『追放者達』、散策する・6
時は少々遡り、ガリアンとアレスが別行動を開始した直後。
書店『ダンタリオン書庫店』の内部へと足を踏み入れた四人の視界に先ず入って来たのは、明るく照らされた店内に並ぶ書架の群れ、であった。
外部から見た通りの広さでない事に驚きを覚える一同であったが、同時に内部の照明が松明やランプの類いで無い事にも衝撃を受ける事となる。
本にとっては火の元となり易い松明は厳禁、というのは当然の事としても、煙による匂いや煤の汚れが着きやすいランプはあまり好ましいモノでは無いし、紙の色褪せに繋がる陽光も良いモノでは無い、と評価されている。
なので、普通は窓を大きく造って内部の明るさを確保しながらも、直接日が当たらない様な奥まった場所に書架を立ててそこに並べる、といった様な様式を取る事が多くなる。
が、この『ダンタリオン書庫店』に関しては、それらのセオリーに対して真っ向から喧嘩を売る様な造りとなっている。
正面から見た限りでは察する事の出来なかった奥行きを限界まで活用して書架を詰め込み並べ、その上で採光用の窓を作る事無く内部の灯りを魔道具に頼る、といった、何処のお貴族様の道楽だ?とツッコミを入れたくなる程に、採算度外視した構造となっていたのだ。
元来、『本』というモノは、それなり以上に高価なモノだ。
一つ作るのに手間と時間が下手をしなくても莫大に掛かる上に正確性を求められるだけでなく、それ一つ書き上げられればソレで良い、との事でも無い。
それでいて、ソレを読み解けるだけの知識と趣味を持つ者のみがソレを購入する人口となりうる、となれば、必然的に需要と供給の関係上、その金額は高価なモノとなる。
仕入れの段階でそうなるのだから、必然的に小売りの立場に甘んじる事となる書店での販売に至っては、更に高額なモノとして扱われる事になる為に、基本的にはそこまで一度に多くの商品を手元に置く、という事はしないし出来ない。
基本的に、数冊のみ手元に仕入れ、ソレが売れたら新しいモノを仕入れてまた売り、といったサイクルを辿るのが普通なのだ。
ここまで、それこそ部屋を埋め尽くす程の量を、一度に仕入れて手元に置く、だなんて事は余程資金に余裕が無いと出来ないししない遣り口、となっている。
おまけに、店内を照らす照明は、形こそランプに近しいモノであるが、その実情としては別物だろう。
煙が出ていない事や、通常のモノよりも一つ一つが放つ明るさが強いのに光自体は柔らかい事から、確実に魔道具の類であるのが窺える。
…………元来、魔道具も中々に高価なモノだ。
こちらも作るのに多くの手間も、希少な素材も必要となる上に、こちらは常に欲する人口が多く需要がとても大きい。
ダンジョンにて燃料となる魔石を回収出来る冒険者だけでなく、見栄えを気にする貴族から裕福な市民層まで欲する人間に果ては無く、同時に幾ら作っても供給が追い付く事は無い、というレベルとなっている。
故に、先の本とは逆の理由によって幾ら値付けをしても売れてしまうが為に、高価なモノとなっている訳なのだ。
その二つ、どちらかのみであれば、まだ『経営を頑張ったのだろう』『コレは拘りから奮発したのだろう』と察する事も出来る。
が、その両方を同時に取り入れている、ともなれば、下手な経営資金では瞬時に枯渇し、準備しただけで閉店する羽目になるであろう天井知らずな金額となるのは間違い無い。
故に、貴族の類いが採算度外視にて趣味全開で作った店だったりするのか?と勘繰りした訳なのだが、そんな中身スカスカな所にアレスが連れてくる訳も無いか、と気持ちを切り替えて店内を散策し始める。
下手をすれば迷いそうにも思える程に立ち並ぶ書架の群れの間をすり抜け、理解不能な規則性に則って並ぶ書籍の背表紙を眺め、時折手に取って中身を確認する。
時に離れて単独になり、時に合流して同じ書架を眺める。
そうしている内に、偶然にも珍しい組み合わせの二人組が完成する事となった。
「……よろしかったのですか?
こちらの方に来て」
「…………ん?
どう言う事だい?」
恋愛系の娯楽小説を手に取ったセレンが、同じ棚に並べられていた実用本をなんとなしに眺めていたヒギンズへと向かって声を掛ける。
ソレが意外だったからか、もしくは純粋に問い掛けの意味が分からなかったからか、キョトンとした表情を浮かべた中年の龍人族が首を傾げながら問い返す。
「貴方も、あちらに行かなくても良かったのですか、と聞いているのですよ。
こちらは貴方のパートナーも居るとは言え女性ばかりですし、あちらは貴方も行き先として望んでいた場所でもあるハズ。
でしたら、比較的興味の薄いこちらよりも、同性ばかりで気兼ねしないあちらに行っていた方が楽しめたのではないですか?」
「あぁ、そういう事?
だったら、別に気を使わなくても良かったんだけどね?
オジサンはオジサンで、コレはコレで楽しんでるからさぁ。
それに、確かに向こうは向こうで楽しかっただろうけど、その楽しみは向こうに合流してから楽しめば良いんだし、こっちを女の子達だけにする訳にも行かないでしょう?
だから、これで良いのさぁ」
「…………そう、ですか。
貴方が良いのなら、ソレで良いのです」
互いにパートナーは居るが、それでも普段は口にしないし出来ない事柄は、確実に存在する。
それは、長命種として、年長として半ば勝手に自らに課していた、パーティーの保護者的、管理者的なポジション。
今でこそ、アルゴーでの事を除けば、彼ら『追放者達』は『Sランク』冒険者としての立場を揺るぎ無いモノとして確立する事に成功している。
下手に手を出せば全力で冒険者ギルドが潰しに来るし、何より本人達の戦闘力が人外の領域へと達している為に、容易く殲滅されかねない彼らへと何かしらちょっかいを掛けよう、としてくる阿呆はほぼ居なくなっている。
が、そうなる前、彼らのランクが低いままであった時や、幾ら彼らが強くても自分達裏社会の者の方が格上である、と勘違いした連中がなにかと仕掛けて来た事があったし、今でも無いでもないのだ。
そして、ソレを対処しているのは基本的にリーダーであるアレスなのだが、そんな彼が気付けなかった細やかなモノや裏側から来るモノには、彼らが対処していたのだ。
当然、他のメンバー達も、何も気付かず丸投げするだけ、となっていた訳では無かった。
が、それでもやはり長く生きて積んできた経験には敵うモノでは無かったらしく、その手の対処はセレンとヒギンズの二人が負う事が多くなっていたのだ。
その為、二人はいつの間にか自身のパートナーに対するソレよりも、遠慮や取り繕いといったモノを取り払った気安いやり取りをする様にすらなっていた。
勿論、互いのパートナーを不安にさせる事が無い様に、そんなやり取りをするのは二人のみの場合だけであるし、当然互いにそういった対象としては欠片も見てはいない。
しかし、そこには確かに、男女間の関係とも違う、かと言って戦友としての繋がりとも違う『何か』。
言葉には出来ないし、ソレを感じている本人達にも表現するのは難しいだろうが、確かに二人の間には何かしらの『絆』とでも呼ぶべきモノか築かれていた。
そうして、互いに気遣いを確認し合った二人は、何事も無かったかの様に本を手に取ったり、或いは書架に戻したりしながら移動を再開する。
残りの二人と合流したり、再びバラけたりしながら一通り見て回り、気に入ったモノを手にして会計し、怪しく笑う店主に見送られながら店を後にする。
その後、アレスが指差していた酒屋へと向かった一同であったのだが…………そこで彼らが目にしたのは、二人だけで先に購入した酒を片手に盛り上がりを見せていた、ガリアンとアレスの姿であった。