『追放者達』、突入する
各自準備を終えた『追放者達』のメンバー達は、『ミクトラン遺構』の正面に位置する入口へと足を進める。
一応、廃墟と化した瓦礫の山、とは言え、元の建物の名残り的なモノは見て取れる程度には形が残っており、それから察するに元々の建物としても玄関的な使い方をしていたのだろう、と思われる場所を潜り抜ける。
すると、その先には外観の通りに無数の瓦礫が転がり、これぞ正に『廃墟』と言わんばかりの内装が目の前に広がるが、不自然に天井や壁は確りと立っている様に見て取れるし、床もそれ程歪んではいない上に、ご丁寧に瓦礫や壁で区切られる事で通路が形作られている様にも見える。
更に言うのであれば、軽く見通せる範囲の中でも、外から見た限りの広さであれば反対側の壁が有って然るべき範囲を越えた辺りでもまだ通路が奥へ奥へと続いており、今いる場所が超常の場所として知られるダンジョンである、と彼らに確認させる事となっていた。
が、あくまでもそれは大前提の話。
元々、ここがダンジョンである、との認識で訪れている彼らにとってそれは当たり前の事であり、今更その程度の異常でどうこうなる程彼らの経験は浅くは無いし、彼らが踏んできた場数と経験からすると、やはり前情報で聞き及んでいた程度のモノでしか無さそうだ、との予想が胸中へと湧き起こる。
「…………うーん、まだ玄関に過ぎないけど、やっぱり前と変わって無さそうだなぁ。
ここだけ見ると、何か起こってる様には見えないから、どっちかって言うとあの阿呆がフカシでもこいたか、もしくはギルマスのマレンコがドジ踏んだかのどっちかかと思いたいんだがなぁ……」
一行の先頭に立ち、斥候としても経験者としても空気を強く感じ取ろうとしていたアレスが、首を傾げながら腕を組んで呟きを零す。
最高難易度ダンジョンである『ゾディアック』の一つとして数えられる『アンタレス』に於いて、仕掛けられていた即死級トラップの数々を見抜き、その尽くを無効化して見せた彼の観察眼と腕前を以ってしても、異常が起きているハズのこの空間に於いて『何が起きているのか?』を察する事が出来ずにいる事が不可解らしく、顔を顰めていた。
とは言え、そんな彼らの事情や、彼の内心なんて知った事では無い、と彼らの周囲からガヤガヤと騒がしい物音が発生する。
ここ『ミクトラン遺構』がダンジョンであり、かつ数日とは言え立ち入り禁止となっている以上、内部で発生した魔物はそのまま溜まる事となっており、当然の様に普段のソレよりも桁違い、とまでは行かなくとも確実に多くなっていると言えるだろう。
そんな、空気を読まず、実力差すら理解出来ずに彼らへと向かって集まって来る魔物の群れ。
連中にとっては、自分達の住処へと勝手に足を踏み入れた排除するべき愚かなる外敵、と言った処なのだろうが、駆け出し冒険者達が戦闘慣れする為の練習相手、としても見られる程度の魔物でしか無い為に、正直な話として彼らに取っては十把一絡げな雑魚でしかない。
なので、戦闘するのも面倒だ、と言わんばかりの様子を見せるアレスに代わり、ナタリアが連れて来ていた従魔達が前線へと上がって行き、我先に、と通路の先や曲がり角から飛び出そうとしていた魔物達へと向けて飛び掛かって行く。
角から顔を出そうとしていた小鬼を道端の小石の如く跳ね飛ばし、天井付近から強襲を仕掛けようと狙っていた大蝙蝠を跳ねて叩き落とす。
地面を転がる岩傀儡のなり損ないを真上から叩き割り、足元から駆け寄って来る大鼠と大蟲を蹴散らして壁へと叩き付け、八面六臂の大立ち回りで向かってくる魔物を薙ぎ倒して一匹たりとも背後へと通さずに倒し切ってしまう。
そんな、従魔達の活躍を尻目に、取り敢えず入口付近から、と調査を始めるアレスであったが、その表情には馨しい色は浮かんではいない。
何せ、彼本人が先程口にした通りに、特に普段と違う点が見受けられる事は無かった為に、事態の解決、という点に関しては全く以て収穫は無いに等しい状態となっていたからだ。
まだ入口に過ぎないのだから、と自身を半ば鼓舞する様に一旦立ち上がり、先程まで従魔達が魔物を蹂躙していた交差路の近くまで進んで行く。
そこには、撃破された魔物が残した残滓と、ダンジョンへと吸収される様に消えつつある死体だけでなく、その後に残されている無数の小粒な魔石のみが在った。
当然の様に、その付近にも特に変わった様子は無し。
特に何かが在った痕跡は無いし、変な魔力の類いを感じ取る事も、また出来ない。
探った所で精々低級かつ子供騙し程度の罠が見付かる程度であり、彼らであれば踏み抜いた所でかすり傷を負うかどうか、といった程度のモノでしか無い。
何か在るかも知れない、と思って探っていただけに彼の苛立ちも一入なモノであり、こんな下らねぇモノ見付けさせるんじゃねぇ!とばかりに罠の構造ごと踏み潰されてしまう。
その後も、ほぼ常時襲い掛かって来る雑魚魔物を従魔達か、もしくはメンバーの誰かしらが迎撃し、駆逐しながらアレスが要所要所にて探索する、と言った手法を取りながら進んで行く事となる。
が、やはりと言うか何と言うか、それまでの流れの通りに特に何かしらの痕跡が在る訳でも、強力な罠が仕掛けられている訳でも、また異常な強さを持つ魔物が出現する事も無く、低級の罠と低位の魔物、そして時折ゴミみたいなモノが入っている宝物が見付かるのみであった。
「…………ヤベェ、これはマジで誰かしらが、何かしら間違えてるんじゃないかと思えて来た……。
地図からも、俺の記憶としてもここが『ミクトラン遺構』だって事は間違い無いし、元々記憶していた程度の魔物と罠しか無いから合ってるのは間違い無いんだろうが、本当に何も出て来ないとか、有り得るのか……?
あのハゲが聞き出した場所が違うのか、もしくはここが本当は『ミクトラン遺構』じゃありませんでした、とかじゃないとそろそろ納得出来かねるぞ……」
自身が見知っている場所である、と言う事もあるが、何より『何も見付からない』と言う状況がアレスに対して途轍も無い徒労感を蓄積させて行く。
それに伴って彼の口から零された愚痴であったが、その言葉は一行の内心を見事に現して代弁しているモノとなっていた。
全員が全員、この場に於ける土地勘が在る訳では無い。
が、数日前に初めて会ったギルドマスターであるマレンコよりも、無数の死線を共に潜り抜け、幾日もの間同じ釜の飯を口にし続けていたアレスの方が信用が在るし、彼の言葉の方が重みが在る。
故に、と言う訳でも無いのだろうが、例え世間的には高位の貴族に扱いや信用が準ずるギルドマスターの言葉であろうが、世間的な扱いとしてはソレに一段劣る『Sランク』冒険者であるアレスの言葉こそが優先されるべきモノであり、指針である、と言えるのだ。
とは言え、やはり彼らのプライドとして一度依頼された事柄を放り投げる、だなんて事はしないし出来ない。
最奥まで調べ上げ、虱潰しに調査して隠し部屋の類いまで全て白日の下に曝け出した結果、何も在りませんでした、と報告する羽目になったとしても、まだソレは良いのだ。あまり良くは無いが。
だが、そうなりそうだから、と実際に調べもせずに『何も在りませんでした(笑)』と報告するのは確実に彼らの中では『違う』行為であるし、何よりその後に万が一にも何か在った場合、その責任を取る事になるのは自分達なのだから、やはりキッチリやり切るしか無いのだが。
そんな、噴飯遣る方無い様な心持ちでありながらも、虱潰しに調査を続けながら奥へ奥へと向かって行く。
その最奥にて、何が彼らを待ち構えているのか、を知ることも無く…………。
おや、何やらシリアスな雰囲気……?