『追放者達』、散策する・2
仲間の舌鋒によって危うく止めを刺され掛けたヒギンズをどうにか復活させた一行は、再び大通りを経由してアルゴーの街並みの中を進んで行く。
最早冒険者ギルドでの一件は、良くも悪くも周囲へと拡散しきっている状態となっているらしく、ギルドからの道程と同様に勝手に人波が分かれて道が出来る、といった現象がまたしても発生していた。
が、それに対して反応してやるのも業腹なのか、それとも最初から気にも留めていないのかは定かでは無いが、特段気にした素振りも見せずにそのまま進んで行く『追放者達』のメンバー達。
その威風堂々とした振る舞いは、先の行いとは真逆に位置しているモノであり、正しく人類の守り手たる『Sランク』冒険者のソレである、と言えるだけの風格を纏っている様でもあった。
周囲からの視線を集めながら歩き続ける事暫しの間。
アレスとセレンが腕を組んで歩きながら、その豊満な谷間に肘を呑み込まれてしまっていたり。
先のイジりで落ち込みを見せていたヒギンズを慰めるべく、その耳元へと何事か囁き掛けていたタチアナが不意に抱き上げられて頬を赤く染めていたり。
そんな二組を見て微笑ましそうな生暖かい視線を向けながらも、自分達は自分達でナタリアを肩車に近い状態で抱え、そのまま耳をモフモフされているガリアンの姿が有ったり。
そんな穏やかな道中を挟みつつ進んだ先にて到着したのは、一軒の落ち着いた雰囲気の在る建物。
開かれた入口から覗く内部には、ブラシやクシと言った毛並みを整えるモノだけでなく、小型のモノから大型のモノまで揃えられたハサミの類いや、手入れや香り付けの為に使われる油、といった品物が並んでいるのが見て取れた。
テイマーの様な冒険者向けのモノだけでなく、獣人族が身繕いに使うのが前提となっているのであろう柄の長いモノや、牧場や畜産に使うのであろう何なのか良く分からない器具まで取り揃えている内部は、ある種の異空間である様にも見えた。
が、そこへと先導した本人でもあるアレスは特に臆する様子を見せる事もせず、躊躇事無く中へと踏み入って行く。
「まぁ、言っていた『小物屋』ってのとはちょっと違うかとは思うが、ブラシの類いやらに関してはここが一番取り扱いが良いからな。
一応、従魔向けだけじゃなく、俺達みたいな人間向けのモノの取り扱いもあったハズだから、そっちも見てみるのも有りじゃないか?」
「これは……凄い品揃えですね。
基本的に縁の遠かった私でも分かる程度には、良い品ばかりが並んでいる様ですね……。
あ、このヘアブラシ良さそうですね。私も、そろそろ買い替えましょうか……」
「うむ?こちらの棚は、当方の様な獣人族向けの品物であるな。
お、この爪切り用のナイフは中々に良いモノであるな!今使っているモノもそれなりにへたれて来たので、当方はこれでも買って行くのであるよ」
「へぇ?確かに、ここまでの取り揃えは中々見ないわね。
ならアタシは……この辺のお手入れ道具でも買って行こうかしら?こう言うモノって、中々手に取る機会が無いのよねぇ〜」
「なはは、それは確かにそうだろうね!
なら、オジサンはこっちの毛足の硬めなブラシでも買おうかなぁ。
オジサン達龍人族みたいに鱗が在る種族なんかは、ソレを磨いたりする用にブラシとかがあった方が良いんだよねぇ〜。
特にお風呂入ったりする時なんかに、あると便利なんだよねぇ」
「…………確かに、来たい、と言ったのはボクなのですが、ここまで皆が楽しめるとは思わなかったのですよ。
まぁ、でも、これだけの品揃えなら、ボクが欲しかった種類のモノも…………あ、在ったのです!なら、コレと……コレと、それとコレにするのです!」
そうして、皆でワイワイとしながら和やかに、そして意外な人物が意外なモノを求めていた、との話題性もあってか会話も弾んで賑やかに商品を選んで行く。
すると、それぞれが大体の目星を付けて後は購入するだけ、と言った状態になった段階で店の奥から一つの人影が姿を顕にした。
「…………おやおや、何だか聞き覚えの在る声だと思ったら、あんただったのかい、アレス坊?
いつの間にやら来なくなって、いつの間にやら名を上げたと思ったら、これたまいつの間にか戻って来てただなんて、こんな日もあるんだねぇ」
「婆ちゃん!
久しぶりだな!
まだ生きてたか!良かったよ」
「フェッフェッフェッ!
まだまだ、くたばるつもりは毛頭無いよ!
まだ孫の顔しか見てないんだ、その孫の面倒を見るまで、生きているつもりだよ!」
「…………あの、アレス様?
その、そちらのご老人とは、どの様な……?
確か、アレス様の血族は……」
店の奥から姿を現した老女と、親しそうな雰囲気にて言葉を交わすアレス。
彼には珍しく明るい表情にて会話し、かつ言葉を交わす内に零れ出た単語に反応を示したセレンが、躊躇いながらもその意味を問い質して行く。
それに対してアレスは、何て事は無い、と言わんばかりの様子にて『追放者達』の仲間へと振り返ると老女を紹介し始める。
「あぁ、そう言えばまだ紹介して無かったな!
こちら、この『マロバス商店』の店長でもあるマロバス婆ちゃん。
偶々、例の二人から吹っ掛けられた無茶振りで奔走していた時にこの店に入って以来の付き合いで、この都市でも俺の噂を信じないで良くしてくれた数少ない人の一人だよ」
「フェッフェッフェッ!
ご紹介に預かった、マロバスだよ。
とは言え、これ以上あたしから言う事は殆ど無いんだけどね?
アレス坊との云々にしても、自分の孫みたいな年頃の若い子が死んだ目をしながら店に入って来たら、そりゃ世話焼きの一つもするってもんだろう?
噂云々に関してもそうさね。
個人的に素材の卸しなんかも依頼してた事もあったから実力は知っていたし、普段の扱いを見ていれば寄生ナンタラだなんてしてるハズも無い、ってね。
なら、普通に接して、気に掛ける程度は当然の事だろう?」
「まぁ、こんな感じでの始まりだった訳だが、周囲やらごく身近に居た連中からの扱いがアレだったお陰で色々と『染みて』なぁ……気付けばすっかり入り浸る羽目になっていた、って訳よ。
直接素材買い取って貰って小遣い融通してもらったり、余り物だから、って飯食わせてもらったりしてたら、そりゃ懐きもするってモノだろう?」
「まぁ、そうだったのですね!
でしたら、昔のアレス様の事もご存知、という事でしょうか?
でしたら、色々と教えて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「そりゃ構いやしないが、あんたは…………ほほう?
さては、あんたアレス坊のコレ(小指を立てる)だね?」
「ふふっ、分かりますか?
確かに、私はアレス様と極親しくさせて頂いている間柄トナっております♪」
「フェッフェッフェッ!
そりゃ良かったよ!
孫みたいに思ってた子が、嫁さんまで連れて顔を見せに来てくれたんだから、この年まで店を開けておいて良かったよ!フェッフェッフェッ!!」
アレスの紹介に乗っかる形にて、関係性のカミングアウトを図るセレン。
その様子に、最初こそ驚いた様な表情を浮かべていたマロバスであったが、セレン本人の口から出た説明と、ソレをアレスが否定する様子を見せていなかった事から本当にそうなのだ、と判断したらしく、嬉しさを隠す様子を見せずに呵々大笑して見せる。
そんな、極普通な孫と祖母、と言った様なやり取りにより、店内の雰囲気は至極柔らかく、居心地の良いモノへと更に変化して行く事を肌で感じ取る事が出来ていたのであった……。