『追放者達』、新たな方針を定める
「…………それで、リーダーよ。
当方らの新たな目標、とは一体どの様な意図にて口にした事なのか、説明して貰えるのであろうな?」
つい先程までアレスがかき混ぜていた鍋の中身であるシチューをパンと共に受け取り、スプーンを手にしたガリアンが中断されていた会話を再開させようとして言葉を発する。
何やら思い当たっているらしいヒギンズと、アレスの事を全面的に信頼しているセレンを除いた他三名は未だに彼の言葉を理解しかねているらしく、更なる説明を求めている、と言う訳だ。
そんな彼らの有言無言の促しに従う形にて、アレスは手にしていたスプーンに掬った牛鬼の肉をふんだんに使ったシチューを口にしてから口を開く。
「…………いや、さ?
今更言う事じゃ無いかも知れないけど、俺達って結成当初の目的として、最高位である『Sランク』を目指す、って言うのを定めていただろう?」
「なのです。
ボクが加入する前に定められた目標だった、とは聞いているのですか、それはもう達成したハズなのですよ?」
「うん、まぁ、その通りな訳なのよ。
……で、そうやって立てておいた目標は、もう達成しちゃった訳だろう?
だから、次は何を目標とするべきかなぁ、と思い立った訳でしてね?」
「……ふぅん?だから、あんな事言い出した訳?
『次は何を目標にする?』ってヤツを?」
「まぁ、そう言う事。
なんで、何かしら意見在る人いるか?
別段、具体的にコレがしたい!でも良いし、何となくこんな感じで良くない?程度でも構わないぞ?」
そう言って再びスプーンをシチューへと差し込むアレスと、彼の言葉を受けて思案するガリアン、タチアナ、ナタリアの三名。
ああでもない、こうでもない、と言葉を交わす彼らを尻目に、若干苦々しい表情を浮かべながら顎や頬に手を当てているのは、既に彼が何を言わんとしていたのかを予測していた長命種族のセレンとヒギンズ。
「ふぅん?目標、ねぇ~……?
オジサン、もうやりたいことはもう大概やっちゃった後だからねぇ。そう言われちゃうと、ちょ~っと困っちゃうかなぁ……?」
「……私は、逆にアレもコレもと興味が出てしまって、決めるのが難しいです……。
長く修道院にて過ごして居りましたので、中々『好きに好奇心を満たす』と言った様な事はあまり経験が無く、目に写るモノどれもが興味深いモノでして……まぁ、それも私の隣にアレス様が居られて、皆様も共に在る事が前提なのですけど、ね♪」
エールを舐める様にして呑みつつ、つまみとしてシチューを口にしていたヒギンズは、既に大概の事はやってしまったから、と個人的に新鮮さを失っているアレコレの記憶を前にして意見を出す事に難儀しており、付け合わせのサラダにフォークを刺しているセレンは、ヒギンズとは逆にあまりにも経験した事が無さすぎて出す意見を絞れずに苦慮している、と言った形になるのだろう。
そんな二人とは裏腹に、他の面々からはポンポンと意見が飛び出しては他のメンバーから否定されたりされなかったりしていた。
「……ふむ、であるならば、『賞金稼ぎ』など如何であろうか?
活動すれば賞金も入ってくるのであるし、適度に強敵とも戦う事も出来るのである」
「……まぁ、悪くは無いんじゃないの?
今のアルカンターラなら、人の流入が増えてるからかなりの数その手の連中も増えてるだろうから、やってやれない事は無いんじゃない?
とは言っても、その辺のノウハウはアタシも持って無いから、どっかで習得するか持ってるヤツ引っ張ってくる必要がありそうだけど」
「なら、止めておいた方が良さそうなのです。
ボク達の特異性や秘密を説明したり、ソレを守らせたりするのは面倒なのですし、何よりそう簡単に信用出来る相手に遭遇出来るとは思えないのです。
その点、『秘宝探し』なら必要な技能はもう誰かしら収得しているのですから、ほぼ安全なのです!」
「……悪くは無い、とは思うのであるが、それは流石に安直に過ぎるのではないか?
当方らが現在の『何でも屋』から転身するには狭き門であるし、何より時勢が時勢である故な。
周囲からの『待った』が掛かる可能性も、高いのでは無いのであろうか?」
「あ~、まぁ、確かにねぇ。
アタシ達、別に自分から公表した訳じゃ無いしまだ定めてる訳でも無いけど、活動だけ見たらほぼほぼ『何でも屋』寄りの『魔物狩り』だから、『冒険者なら自分達の安全を守って然るべき!』なんて妄想拗らせてくれてる阿呆共が騒いで妨害して来る可能性は高いわよねぇ……。
…………いっその事、何処かの街やら国やらに根を下ろして『守護者』にでもなってみる?時勢が時勢だけに、どこでも引く手あまただとは思うわよ?」
「それはそうかも知れないのですが、流石に今後の指針を問う場で将来を確定させるのはどうなのです?
仮にそうしたとしても、このご時勢としては確かに職に就くだけなら上手く行くかも知れないのですが、その場合は確実に使い潰す勢いで酷使される事になるのですよ?少なくとも、今の騒動が収まるまでは、今みたいな休みなんて貰えないのは目に見えているのです」
「…………うぅむ。で、あるな……。
そうなると、結論としては『何かをやりたいと目標を立てるのなら今は時期ではない』と言う事になるのであるが……?」
「………………まぁ、アタシ達自身への危険度はともかくとして、世間一般的には今って旅行だとか探検だとかには全く持って向いてない状態だから、仕方無いと言えば仕方無いけど……」
「でも、そうなるとほぼほぼ何も出来なくなるのですよ?
ボクが言うのもなんなのですけど、世間体を気にして、なんて事を言っていたらそれこそボクらで復活したって噂の魔王でも討伐するしか無くなるのですよ?
でも、それはリーダー的にはダメなのですよね?」
「ああ、そいつだけは断固拒否。
何が起きても、どんな事になってもそいつだけはごめんだね。ヤる理由も無いし、ヤりたいって言ってる連中も居るんだからそいつらに任せれば良いだろう?だから、俺はごめん被るよ」
流れで振られた話題に、一見過剰な迄に反応を見せるアレス。
しかし、それもある意味当然の反応。
何せ、このパーティーである『追放者達』を結成した時に立てた大前提、『魔王とかを倒して『英雄』を目指す様な事は絶対しない』と言うモノが在るからだ。
利用され、捨てられた過去を持つ彼らは既に、大多数に一方的に利用される事を『是』と出来る程に人の良心と言うモノを信じる事が出来ていない。
一つ願いを叶えれば二つ、二つ願いを叶えれば三つ、となし崩しかつ可及的に周囲からは『要望』と言う名目での欲望を押し付けられる事となり、一度でもそれらを断ったり渋ったりすれば途端にそれまで押し付けられていた名声は罵声と非難へと華麗に様変わりする。
それでいて、報酬や見返りを求めれば『それは英雄が求めるべきモノでは無い!』と非難される事になるのは目に見えているのだから。
……そんな、糞みたいに面倒臭いだけで、少しミスしただけで寄って集って攻撃される様な立場に立つのだけは絶対にお断りだ、と言うのがリーダーたるアレスの意思と言う事だ。
……もっとも、既に彼らも遭遇した『異世界から召喚された『勇者』』とやらが活動している、との噂や情報も彼らの耳に入ってきているし、そのパーティーメンバーに彼らと縁浅からない面々が組み込まれている、との情報も入ってきているので、そこら辺の事情や思惑がイマイチ理解出来ない彼らとしては、あまり接触したくは無いので目的が競合する様な関係にはなりたくない、と言うのも理由の一つでは在るのだろうけど。
と、そんな事情も相まって、自分達で現状の原因を積極的に取り除きに行く、と言う事を選択出来ない(ただ単にしたくないだけではあるのだが)為に行き詰まってしまうアレス達。
そんな中で、それまで頭を捻っていたセレンとヒギンズが、呟く様にして溢した言葉が彼らに天恵をもたらす事となる。
「…………う~ん、このご時勢的に、非難されず、かつ現地で拘束されたり、何かしらを強要されたりしないで楽しめる、何て事は、もう『里帰り』的な事くらいしか無いんじゃないのかなぁ……?」
「……そう、ですね……。
故郷に仲間を連れて行く、と言う事でしたら、恐らくはそこまで非難される様な事にもならないでしょうし、周囲もそこまで大層な事は強要して来ないでしょう。
それに、他の方々も普通にやってらっしゃる事なのですから、私達がやっても不思議は無いかも知れませんね。
まぁ、その場合、アレス様は出身がこの国になりますし、タチアナ様はスラム出身とのお話でしたから、あまり『里帰り』と言う感じにはならないかも知れませんが……」
「「「「それだ!!」」」」
「「………………はい?」」
……斯くして提案した本人達すらも通るとは思っていなかった呟きにより、彼ら『追放者達』の今後の行動指針は定められる事となるのであった……。