意して、ソレを与えてみた、って感じにも思えるんだよねぇ。
…………そういう事が出来る存在って、オジサン一つ心当たりが在るんだけど、もしかして違うよねぇ?違うって言ってくれないかな?ねぇ??」
「……………………流石に、それはどうかと……。
まぁ、確かに以前遭遇した時には、何の脈絡も無く現れたり、気配や魔力を感じ取る事が出来なかったり、と似た様な事例では在りましたが……」
「………………おや、おやおや、おやおやおや。
前の連中とどうせ同じだろうと思って見ていれば、今回のは大分『育った』連中みたいだねぇ。
警戒を解いてもいないし、経験も多そうだからステータスも高そうだし、レベルも育っていそうだからこれは儲けもの、ってヤツかなぁ?
まぁ、でも、どうにも既にご同類と遭遇済みらしいし、どうしようかなぁ?育ててたのをうっかり『横取り』して、恨まれても面倒なんだよねぇ」
…………アレス達は、決して油断はしていなかった。
修得しているスキルは複数展開し、隙無く配った視線の動きには無駄も死角も存在せず、不自然に広くなっていた広場の奥まで隈無く向けられていた。
彼だけでは無い。
共に居た仲間達も周囲を警戒し、常に一人は出口にして脱出口でもある扉を、万が一の事態に備えて視界に捉えておく、と言った徹底した警戒ぶりを見せていたし、従魔達による通常よりも遥かに鋭敏な嗅覚と聴覚による警戒網すら敷かれていた。
通常であれば、スキルによって姿を隠し、殺意すらも完全に隠し切って見せた暗殺者ですらも発見されるであろう程に、完璧、と銘打っても間違いでは無い布陣。
ソレらを以てしても、彼らの目の前に出現した『ソレ』は、本当に唐突に現れた、と表現するしか無い様な、そんな方法にて現れてみせたのだ。
高速移動による回り込み?ダンジョン内部の罠を利用した移動?噂にしか聞いた事の無い『空間魔法』による転移移動?
否。どれもが、否。
物理的な移動に伴う空気の動きも、罠が発動する際に発せられる光も、魔法の行使による魔力や空間魔法特有の空間の揺らぎと言った予兆も、その尽くがその場では見受ける事が出来なかった。
……そんな、一見不可能にしか見えない移動を可能とする存在を、丁度彼らは知悉している。
しかも、その存在と同様に、目の前の不可思議な存在は、男とも女とも、老人とも幼子ともとれない声と外見をしており、笑っている様にも見える振る舞いを取りながらも、同時に値踏みしている様にも見える視線を彼らへと向けて放っていたのであった……。